episode1-2 難易度:やさしい

「では、我々もスタートしていいという事で、役職を元に周囲を警戒しながら先に進もうか!」


入り口となる場での開口一番は、ヒーロー気質の男であるジェントルの言葉だった。

他グループの入場と時差を置いて入場し、20分程度の待機をした後の事である。

彼は常にと冷静さを忘れぬよう喉を鳴らして微かに震える体を抑えながら強気に出ていた。

「いやいや、その前にここから先の場所把握が先決じゃない?」

対する樹頼は冷静沈着だ。彼は場馴れしすぎている職業柄、中々に人間らしさを捨てきっていた。

そんな彼の様子を見てグループ内での最年少となる佑実は、近くにいた同姓の胡桃に引っ付いて怯んでいた。

「ありえない……本当ありえない…同じ人間なの?」

よそよそしく、そしてグループ内の協力性は無に等しい。各々に各々の考えが強すぎるからか、意見は一致しながらも行動力がてんでバラバラであった。

「まずは、場所の把握をしてから先に進みましょう。あと、ここからはきちんと協力するようにお互い気を遣い合いましょう?」

まとまらない意見や愚痴を組み込み、胡桃は颯爽とまとめ役を務めてその場の空気を整えた。

結果、樹頼たちは黙り込み、互いに視線を反らしたまま「仕方ない」と呟いては胡桃の言葉に従った。


まず始めとして彼らがした事は、その場の把握。

正面は奥に続く通路があり、左右は何列かに積み上げられている多種多様な荷物が置かれていた大きな棚があった。

おや、正面の道の先をじっと見てみれば、左右にあった大きな棚ではない頑丈な壁で行き止まりとなっているではないか。

「ここからだと見づらいから分からないけれど、少し進めば左右に分かれ道とか、ありそうよ?」

「見た限りではあるが……ここは倉庫のようだな」

しん、と静まる空気に胡桃とジェントルが沈黙を遮り、四つの視線は次の行動へと移った。

現状の把握となれば、次は警戒しつつの前進で先の道を知っていく事。どこから何があるのかすら分からない中、「一般人」という枠組みの中では誰もが袋の鼠。だからこその、時間を掛けた始点となっていた。

「さて、少しばかり歩いてみたが…」

数十メートル先まで彼らは歩き、再び足を止める事となる。

それは正面の行き止まりから左右に隔たる分かれ道に出会したからだ。見るからに分かれ道というだけの事だが、慎重さを欠けない彼らからすれば、それすら警戒せねばならない事であった。

「どっちでもいいんじゃないの?どうせ、どっちも似たような道だろうし」

またしてもここで彼女の失言だ。

このデスゲームでしかない箱庭で「どっちでもいい」等という曖昧な発言は死に急いでしかないも同然。

樹頼は小さくため息を溢し、左道へ先行こうとする少女のフードを掴んでは強く後退させた。

するとタイミングが偶然にも良かったのか、後退させた少女の髪数本が目先の場でキリキリと切られて床に落ちていった。

「ぅぎ、な、何っ、何々、あたしの、髪が切れてっ」

動揺を隠せぬままに樹頼の引力に喉を痛めつつも、佑実は背後にいた樹頼にしがみついては顔を更に青くしていた。

「髪が切れた。ふーん、何か仕掛けられてそうだね」

全てにおいて感情を表に出す佑実とは裏腹に、樹頼は変わらず冷静な感想を述べ、佑実を引き剥がした後に彼は自身が身に付けていた布手袋を一枚脱いでは目先の場へと投げつけてみる。

___一触即発。投げた布手袋は音もなくして切り刻まれ、床に落ちた佑実の髪の毛の上へと布屑が落ちた。

「ひぃいっ……!」

「っ………」

「…どうやら、長谷君の読み通りだったようね」

「うん、これは確定だ」

各々の反応はそれなりに。分かりやすい動揺をする佑実とジェントル、そして冷静沈着な樹頼と胡桃で、誰もが見分けられる反応を見せていた。

「とりあえず……逆の道を確かめてから次の行動に移りましょう」

この場の空気は最早、誰かの掌の上。冷静さの欠けた二人を見た後、胡桃は背後へ顔を向けて指示を仰いで皆を誘導した。

次に彼らが向かうは、左右の分かれ道の右道。先ほどの場所からは左右の道しかないと見受けられなかったが、いざ右道へ進んでみると、左側に見える曲がり角、そして更に続く右道が見えてきた。

