第20話 おっさん、帝国へ行く?ー1

 あれから数日。


 エルフと日本の国交は開かれた。


 ついに異種族間交流が始まったのである。

エルフは日本人と積極的に会話し、お互いの言語を意欲的に学ぼうとした。


 エルフの森からはたくさんの食糧、未知の植物、魔力を浴びた生物など日本からすれば喉から手が出るほどの物ばかり。


 逆にエルフは助けてもらったからと何も要求してこないので、信一郎からは技術提供などを行うという話だ。


 病気やケガ、果ては水車や建築技術など。


 まぁ俺には難しいことは分からないが、積極的に交流しようとしてくれているらしい。


 それもこれも俺のおかげだと日本中が持ち上げてきて、俺としてはちょっとやりづらい。


 そんなある日、俺は信一郎に呼び出された。


 その用件とは。


「俺が帝国に?」


 帝国に一緒にいってくれという依頼だった。


「言葉が理解できるのがお前だけだからな」

「いや、そうなんだけどさ」


 正直俺の目的は達成したので、もう引きこもっていてもいいかなという気分すらある。


 だが信一郎は俺を帝国に連れて行きたがっていた。


「ちなみに帝国はエルフの森を侵略しようと考えているぞ」

「なぁ!?」


 しかし続く言葉を聞いたなら俺の状況は一変する。

エルフの森にあるあのバカでかい木、その木こそが万能の霊薬を生み出す世界樹。

なのに侵略されれば絶対に譲ってもらえないではないか。


「なんで!」

「今の皇帝は世界征服しようとしているからな」

「まじか……」


 THE・帝国的な理由だった。

だがこの情報も何とか周囲の村人などから集めただけで定かではないとのこと。

今でも帝国には外交官がたびたび出向くか大した成果も得られずに帰らされてばかり。まぁ言葉も通じないのでは仕方ないが。


「ほら、もうお前が行く理由ができた」

「いいように転がされている気もするが……でもわかった。せめて意思疎通のための翻訳機ぐらいの役割はこなすよ」


「ちなみに帝国には、まだ我々の軍事力は見せていない。それも侮られる理由ではあるが、軍事力を見せて戦争にはなりたくないからな。今はただこの周辺に突如現れた人間ぐらいの認識だ。エルフの森の向こう側にいるな。あと変な乗り物に乗っているぐらいのか」

「車ってこと?」

「そう。エルフの森を迂回していつも車で向かっていた。ヘリなどは攻撃を受けてはたまったものではないからな」

「じゃあ結構かかるんじゃ……」

「車で二日だな」

「うげぇ……」

「だがお前はシルフィがいるだろう、飛んでいけば半日だしエルフの森の上空を横断すればすぐだ」

「確かに」


 そんなこんながあり、俺と信一郎、あと護衛にビビヤンとシルフィとソフィアの五人で帝国へと向かうことになった。


 シルフィの魔法で車ごと空を飛び、まっすぐ帝国へ向かう。


……


「アースガルズ帝国は、広大な土地を有するがその帝都ヴァルハラに今から向かう」


「いいのか? そんな直接。まだ国交もうまくいってないんだろ?」


「実はな。皇帝からの勅命なのだ。エルフの森と我々が外交を可能にしたことを知ってか知らずかだが……とりあえずそのエルフ達に心を開かせたものを連れて来いと。まぁその一言を理解するのに使者と外交官達で半日かかったらしいが」


