第32話 おっさんと、邪龍ー6

『数百年、我々ドワーフ含めこの地上を苦しめた邪龍は討伐された。傷は深く、心は癒えぬ。死んでいったもの達とは二度と盃を交すこともできぬ。だがだからこそ、勝利した我らが笑ってやらねば、誰が喜ぶ!! さぁ、酒を持て。天まで届く声を我らが同胞へと響かせよ!! では』


 そして全員が、ジョッキを持って。


『……乾杯!!』

「乾杯!!」


 酒で満たされた杯を乾す。


 ドワーフ達が祝勝会をすぐさま開いてくれた。

疲労もあるだろうに、そんなことよりも今こそ喜ばねばならぬとガゼット王がごり押した。


 日本なら不謹慎だと言われかねないことだが、文化の違いかもしれない。


 ドワーフ達は疲れた体が何だと、すぐさまドワーフ王の城の巨大な庭で宴の準備をした。


 俺はそのあまりのエネルギーに苦笑いしながら席に座る。


 国民総出の宴がたった数時間で準備できることから日常なのかもしれないな。


 気づけば少し薄暗い夜、しかし魔道具によって優しい灯りが付いている。

まるでお祭りの夜の提灯のような優しい光。


『お疲れ様です。お父さん、シンジさん!』

『あぁ、久しく森の外にでたがまさかあの邪龍の討伐をすることになるとはな』


 そこにはソフィアも合流し、ガルディアの隣に座った。


「んもう♥ ドンパちゃん久しぶりね! 相変わらず渋いんだから!」

「あぁ、ビビヤン。陸自の時以来だな」

「二人って知り合いなの?」

「レンジャー時代にな。俺もビビヤンもやめちまったが」


 ドンパさんは、そのまま宴に参加するようだ。

ビビヤンも合流した。

そして今回一番の功労者。


「一時間仮眠した。これであと24時間は戦える……さぁ飲もう」


 社畜というか国畜根性極まりつつある大泉信一郎もビビヤンと共に現れる。

信一郎は、もうありとあらゆる手続きからなんやら全部やってくれた。

それこそ寝ていないはずなのに、いつも通りスーツをビシッと決めている。こいつすげぇな。


 シルフィは少し疲れたようで、龍の体のまま広場の端っこで眠っている。


 傷の手当はドワーフ達がしてくれたが、俺のわがままに付き合ってくれて傷つけてしまった。

今度大量のケーキをもってきてあげよう、もちろん外交大使として報酬は政府からたくさんもらうからな。


 そして最後は、アンリちゃん。


 気分じゃないだろうけど、行くといってくれたので俺が保護者として連れてきた。


 気づけば、俺、シルフィ、ソフィア、ガルディア、ドンパ、ビビヤン、信一郎と七人ほどの大所帯。


 広場に用意されたテーブルの一区画を占領している。


 話題はもちろん邪龍について。

日本では、俺の話題で今とんでもないことになっているらしい。

想像はたやすいので正直帰りたくないな。

チャンネル登録者も気づけば今や300万人と、そろそろNo1配信者になってしまいそうだ。


『飲んでおるか? 我らが英雄よ』

『ガゼット王!?』


 俺達は立ち上がって、膝を突こうとする。

しかし、王が手で制する。


『よい、今はただ友として語りに来た』


 そういって、護衛らしき後ろのドワーフ達を解散させる王。

違和感があるがたった一人で俺達の輪に入り酒を飲む。

まるで水のように飲み干していくが、見た目通り滅茶苦茶お酒に強そうだな。

 

『まずはもう一度、礼をさせてくれ。信一郎、信二、並びに日本国の戦士よ。そしてエルフ族と……シルフィは眠っておるのでまた今度言うとしてだな。まずは本当にありがとう。ドワーフの王として最大の感謝を君達へ』


 そういって頭を下げる王、俺達も思わず頭を下げる。

裏表なく、ただ真っすぐと感謝しているという気持ちが伝わってきたからだ。


『それでだな。どういったお礼がいいかと考えておったのだが……まずは国交を結びたい。それはこちらとしても願うばかりだ』


 俺は信一郎に随時ドワーフ王の言葉を伝えた。


 こういった政治の話は俺には難しいので、全部ぶん投げよう。


『そしてだな、魔力をエネルギーにする技術。ドワーフだけが持つその技術を惜しみなく提供することを余の権限で決定する。これは我が国最大の利権でもある。これを持って誠意としたいがどうか』


 俺はその誠意が伝わった。


 この技術はアースガルズ帝国にもずっと秘匿されていたと聞く。


 そのせいで戦争が起きる一歩手前まで向かったこともあると。


 それを俺達に提供するというのが一体どれほどのことか。


「ありがとうございます。ガゼット王の寛大な対応に日本国としても感謝を。そして一時的だった軍事的同盟、そして国交もこれから永続的に続けていければと考えております。……と伝えてくれ」