「ここも分かれ道だね。ん~どっちに行こうかなぁ」

悩む仕草をして平然と次の行動を考える樹頼。

そんな彼の考察を余所にして天井からは久しくも声が下りてきた。しかしその声は、いつものアナウンス声ではなかった。

『このエリアの第一関門は、二手に別れて両道の先へ進み、後にグループ全員が合流する事だよ』

なんとお優しい天からのお告げか。色気あるアナウンスは、さも言わされていると言わんばかりに言葉を発してプツリと消え去った。

「今のが"告げ人"のアナウンスなんだろうね」

誰もが沈黙する中、樹頼は何も変わらないままにその場の空気を割いては考察の続きをし出す。

恐らく、今のアナウンスは、「告げ人」。そしてその声元は、樹頼に自ら話し掛けてきた女の声だろう。

(となると、彼女のいたグループが告げ人の役職を与えられた可能性がある)

冷静は冷静のまま考察が浮き上がり、そうして次の行動の糧となる。例え声そのものは見知った女の声でも、本人かどうかは今のところ分からない。

でも、有力な情報である事は確かだ。

樹頼はその場の突発的な変動にも怯む事なく、誰よりも距離を置いて体を震わせ、涙を浮かばせていた佑実の元へと向かっていった。

「告げ人の言う通りに動いてみよう。とりあえず、佑実ちゃんは僕と一緒に右道へ行くよ」

既に二手に別れた後の組み合わせは出来ている。そう言うようにして戸惑う佑実の腕を掴んでは奥の右道へと進もうとする樹頼。

だが事はそう上手く運べず、いきなりの行動に連れられる佑実が早くも彼の手を引き剥がそうと暴れだした。

「どうしてあんたなんかと一緒にっ…あた、あたしは、ジェントルさんと一緒に行くんだから!!!」

声量の大小を忘れて叫び、彼女は嫌だ嫌だとぐずれだす。そんな様子には、軽蔑な視線が集中的に向けられた。

「佑実ちゃん。あまり僕らを困らせちゃ駄目だよ?」

にっこりと微笑んだままに、樹頼はぐずれた彼女へ顔を寄せてはこう告げた。

「ここはもうデスゲームの真っ只中だ。子供だろうが何だろうが、生き残る為に必要ないと判断されたら、君は僕らにあっさり捨てられちゃうんだ。分かる?」

どこまでも合理的に。それを表に出しては罪を知らぬ少女に現実を見せつけ、樹頼は更なる言葉で追い詰めた。


「僕が君を同行者に選んだのは、君が誰よりも足手まといだからだよ。そっちの二人はそこそこ使えるけど、君が居るだけで彼女たちは死に急いでしまう」


この場を潜り抜けるには、告げ人の発言にあった関門を突破する必要があると考えられる。

そんな中、それなりの筋力はあれども、他人を守る為のヒーロー性に弱味のあるジェントルや人の助けとなる知識はあれども、筋力は非力な胡桃と同行すれば、佑実だけではなく、同行したどちらかも巻き込まれて命を落とす可能性がある。

それらを踏まえ、樹頼は自分と佑実が共に行動するのが一番傷の浅い形となるのではないかと考えたのであった。

「長谷君っ…今の発言は流石に…、」

言い過ぎではないか。正義感を持つ素振りを見せるジェントルは樹頼に反論しようとする。しかし、それを打ち消すようにして深いため息が場の空気を変えた。

「………ふーん。……………………あっそう……」

樹頼の考えや堂々と発せられた言葉の刃に心を抉られた佑実______かと思えば、次には樹頼以外の二人を睨み付けてから性格が打って変わるように樹頼の腕にしがみついてにっこりと微笑み返した。

「あれ?愚ずれっ子は止めたのかい?佑実ちゃん」

あまりにもひっくり返るくらいの変わり様に樹頼も呆れる表情で聞き返す。

すると佑実は、合間を持たずして頷き、樹頼の腕を引っ張って右道へと足を動かす中でボソリと告げた。

「要はあれでしょ?あんたが一番この中で安全区域って言うんでしょ?ならいいよ。それならあたしはあんたを選ぶ。そうしたら、あたしはここから生きて出られるんでしょ?」

圧の掛かった適当な聞き返しが炸裂し、歪んだ顔が表に出てはニタリと笑みを浮かべていた。


____谷底佑実。


彼女は、周りを自らの盾になるかどうかの判別しかせずしてここまで生きてきた一人の非道な人間であった。


※※※※※※


「ねぇ、長谷さんは付き合ってる人とかいるの?」


第一ゲームが開始されて凡そ数十分が過ぎた頃、樹頼はジェントルたちと一時的に別れて佑実と共に右道の先へと進んでいた。

そんな中でも彼女は一つとして懲りずに樹頼へくっついては、この場とは全く無関係な雑談をし出した。

「それは今と関係ある事かい?」

どれだけ態度が変わろうとも、樹頼の接し方は一切変わらず。呆れを通り越し、憐れみの視線で隣の少女を見下ろしては、聞き返した。

すると佑実は首を横に振った後、少しばかり頬を紅くして答えた。

「もしいなかったら、あたしと恋人になるとか、どうかなぁって。あたし、今誰とも付き合ってないし、長谷さんって、よく見たら結構なイケメンだしさ」

彼女なりの誘い方なのだろうか。佑実は樹頼の返答を待たずしてスリスリと樹頼の腕にしがみ付き、一切離れずして道を歩いていた。

(鬱陶しいな。こいつ)