「言葉が通じないって大変だな。でも最初から俺目当てかよ」


「ははは……そうだ。彼らの情報網を甘くみていたな。おそらくお前が彼らと意思疎通できるのも知っているぞ。まぁヘストス村の住人かもしれんが」


 どうやら俺の存在を今の皇帝は知っているらしい。

シルフィの騒ぎや、エルフの森での出来事、皇帝の情報網がどれだけか知らないがこの世界を征服しようとしているのなら、まぁ周辺の状況ぐらいは把握しているものか。


「よし、シルフィ。この辺でおろしてくれるかな」

「おろしてって」

『はーい!』


 まだ少し距離はあるが、あれが帝都ヴァルハラなのだろう。

俺の視線の先には、意思の壁で丸く囲まれた自然の中にポツリと存在する巨大な国が見えた。

大きさはどれぐらいだろうか、東京ぐらい? とりあえず空の上からだが端が見えないほどに大きな円形の都。


「ここからは私と信二だけで行く。三人は待機していてくれ」

「そうなのか?」

「嵐雷龍も、エルフも帝都には連れていけないし、二人の護衛はいるだろう? だから頼むぞビビヤン」

「了解よ。任せて」


 どうやらここからは俺達だけのようだ。

一応シルフィの加護があるので、俺は剣程度ならはじけるし最悪信一郎を連れて空を飛んで逃げれるか。


「ではいこうか」

「了解」


 そして俺達は皇帝へ謁見に向かった。


……




『面を上げよ、異界人』


 俺は言われるがまま頭を上げる。

信一郎にただ付いていくと、案内された謁見の間は、まさかここまでかと思われるほどに王の間という感じの場所だった。

豪華な椅子にはこの帝国の皇帝が威厳に満ちた服を着て、そして周囲には多くの鎧の兵士がこちらを見ている。


 正直、おっさんビビってます。


「は、初めまして。私は大石信二と申します。なにぶん異界出身ですのでご無礼がありましたら申し訳ありません」


 俺はとりあえず挨拶をしてみた。


 すると周りがざわつきだす。


『ふむ、噂は本当か……アテナ神による加護を得たと聞いた。それで我らと会話できると?』


「はい! ですので、エルフともこの力で会話いたしました」


『そうか……お前達は言葉が通じぬので我らも扱いに難儀していたところだ』


「申し訳ありません」


 あれ、意外と友好的なのかもしれないな。

聞いた話だと最初の外交官は首だけにされたとか相当怖いイメージだったんだが。

あとエルフの森を侵略しようとしているし。


『で、お前達はエルフの信頼を勝ち取ったと聞いた。疫病から奴らを救ってな』


「はい! そうです!」


 お、これは好印象な気がするぞ。

案外国交もすんなりいくかもしれないな。


『まったく……面倒なことをしてくれたものだ』

「……はぁ?」


 だが続く言葉はそんな雰囲気ではまったくなかった。


『そのままエルフ共が全滅すればあの森は我が帝国が支配できたというものを。奴らは森の中でコソコソと戦い、魔法に長けておる。面倒極まりない。いっそ森すべてを焼き払ってやるかと考えていた矢先にあの疫病騒ぎだったのだ。だがまぁよい。死ねば運が良いと思っていただけのことだ』

「…………」


 俺は言葉に詰まる。

エルフの森を侵略しようとしている皇帝。

人間を目の敵にするエルフ達。


 その関係性を知っててなお、話せばわかる相手だと俺は勝手に思っていた。


 でもどうやら全く違うらしい。


『そこでだ。お前達我が帝国と国交を結びたいと言っておったな』

「は、はい……」


『ならば一つ条件がある。エルフ共を森から誘いだせ。作戦が成功すればお前達と国交を正式に結んでやる。そうだな、お前達の国にも何人かメスのエルフを貸し与えてやっても良いぞ。あれは見目麗しいが、頑丈で中々具合も良いからな。ははは!』

「…………」


 そういう皇帝の顔は歪んでいた。


 吐き気がする。


 こいつはエルフを物と同じように考えているんだ。


「信二どうした」

「こいつは国交を結びたいならエルフを差し出せと言っている」


『何をコソコソと話しておるか!!』


 俺が信一郎に伝えると、皇帝が怒鳴る。


 だから俺は返す言葉できっぱり断ってやろうとする。


 しかし信一郎に口をふさがれた。


「耐えろ。今は検討させていただきますだ……殺されるぞ」

「…………わかった」


 だがその一言で冷静になる。

ダメだな、俺は。こういうところで冷静さにかけてしまう。


「アレキサンドロス皇帝陛下、私一人では決めかねますので国に帰って検討し、再度お返事させていただいてもよろしいでしょうか」

『ふん。いいだろう。ではもうお前達に用はない。下がれ』


「……はい」


 そして俺達は追い出されるように王の間から外に出された。


 話にならない。


 言葉が通じるのにここまで話にならないとは思わなかった。


 皇帝とは確かに傍若無人であるイメージだが、ここまで人を物としてエルフを自分の所有物のように扱えるものか。


 俺はガルディア含むエルフ達の人間への怒りをもう一度思い出す。

こんな扱いをずっと受けていたのなら彼らを信じるなど到底できることではない。

きっと多くのエルフが今まで犠牲になっていたのだろう。


 俺と信一郎が、そのまま帝都ヴァルハラの城、ヴァルハラ城をでようとしたときだった。


 何処までも長い廊下の向こうから一人の男が歩いてくる。

後ろには見るからに強そうな12人の騎士を連れて、その先頭を歩いている。


「……うお!?」


 思わず声が漏れてしまうほどにオーラがあった。


 皇帝なんか目じゃないほどに、何か人を引き付けるカリスマのような何かが彼にはあった。


 年はまだ高校生ぐらいだろう、しかしその堂々たる歩みと獅子のような目。


 むしろこちらが皇帝だと言われてもおかしくはないほどに、覇気を纏う。


『お前が噂のアテナ神より加護をもらった男だな。名は』

「え? お、大石信二です」


 俺と信二が廊下を譲るように端で立つとその人は俺達の前で立ち止まる。


『無礼者、膝をつかぬか! この方をどなたと心得る』


 すると後ろの純白の騎士の一人が、今にも剣を抜きそうな剣幕で俺達を怒鳴る。

しかし、それを片手で制するその獅子のような青年。


『よい、ランスロット。彼らも他国の代表だ。我らも礼節を持って当たらねば。すまないな、挨拶が遅れた。私はロード・エンブラエル。この帝国の第ニ王子だ』


 そういうその青年は俺に向かって手を伸ばす。

握手だろうか、俺は手汗を拭いてそれに応じた。

なんてかっこいい人だろうか、俺は自分の半分近くの年のその青年に既に飲まれかけていた。


『異界の使者、信二よ。二か月だ。二月後、また皇帝に会いに来い』

「え? どういう……」


 にやりと笑い、握手を終えたその男は颯爽と俺達に背を向けて言った。


『その時、すべては変わっている』

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