第25話 おっさん、怒るー1

『みんな寝ちゃいましたな』

「ビビヤンなんて、隣で美容パックして寝てるしな」


 幼女達に交じって、ビビヤンも睡眠に入る。

お肌のためとか言ってパックしながら寝るビビヤンはやはり乙女なのか。


 そういうドワルさんは立ち上がり毛布を取りに行く。


 優しく全員にかけて、ポンポンと娘さんの頭を撫でた。


『妻が亡くなってからとても泣きましてね……やっと元気になってくれましたが……本当によかった』

「私の娘はまだ自分の母が死んだことを知りません。いつか目を覚ました時、それを伝えるのが少し怖いです」

『ええ……男親なんてものは、娘には嫌われていくものですがね。母親と娘はずっと仲良いですから』

「あはは、耳が痛い」


 俺は一花にパパ臭い、洗濯一緒にしないでなんて言われたら泣いちゃうぞ。


 いや、世のパパはみんな言われているんだろうけどさ。


『しかし、日本刀でしたか!? あれすごいですね、我々ドワーフは鍛冶に命を賭けています。武器には眼が無い。それをしてあんな美しい剣は見たことがありませんよ』

「あ、実は他にも色々あるんですよ、ちょっと見ます?」


 俺はそういってドワーフへのお土産を色々広げた。

何が好みかわからなかったが、まぁ日本刀一発で決まったのでお披露目する機会もなかった。


『これは? とても精巧な魔道具のように見えます』

「それは腕時計ですね。魔力ではなく、電力というエネルギーで動きます。ほら、時間がわかるんですよ。この世界も一日は24時間なのでそのまま使えますよ」

『なんと……すごい……我々は太陽の位置から影を使った時計を使うのですが……正確に測る……ですか……』

「よかったら差し上げますよ。どうせ上げる予定だったので」

『いいんですか!?』

 

 ドワルさんの眼がまるで少年のように輝いた。

やっぱりこの人もモノづくりとか好きなんだろうな。


 腕に付けてとても嬉しそうにしているドワルさんを見ていると、日本とドワーフはうまくやっていけそうな気がする。


 物作り大国として、なんか性格とか似てそうだし。

 

『パパ……』

『あ、アンリ。起きちゃったの?』


 するとアンリちゃんだけが眠気から覚めたのか、起きてしまった。


 仕方ないからと、俺達が飲んでいる机に座って、俺のお土産を触りだす。


『うわ、綺麗……これなに?』

『それは宝石。ドワーフは石とか好きそうだからさ。じゃあお近づきの印にこれを上げちゃおう。なに、全部あげてきていいって言われてるからさ!』


 俺はルビーで出来たアクセサリーを、アンリちゃんに渡す。

そこまで高価なものではなく、数万円ほどの代物だが、なんか今は気分がいいからな!