提案は自らしたものの、樹頼は常にと自分の優位となる行動しかしない為に佑実の態度が気に入らなかったようだ。

そもそもとして、樹頼は彼女のような女性はタイプではない。年上か年下かと言えば年下ではあるが、佑実のように周りが必ず守ってくれるという他人任せな性格や幼さばかりが表沙汰となっている女性は、彼の視界に全く入ることのないものであった。

よって返答は、冷めたものばかり。樹頼は笑顔を絶やさずして「君って冗談言うの上手かったんだね」と話を流し、彼女を引き剥がしては前方へと足を早く進めた。

「あっ…ちょっと待ってよ~」

自覚を持っては、かまととぶる佑実。

さて、それはいつまで続くのだろうか。楽しみにもなりやしないものだから、後の展開も期待しないでおこうと思った樹頼であった。


彼らは暫しと長い廊下を歩き、一つ目の扉を開けてはまた長い廊下を進んだ。その最中でも佑実のアピールは酷かったが、樹頼はそれを平然と冷めた返しで凌ぎ、ようやくと辿り着いた扉前でまともな会話をしだした。

「随分と長かったけど、ここまで来る間は何にもなかったね」

「確かにねー。ふふっ、長谷さんの圧で誰も手出し出来なかったんじゃない?」

「……そうだったら面白いね」

未だにべったり引っ付く体温に多少の慣れを感じて適当に返す樹頼は、自ら提供した会話を区切り、目の前の扉のドアノブへと手を掛けては開き、そのまま佑実を連れて先へと足を踏み込んだ。

するとすぐさま、彼らは視界に映る光景に驚く。

それは先程と変わらぬ細長い廊下。しかしながらの温度差と"地下"という言葉が似合う防音対策のしっかりとした閉鎖空間であった。

("やや寒い"。冬の外と変わらない感じか)

一番に印象付いた温度に反応し、吐息の白さでこの場のイメージを改める樹頼。

そんな冷静な彼とは違い、彼にしがみついていた佑実はその場の寒さに体を震わせながらカタカタと歯を鳴らしていた。

(うるさいなぁ。…まぁいいか)

気に掛ける事自体が己の信条に欠けるもの。

樹頼は気にせず、辺りを見渡しながらもしがみつく体を引きずって先の道を進み出す。


___________ガコン、


一歩、二歩、数歩と進み、曲がり角を数回と通った先、背後に佇んでいた扉が異様な音を出してベコリと潰されていた。

その光景を視界に映した樹頼は、面倒臭くも隣でしがみついている佑実を米俵のように背負い上げ、先の道へと力強く走り抜けていった。


___________ガキン、ガキンッ、ガキンガキンッ、


足を止めずに駆けていく樹頼。だが、そんな彼の足音を搔き消そうと言わんばかりに背後から聞こえてくるは、真っ暗な天井より降ってきた"ギロチン"だった。

足を動かせば緊迫満載のアトラクション。

逆に足を止めれば絶命的な処刑場。

この場をまとめて口にすれば、そんな感じだろう。

(ここで半分か。……まだ走れるな)

ガキンと5個目のギロチンが、彼の通ってきた道を破壊する中、樹頼の脳は残りの仕掛けの対処を考えていた。

恐らく、ここまでの流れと同様にギロチンでの道封じは、先に見える道でも充分に仕掛けられていると考えられる。

しかし、その仕掛けだけでこの場を使い切るというのは、仕掛人の立ち位置から勿体なく感じないだろうか?樹頼は視線の先を見続け、背後からの風圧に負けじと足を動かす_____そんな時だった。


『第二関門、ギロチンの棲み家は、一つの仕掛けだけで構成された簡単な構図で造られているっス!』


見下ろしたまま告げているのが分かる天井からのお告げは、絶妙に煩く、聴覚の妨げをしてきた。

そうか。ここの仕掛けはギロチン"だけ"か。

なんて軽く思える馬鹿であれば、恐らく次の行動は惨めな醜態を晒すという黒歴史まっしぐらだったのだろう。

樹頼は素早く視点をぐるりと見回した。天井以外の方向を優先に左、右、真下…。

さすれば即退行、真上にあったギロチンが目の前に落ちてくると同時に佑実の髪を数本切り落とした繊細な糸が仲間討ちにでもあったかのようにして情けなく潰されていった。

(あのまま先に進んでいたら、木っ端微塵になっていたって事か)