 俺はガゼット王に十分な誠意を受け取った。

これにて貸し借りはなしでお願いしますと伝える。

そういうとガゼット王はとても嬉しそうに俺のジョッキに酒を注いで笑った。


『気を悪くするなよ。しかし凡庸と思ったおぬしがあれほどの働きをするとはな。余の眼が間違っておった。いつの間にか魔力こそが絶対だという曇った眼をしていたようだ。だがおぬしの心は誰よりも善。当たり前に善を為す。それが結局は一番尊いのだろう。それでだな、信二。おぬしには特別に我が国の勲章を授けたい』

「そんな、いいですよ」


『何遠慮するな。それにこのままでは余が皆にあわす顔がない。ドワーフの中では最大の栄誉であるヘファイストス勲章というものだ』

「ですが俺だけというのは……」


『ちなみにこれを持つ者はドワーフの国で一生困らないほどの年金をもらい続ける』

「謹んでお受けします」


 夢の不労所得を俺はついに手に入れた。


 よし、ドワーフの国でスローライフだ。

毎日適当に釣りでもして、シルフィと空でも飛んでのんびりしよう。

適当に畑でも耕して、30歳にしてFIREだ。うひょー!


『だからこれからも日本とドワーフ国との懸け橋として頼むぞ、信二』


 ですよね。

 わかってました。

 俺仕事辞めたつもりだったんだけど、いつの間にか前よりも忙しいんだが?


 すると王が俺の隣に座っているアンリちゃんを見て話しかけた。


『ドワルの子か……久しいな。いくつになった』

『今年で10になります』


『そうか、今遺族たちにどういった保障をするかは検討中だが必ず不自由はさせぬから安心せよ。それとな……お前の父は立派な男であったぞ』

『……はい』


 少しだけ目に涙を貯めるアンリちゃん。


 それを見てガゼット王はその頭に手を乗せて優しく撫でる。


『泣くが良い、涙は心の汗だ、流さねば。思う存分泣き、そして明日を迎えよ。それは生者である我らにしかできぬのだから』

『……は˝い˝』


 アンリちゃんは涙をぽろぽろとこぼす。

俺達は、それに静かに寄り添った。

するとアンリちゃんが顔を上げる。


『シンジさん。私、父の後を継いで外交官になります! だからこれからもよろしくお願いします!』

「……え?」


『私に何ができるかわかりません。でも私だからこそできることがあると思うんです! この悔しさを何かに変えることができると思うんです!』


 その眼は強く、揺るぎない意志を感じた。

すると伝わったのか、信一郎が口を開いた。


「ガゼット王、我々日本人とドワーフの今後の交流を見据えてどうですか。アンリちゃんを例のプロジェクトに」

「例のプロジェクト?」

「あぁ。いわゆる、留学だよ。今エルフとも相談しているところだが、今後のために語学留学を行わないかと。つまり交換留学生だな」


 なるほど、留学か。

言語を覚えるのはそれが一番だもんだ。

俺みたい特別な力で理解できるのなんていつか俺が死んだら終わることだ。

俺はそれをガゼット王とアンリちゃんに伝えた。


『わ、私やります!! たとえ一人でも日本にいってみせます! 許可を!』


 真っすぐな目で王を見るアンリ。

それを見て笑う王は、答えは決まっている。


『許す。存分に学び、大成せよ。諸々の費用は全て負担しよう。その身一つで何がなせるかやって見よ』

『はい!!』


 この日から留学生兼外交官見習いとしてアンリちゃんは日本とドワーフの国を行き来することになった。

日本のテレビやメディアなどにも積極的に露出し、二つの国を必死につなげようとするアンリちゃんの熱は、徐々に両国の距離を近づける。


 もはやアイドル的な存在にもなりつつあった。

エルフの言語、ドワーフの言語、帝国の言語、そして日本語。


 四か国語を話す外交官として重宝され、共に外交官を目指すことになったソフィアと共に異世界アナザーと地球を繋ぐ架け橋となる。


 でもそれはもう少しだけ未来の話。


 だがこれで俺の役目も終わりだろう、やっとスローライフが訪れた。


 気持ちよく酒を飲み、俺は世界樹の秘宝が咲くのを待つ日々が始まる。


 うん、俺は頑張った。


 これでやっと……そう思っていたのに。


◇数日後、アースガルズ帝国。


『よく来てくれた、日本の使者。大石信二よ』


 あの日、俺が帝国に初めて向かってからからちょうど二か月後。


 俺達の日本町へと一人の使者が現れた。


 そして俺は名指しで帝国に呼ばれ、今ここ玉座の間にて膝をついている。


『改めて自己紹介をしておこうか』


 玉座の間に威厳に満ちて座るのは、獅子のような青年。


 年は俺よりも一回りは若い。


 でも気圧される。


 圧倒される。


 その吸い込まれそうな蒼い瞳と金色に輝く黄金の髪。

自信に満ち溢れ、カリスマに溢れ、周りには12人の騎士が立つ。


 その獅子のようなかつての王子は。


『第100代皇帝、ロード・エンブラエルだ。よろしく頼む』


 この世界最大最強の帝国を牛耳る支配者になっていた。






あとがき。

ということで最終章、あとちょっとだけご一緒に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る