おっさんは酔うと若い子に何かあげたくなるのだ。あと全部経費だ、俺のお金ではない。苦労してるんだ、これぐらいいいだろう。


 アンリちゃんはそのルビーのネックレスを首から下げる。


『綺麗だよ、アンリ』

『わぁ!! ありがとうございます! シンジさん! 一生宝物にしますね!』

『そういってもらえると嬉しいよ』


 満面の笑みで俺に笑顔を向けてくれるアンリちゃん。

この笑顔が今、配信を通して日本中に送られているというだけで、こんな宝石程度の価値では測れないだろう。

こういうところから異文化交流は進んでいくのだ。


 それから俺は日本のことを面白おかしくお酒に酔った勢いでたくさん話した。


 空飛ぶ鉄や、月までいった鉄。それを二人は目を輝かせながら聞いていた。


「そう、それでな! なんと、太陽が回っているんじゃなくて、地球が回って……ふふ、寝ちゃったか。ちょっと難しかったかな」

『私は面白かったですよ』


 俺達は酒を飲みながら寝てしまったアンリちゃんを見て笑う。


 するとアンリちゃんが寝言で言った。


『ママ……いかないで……』


 その声があまりに悲しそうで、俺は目を伏せた。


 するとドワルさんが、アンリちゃんの指を握る。

安心するようにアンリちゃんが笑い、もう一度寝言を言う。


『パパは……どこにもいかないでね……大好き』

『あぁ……ずっとそばにいるよ』


 そういって机に涎を垂らしながら眠るアンリちゃんを抱きかかえるドワルさん。


 俺はそれについていく。

ゆっくり寝かしつけて、すやすやと。

気づけばもう24時を回っていた。


『我々も寝ましょうか』

「そうですね」


『今日は良い日だ。信二さん、これからも我が国もろともよろしくお願いしますよ!』

「もちろんですとも!」


 そんな俺達のドワーフ王国での一日が終わった。


◇翌日。


『では、また明日来ますね! 今度は最高のお酒を用意します! 生ビールっていうんですけどね!』

『ははは、それは楽しみです。喉を鳴らして待ってますよ』

『信二さん。またきてくださいね。皆さんも楽しかったです!』


 そして俺達は今後の方針を考えるために一度日本町に戻ることになる。


 俺はというと一度日本に戻ることにした。


 どうしても一花の顔が見たくなったからでもある。


 ついでに生ビールとつまみを大量に買っておこう。

ドワルさんは下戸だというが、普通にありえない量飲むからな。

業者のような買い物だが、また飲み明かせると思うと少しワクワクしてしまう。


 気温もよかったからビアガーデンなんかもいいな。


 いや、いっそBBQか? ドワーフにBBQの概念があるかしらないがみんなでやればきっと楽しいぞ。


 俺は病院に到着し、いつもと何も変わらない一花を見る。


「はやく明日にならないかな……。一花も起きたら目一杯楽しもうな。ドワルさんは良い人だし、アンリちゃんは良いお姉ちゃんだからな……きっと可愛がってくれるさ」


 俺は一切目を覚まさない一花の頭を撫でながら、次の日を楽しみに日本での休暇を過ごした。


 いつかみんなで楽しめるそんな日を願って。


 この時の俺は、心から思っていたんだ。


 ただドワルさんとアンリちゃんと、みんなとまた楽しいお酒が飲めると思ってたんだ。


 でも俺はまだあの世界のことを何も分かっていなかったんだ。


 平和な国に生まれた俺は何もわかっちゃいなかったんだ。


 異世界での命の軽さというものに。



◇翌日。


 俺達はドワーフの国、べオルグリムへと向かった。


 雨が降っていた。


 重苦しいほどの暗い空だった。


 楽しい気持ちを全て沈めてしまうような真っ黒な空。


 それはまるでこの出来事を表しているかのような空だった。


 王国についた俺達が最初に見たのは。


「なんだよ……これ」


 王都の四分の一近くが、潰れて黒き炎が燃え上がっている惨状だった。


 俺はそれを見て血の気が引いていく、心臓が今にも飛び出しそう。


 俺は思わず走り出した。


「まさか混沌龍……ちょ、信ちゃん! 危ないわよ!」


 ビビヤンにシルフィ、ソフィアを預け、まっすぐと走り出す。


 荒れ果てた街、瓦礫の山。

火の手が上がり、誰かが泣いている声が四方から聞こえる。

龍の黒炎の残り火がそこかしこでくすぶって、戦いの激しさを物語る。


 ドワーフ達は必死に救助活動を行っているが、みな怪我だらけ。


 まるで大地震の後だ。


 これはおそらく混沌龍の仕業なのだろう。

先日見せてもらったボロボロの一区画と状況がまるっきり同じだったから。


 きっと俺達が日本に帰った間に暴れたんだ。


「はぁはぁ……頼む……頼む!!」


 俺は何よりも先にそこへ向かった。


 俺が真っ先に向かった先、そこはドワルさんの家だった。


 救助活動は全然進んでおらず道すらない。


「はぁはぁ…………くそっ!」


 俺は風を纏って空を飛んで真っすぐ向かう。


 大丈夫。


 きっと大丈夫だ。


 頼む。


 頼むから。


 無事でいてくれ。


 その時、聞こえてきた。


『パパ! パパ!! パパ!!!』


 アンリちゃんの声だ!


 アンリちゃんは無事だった。


 俺は一瞬安堵する。


 だが、悲痛の声で自分の父を呼ぶアンリちゃんは救助隊に縋りつくように泣いて叫んでいた。


 俺はすぐにそこへ飛んでいった。


『すみません! この子の父親を捜しているんですが!!』


 俺は救助隊にしがみつくアンリちゃんを抱きしめながら救助隊のドワーフに聞いた。


『保護者の方……あぁあなたは外交大使の……申し訳ないですが……ご遺体は娘さんは見られない方が良いかと……お知り合いでしたら一時的にこの子の保護をお願いできますか? まだ救助は半分も終わっていなくて』

「遺体? ど、どういうことですか!!」


 俺は叫んだ。

理解したくない言葉を否定したくて。

受け入れたくない現実を否定したくて。


 泣き叫び、無理やり父親に会いに行こうとするアンリちゃんを救助隊が止めている。


 俺だけはその救助隊の人に連れられて、そのまま青いビニールシートをかぶせられた場所へ行った。


 そしてそこには多くのドワーフの死体が並べられていた。


 その中に……腕時計をしたドワーフが一人、同じように並べられていた。


『ドワルさんで間違いないでしょうか……』

「……………………」


 俺はぎゅっと目を閉じて頷く。


 認めたくない。


 でも俺が渡した腕時計が間違いなくその人はドワルさんだということを物語る。


 ドワルさんは混沌龍の襲撃に巻き込まれて命を落としていた。


 最後の言葉すらも交わせずに……。



 俺はアンリちゃんの元へとゆっくりと戻る。


『シンジさん! シンジさん! パパに合わせてください! お願いします! シンジさん!! みんな意地悪して会わせてくれないんです!! お願いします!』


 俺はただ膝をついてアンリちゃんを優しく抱きしめる。


 唇を強くかんでぎゅっと目を閉じながらアンリちゃんを強く強く抱きしめる。


『うっうっ……パパは……パパは……無事ですよね……パパは無事ですよね!! お願いします! 無事って言ってください! お願いします!! お願いお願いお願い! 私にはパパしかいないの!! パパしかいないの!!』


 俺は何も答えられなかった。

ぎゅっとアンリちゃんを抱きしめて、俺も泣いた。

血がにじむほど唇をかみしめて、ただ抱きしめてあげることしかできなかった。


 アンリちゃんは、なんでなんでとずっと俺を叩く。


 でもその手があまりに弱弱しくて、まだ何が起きたかも信じられなくて。


 でもこの子も本当は分かっている。


 でも絶対に受け入れたくない。


 わかっている。


 その痛みは俺が誰よりもわかっている。


 なのに俺は、既に犠牲者が出ていたのに何とかなるだろうと楽観的に考えてバカみたいだ。


 俺がもっとちゃんと動けていたら救えた命があったかもしれないのに。


 本当に。


「…………ごめん」


 バカだった。


『う、う、うわぁぁぁ! パパ!! パパ!!! あぁぁぁあ!!』


 雨が降っている。


 太陽が二つもある異世界なのに、まるで夜のように暗い空だった。


 悲しさが一つ。


 そして、許せない怒りが一つ。


 暗雲の中で浮かんでいる。

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