流石の樹頼も警戒を高める。

油断大敵とは正にこの時こそ使えるのだろう。

どれだけの超人に近しい体力面を持ち合わせていようと、殺人マシンとなる罠には敵わないのだ。

(さてと、ここからどうするかな)

万事休すを打破出来た、と言うにはまだ早い。

実際、命は助かったものの、向かい先となる道は塞がれ、体温がここへ来た時よりも低くなっている。

「はぁ……はぁ…はぁ……ガタガタ……ガタガタ…」

自分自身もそうだが、背負う子供の方がそろそろ限界に近いのだと言わんばかりに呼吸を荒くしていた。

(一々うるさいなぁ。でもまだ捨てられないしなぁ…)

一つ一つの動作にあれこれと考える暇ほど勿体ない。樹頼は合理的な目的を保持したまま再度周囲を見渡した。

今度はギロチンに塞がれた空間内での視察だ。

前と後ろはギロチンに封鎖されているから、視察の対象は左右の壁のみ。

樹頼は背負っていた佑実を雑に床へ下ろし、左右の壁を交互にノックして音を聞き分けてみる。

さすればにっこり、左側の壁面からトントン拍子に走る足音が聞こえてきた。

ダッ、ダッ、全力で"何か"から逃げていそうな音。

この音から察するに、こちらへ気を向けられる余裕は、なさそうだ。

(うーん、面倒臭い)

秒も数える間もなくして面倒臭がり、樹頼は白い息を吐いて考える。

「あ、そうだ」

さてはて、どうしたものか。そんな風に悩んだ後、ふと思い付いたようにして独り言を呟き、樹頼は左側の壁面へと顔を近づけて息を思い切り吸った。

「誰かそこにいますかーーーーーー!!!!」

そして次には意想外、彼は頭がおかしくなったのかと言わんばかりに大声で叫びだした。

足音が聞こえる程に薄い壁面、踏まえて聞こえた複数の足音。それらは助けを求められる都合や別の場所で起きている状況把握に使える情報だった。

結果として、先程までに聞こえていた足音は消えてしまったが、その代わりとなるように壁の向こう側からは二回ノック音が聞こえ、ボソリと囁き声が返ってくる。

「いますよ~☆そちら様はどこにいますか~?」

壁の向こう側より発せられたのは、ねっとりとした粘着性のある透き通るも、少しうざ絡みしそうな声。

自分と同グループではない"誰か"の声だった。

(返答したのは女。…さっきの足音はこの声元のグループ…いや、こっちのグループか?)

聞き入れた声を辿るように思考を回す。

複数の知らぬ存在の足音が先程までに聞こえた足音の中に含まれていたのか。それとも、相手は聴覚に優れている存在でこちらの呼び声を聞き取り、無音でこちらに近づいてきたのか。

しかしその手前、足音の考察以上の発覚を、ここで脳裏に浮かび上げた。


___返答してきた女の役職は、恐らく「殺人鬼」だ。


このエリアでの役職を改めて思い返した結果、その答えが出てきた。


「一般人」。それは一般的な被害者として、このエリアを攻略しなければならない役職。

「仕掛人」。それは中立的な立ち位置で各エリア内に罠を張り巡らせ、一般人の道筋を妨げる役職。

「告げ人」。それは仕掛人と同じく中立的な立ち位置で一般人へと指示を仰いで誘導する役職。

「殺人鬼」。それは役職関係なく始末が出来る加害者の塊たる役職。


(仕掛人はエリア内の罠、告げ人は館内放送での告げ口。うん、間違いないな)

あくまで仮説だが、役職の把握は難易度低めで設定されていると考えるのが妥当と言えるだろう。

元より彼、そして他の参加者たちも自分の与えられた役職以外の役割や課題を詳しく知らされてはいない。

共通で分かっているのは、大まかな四つの役職紹介文で知った立ち位置のみ。

そもそもとして、「一般人」という役職柄、樹頼たちに与えられた役割と課題は同一。各エリアを攻略する、それだけしかないからこそ、他グループの相手には慎重に動かなければならない。

「もしもし~そろそろ、お返事いいですか~?」

「あぁ、ごめんごめん」

考察した後々として、相手からの催促が言い渡される。さて、返事は返したものの、どうしたものか。

いや、そもそも、この場で考えるという事そのものを何故しているのか。

樹頼は苦笑し、返事を返した後に壁の先の相手へと会話をした。

「どこの誰だか知らないけど僕を助けて欲しいんだ」

「おや、どこの誰かも知らない私に、ですか~?」

「うんうん、どこの誰かも知らない君にね」

体温が限界に向かっていっている最中とは思えないのんびりとした会話をし合い、互いの返事を聞き入れる。

「…構いませんよ?私も……"樹頼お兄さん"に会いたかったんですから☆」

声から察し、勝機を得たのか、壁越しから聞こえたのは、ネットリとした甘え声。それは、殺戮者が快楽を知った時の声そのものだった。

(名前、諸に覚えられてるなぁ…。標的をこっちに乗り換えたか)

これは、誰もが分かり得る展開であり、樹頼にとっては予想通りの展開だった。

各々の役職自体、どのグループにどの役職が与えられたかは分からず、スタート前の話し合いも大ホールの端に各々集まって行われていた。

しかし、被害者ながらにこの事態を愉しんでいた樹頼は、そのスタート手前の話し合いで、自分の役職を周囲にわざと明かすよう仕組んでいた。

『説明で言ってたでしょ?僕らは彼らと違って、何も手出し出来ない一般人なんだよ?』

だからこその周知。そして、彼だけのちょっとした愉しみがあった。

彼はこの事態を愉しんでいたのだ。殺し屋という裏業者すら巻き込むデスゲームとやらに、どんな価値があり、どんな夢を見せてくれるのかを。

故に、彼は愉悦を求める■■■■■■だ。

一言でそう言える。

樹頼は口を歪ませ、相手に合わせるようにして壁越しに被害者らしい怯え声を披露し、指示を仰いだ。

自分は今、とても寒い廊下に閉じ込められている。

ギロチンの罠によって退路が塞がり、助けを求められるのは君しかいない。

正に、死に際で惨めにすがるような被害者を演じる樹頼。そんな彼の必死さに壁越しの相手はうんうんと頷いて言葉を返す。

「でしたら、もう安心ですよ~?丁度良いくらいに、私のすぐ傍には、そちらの仕掛けを退去させる装置があるのです☆」

まるで、始めから知っていたかのような白々しい声が助言してきた。


______そら、引っ掛かった。


子供騙しのようにちっぽけな誘導は、あっさりと受け入れられる。まぁ、獲物を狙う殺人鬼にとっては、手段も選ぶ暇はないか。

あんまりな騙され様にガクリと膝を曲げかけた樹頼。

殺し屋という元々の役職を持つ彼からすれば、こうにも騙されてくれるのは何の面白みもないというもの。

とはいえ、流石の素人な殺人鬼に予想外な展開を望む訳にもいかない。

ましてや、現状で愉悦を求めようとしすぎるのも些か勿体ない。

愉しむのなら、ゆっくりと味わうべきだ。

「良かった。それじゃあ…、」

「押してあげてもいいですけど、一つお願いが☆」

「ん?お願い?」

「はい☆」

ならば、早々の交渉成立を。と、思っての急かしだったが、壁越しから返ってきたのは、一つの提案だった。

「わたしが貴方の近くに行くまでの間は、絶対にその場から動かないでもらってもいいですか~?」

自信満々な提案は余裕綽々と言い切り、すぐに返答待ちをしていた。

なるほど、そうきたか。

それらの意図は樹頼も分からない。

然れど、予想は大いに思い付く。

さて、どうする?いやいや、そんなの決まってる。


「いいよ、交渉成立だ。君が僕を目視するまでは、ここから動かない。約束しよう」

「承知の助です☆では、今から貴方に会いに行きますので、待ってて下さいね?樹頼お兄さん☆」


るんるんと、淡々と、裏表を見せない声はスキップ音を鳴らして遠ざかり、そう経つ事なく、重い扉の開口と共に聴覚を刺激してきた。

トントン、タタン、トントン、タタン。

本心からの楽しさを表現している音がやって来る。

軋む音を持ってして、めり込んでいた地面からゆったりとギロチンたちは上行し、天井で型にはまった音を鳴らしては、主将を出迎えた。

ジャラジャラと装飾をあちらこちらに身に付け、現代っ子の痛々しい未成年を主張した売れないアイドル風の姫カットツインテール女がご登場。


_______鎖國 椎菜(さくに しいな)。24歳。


見た目は幼く、年齢詐称を厭わない大胆たる装いは、目視した事で思い出した樹頼の記憶の中でも、そこそこな印象を持たせてはいた。

でも今の彼女は、殺人鬼らしい刃物を片手に持っているが為、個性をはっきりとした印象そのものと化けたのだ。

「あー……君ね。年齢知るまでは子供だと思ってたよ」

「ふへへ~それはとても良い褒め言葉ですね~☆」

一般人と殺人鬼という真逆の役職にも係わらず、樹頼と椎菜は余裕の笑みを持って接していた。

しかしそれは表面上での事。彼らの動きを全体的に見渡せば、きちんと間合いを持って守りと攻めに徹しているのが分かる。

「僕はまだしも、君も中々だね?」

「お褒めに預かり光栄です~☆樹頼お兄さんも、可愛らしいお嬢さんがいるのなら、教えてくれても良かったのに☆」

「いや~荷物を人として数に数えるか悩んでね」

「うわ~最低です。クズの一つ覚え☆」

「あはは、それはどうも」

顔は笑えど、心は他人事。進行し続ける体温低下を無視して行う会話は、樹頼側からすれば、一つとしてメリットのない無意味な会話だった。

「確かその子、佑実ちゃん…でしたよね?…いいんです?だいぶ、呼吸が薄くなってるっぽいですけど☆」

見て分かるほどのものだったろうか?樹頼が背負う佑実を話題に持ち上げ、彼の視線を自分から佑実の方へと移そうと話を変えてきた椎菜。

これはこれは、分かりやすい誘導だ。樹頼は、視線を移す事なく「そうだね」とそっけなく返事を返し、片手で背負う佑実の体を持ち直していた。

と言っても、椎菜の言葉は正しく、そろそろ佑実の息もきつくなってきている。

まぁ、もういいか。暇潰しの会話は止めて、樹頼は椎菜の口車に乗り、視線をわざと佑実の方へ移して元来た道へと走りだし、彼女に機会を与えた。

恐らく、というよりかは確実に、彼女は仲良しこよしで樹頼たちを先の道へと平和的に通してはくれない。

こちらの姿を目視し、距離を図って間合いを詰め、刃物を持ち歩いている時点で、それらは大いに察せられる。

だから樹頼は動いた。相手側の先にある道ではなく、元来た道に向かって。

「わわっ、早~い☆あれれ?でもそっち、元の道ですよ~?」

案の定、痛快無比な如く、凶器を手に持つ彼女は追ってきた。しかしただ追うだけなんて事はせず、不気味な笑みを浮かべたまま、刃物を持っていない手で"ボタンのようなもの"を持って追ってきていた。

(何だあれ…)

呼吸の調子を整えつつ、その場を走り抜ける樹頼。しかしながら、背後より迫る彼女の手に持つ"何か"が気になる様子。


いや、もしかして、アレは…。

気づいた頃には時すでに遅し。


「個性豊かな一般人さんには、ハンデがないと~☆」

少しばかりの息切れを見せながらも瞳孔を開いて樹頼の視線に口を歪ませ、椎菜は手に持っていたボタンのようなものを強く叩く。

さすれば愕然、天井から小さな瓦礫がボロボロと溢れ落ちると否や、行き先だった道からドミノのようにギロチンが降ってきた。

成る程。樹頼は理解する。

何故、椎菜はギロチンの操作ボタンに関して、余裕綽々と話していたのか。

そりゃあ、あんな余裕も持てるわな。

「そのボタン、元から君の手元にあったんだね」

「はぁい、そうなんですよ~☆仕掛人が先回りしてこのエリアに配置してくれていたお陰で~☆」

「成る程ね」

容赦のない破壊音に紛れるも、会話は通常運転。

樹頼は椎菜との距離を空けようと足の速度を上げるが、勘づくのに遅れた事で彼女の思惑通り、樹頼の目の前に配置されていたギロチンが、彼を通す事なく地面へ降りてきた。

「おっと……。流石、仕掛人は中立的な立場を弁えてるね。何事も平等的にってやつかな?」

「ふふっ、それを言うのなら、告げ人もですよ☆」

ガチン、と強く地面へめり込んだ音が消え去った後、樹頼と椎菜は向き合い、裏を隠す満面の笑みで会話した。しかし、それもすぐさま事切れる。

二つのギロチンの合間に閉じ込められ、互いに黙視する狂人二人。とはいえ、現状の優位を得ている椎菜と、佑実という荷物を持って丸腰の状態にいる樹頼では、狂気も狂喜も椎菜の方が断トツに上。

「これぞ詰んだってやつですね?樹頼お兄さん☆」

相当嬉しかったのか、椎菜は独りでに喜んでいた。

彼女はきっと、樹頼を自身の知能で罠に嵌めたと思って、楽観視のまま歓喜しているのだろう。

だからこうも、あっさりと隙を多く作ってしまっている。

さてさて、そんな隙だらけの彼女には、どういった屈辱を与えるのが良いだろうか。樹頼は考え、そして早くも行動に移した。

「喜んでる所悪いけど、僕もそろそろキツくてさ」

早口で言い切り、佑実をもう一度持ち直した上にその場で一回と屈伸した樹頼は、血迷ったようにして椎菜の方へ向かってきた。

「わっ、積極的です、ね!!」

対する椎菜も困惑混じりに近付く樹頼へと刃物を振り回す。一回、二回、三、四回と素人全開にしてブンブン振り回す。

しかしそれら全て、樹頼には当たらず。彼も殺し屋ではなく一般人として軽い悲鳴を上げながら、見事に回避していた。

「はぁはぁ……末恐ろしい、一般人さん、ですねっ、」

「そうかな?一般人の中でもちゃんと護身術を学んでる人だっていると思うよ?君みたいな素人にも対抗できるくらいのは、ね」

「………このっ…!!!」

煽り、もしくは挑発と受け取ったのだろう。

樹頼の言葉に椎菜は癇癪を起こし、もう一度刃物を力強く振り回した________瞬間。彼女は動揺を隠せぬままに軽く横へ吹き飛ばされた。

「ぁが、…っは、……………おぇっ、」

脇腹を抑え、軽く嘔吐する椎菜。

一体、何があったというか。意識が朦朧としていそうな視線で彼女は樹頼を見た。

薄暗い中で見た事から映える芥子色のボブヘアーの長身男。然れど、彼女の視線に気付いて振り返った時に見えた狂気を形にしたような真っ赤な瞳は、背筋を凍らせるものがあった。

「椎菜ちゃんは、このデスゲームをどれだけ理解してるか知らないけどさ?」

不思議と思っていたのか、樹頼は椎菜の手元から離れていたボタンを持ってポチっと押しては呟きだした。


「役職があろうとなかろうと、立場を弁えての自己防衛は、何も禁じられてなかったんだよ?」


肩書きばかりを目で追っての軽薄な行動だった。

樹頼なりの評価を言い渡し、彼は未だに起き上がれていない椎菜の元にボタンを投げ捨て、ギロチンが引いた道を辿っては、当初から目指していた先の道へと駆け抜けていった。


※※※※※※


「………これは夢よっ、本当に夢なのっ!!…うぅっ…」

「無理に叫ばない方が良いわ。まずは落ち着いて…」

「とりあえず倉庫にあった物を借りたが、まだ寒かったら言ってくれ、谷底君。物資調達はこちらで………」

「うるさいうるさいっ!!!もう誰の声も信じないんだからっ!!!」

「ん~…。"この鍵"が最後かな?」


カタカタと歯を鳴らして冷えた体をカイロで温めるも、非現実的に行われているゲームそのものへと怖じ気づいてしまった佑実。

そんな彼女を見て気遣う胡桃とジェントルは各々に、佑実のサポートを行う。

そして樹頼は、彼らのやり取りを無視して独り言で疑問を解消しようと思考を回していた。


彼らは各々に進んだ道を駆け抜け、無事に合流した。

椎菜との対立を終えた樹頼がギロチン仕掛けの先の道を進み、端っこに縮こまるようにして配置されていた扉を抜けた後、覚えのある廊下へ出ては床に落ちていた"何かの鍵"を入手し、近場で身を潜めていた胡桃たちを発見して無事合流。

それから互いに情報交換しつつ、いつの間にか気絶していた佑実の体力温存を整え、今に至っていた。

「佑実ちゃん、もう少し声の大きさ控えてね。殺人鬼もまだ生きてるんだから」

「ひぃぃっ…!!」

「長谷君、脅しは止めたまえっ…!」

「脅しをしたつもりはないけど?」

「し、しかし、今のはっ…!」

「…皆、一旦落ち着いて」

念押し、というかは釘を刺し、樹頼は佑実の恐怖を更に深める。そんな彼にジェントルが反応し、樹頼とジェントルの言い合いが始まりだした途端で胡桃が仲介に入るなんていったグループ内でのわだかまりが出来上がっていた。


「それにしても驚いたよ。まさか僕らの所だけじゃなく、君たちが行った道でもギロチン仕掛けがあったなんてね?」


そんな事態すらも気にする事はなく、樹頼は話の続きをした。

彼らは合流した後の情報交換で互いの近況を把握した。その結果、樹頼は胡桃たちが通ってきた道中で起きていた事態と壁越しに聞こえていた足音の正体を理解する。

まず始めとして、樹頼たちと別れた後、胡桃たちは告げ人の指示された通りに真っ直ぐの道へと進んだ。

彼らも同じく始点の段階では何も罠などなく進んだとの事。

しかし、それも束の間の何とやらだ。

真っ直ぐに進んで行き止まりとなったところで右へ曲がってみると、そこには幾つかの罠や鍵のついた扉があったという。

「罠は大きく分けて二つだったわ」

冷静なままに当時の状況を整理出来ていた胡桃が言っていた。

罠の二つの内の一つ目。それはスタート直後から目にしていた布すらも粉々に切り裂ける細い糸だった。

そして二つ目は、糸の先の道で城壁のように佇んでいた大きなギロチンだった。

「…当初、右側にあった鍵のつく扉が何なのかは、糸の罠のせいで調べられなかったのだよ」

言い訳に近しい報告を述べ、ジェントルは冷や汗を掻いていた。

鍵のついた扉は置いといたとしても、行き先としては樹頼たちより胡桃たちの方が時間が掛かってしまったらしい。

「とりあえず私たちは罠の解除をしたの。分かりやすくも配置してくれていた解除システムでね」

出来るだけの説明は省き、胡桃は順々に話す。

罠だらけの場所へと辿り着いた際、何度目かのアナウンスが流れ、それは指示を仰いできた。

『一時別れた仲間と合流したいのならば、壁際に配置されているタブレット端末機で解除システムを順番に操作しろ』

そのアナウンスは渋く、声だけで誰なのかがハッキリと分かる低い声だった。

「解除システムはパズルゲームだった。難易度も少し難しいくらい。私と彼で1戦ずつ挑んだわ」

「彼女の言う通りだ。NPCと2戦したら、罠が解除された……が、」

話せる限りの情報を告げる中、ジェントルと胡桃の顔が曇った。

それもその筈。彼らが罠を解除した事によって閉じた行き先が開かれた代わりに、厄介者の介入を許してしまったのだから。

「細い糸やギロチンの罠の解除と共に、鍵のついた扉が内側から開いて鎖国さんがその扉から出てきたの」

ここまで話が進めば、大いに後の話が思い浮かぶ。

罠の解除された代償として、殺人鬼グループの一人である椎菜の行動範囲が広まり、一般人グループの道を阻んできた、と。

「僕らが閉じ込められた空間からも走ってる足音が聞こえてたよ」

「それは確実に、私たちと椎菜君のものだろう。素人ながらに凶器を振り回して追いかけてきたからな…」

「そう。それは災難だったね」

約5分間の説明はすんなりと終わりを告げ、意識を戻した佑実の対応を済ませた上で、次の行動へと樹頼たちは移った。

彼らが次に行った道先は残るところ一つだけ。殺人鬼グループの椎菜が出てきた扉の先のみであった。

最初のアナウンス通りに別れた2組が合流した褒美として、樹頼は一つの鍵を入手している。

既に胡桃たちの情報から得ていた鍵のついた扉前へと足を運び、念のための確認を行った。

「……扉の鍵はちゃんと掛けてるみたいだ。じゃ、使おうか」

鍵の意味はちゃんと扉を開ける為のものと確信し、樹頼たちは扉を開けて次々と中へ入っていった。

しかし、次の光景を目にした瞬間、樹頼以外の皆が声を失っていた。


「わー、凄いね、これ」


入室した直後の事だ。それは佑実やジェントルだけでなく、胡桃も声の出し方を忘れていた中で樹頼だけが口に出した言葉である。

彼らが目視したものは、正に奇妙な芸術品だ。

正方形の1室で監視カメラとおぼしき物が天井のあちらこちらと配置されており、左右の壁には大胆にも血痕が付着していた。

そしてそれらの結末を証すようにして、真正面に大きく飾られていた壁画には、蜘蛛の糸のように付着していた罠に絡まるバラバラ死体があった。

その死体は見るからに成人男性で、染めた金髪や何本も開けてあるピアスという目立ちたがりを露にした容姿だった。

「………彼って確か…」

無言の空気が漂う中で胡桃が言葉に出す。

それはバラバラ死体について。胡桃は、死体の存在を覚えていたようだ。


_______樟 殊挫(くすのき ことざ)。20歳。


樹頼たちと同じく地底の館とやらに閉じ込められた荒くれ者。印象はそれしかなく、あまり個性が強くない、ノーマルタイプの存在だった。

「……そんなのいたっけ?」

樹頼は覚えておらず、単なる悪趣味な芸術品だと思っていたようだ。胡桃たちが声を失っていた時でさえ、バラバラ死体に対してというよりは、もっと別の事に対してしか関心を持っていなかった。

「そ、そんなの!?……彼を覚えていないのか!?あんなにも壁を蹴りながら叫んでいた彼の事を!」

流石の他人事にしすぎる樹頼の言葉にジェントルが早くも反応し、顔を青ざめたままに言葉を返してきた。

壁を蹴った?叫んでいた?思考をとりあえず回す。


『一体全体、何だって言うんだ!?ここはよぉ!!』


そう言えば、何か叫んでいた奴がいたな。樹頼は曖昧にも浮かんできた叫び声を死体の声だったと適当に考えとく事にした。

「まぁ、この状態の主犯は間違いなく椎菜ちゃんだろうけど…凄いね。告げ人か仕掛人のどっちかを始末して部屋に飾るなんて」

樹頼にとって最早、死体なんて眼中になく、優先順位はこの場の事態そのものについてであった。

現状、他グループの確信は殺人鬼グループのみ。告げ人は声を変換して喋っている可能性もあって確定出来ず、仕掛人も残りのグループだと決めづらいものだった。

だからこその疑問となるバラバラ死体の経緯は、樹頼にとって興味を持たせてくれた。

「殺人鬼だけで殺せるものっぽくないよね。これ」

「そう、ね。罠に絡まってるのはだいぶ凝ってるわ」

「………………誰がこんな事をしたというんだっ…」

「………夢だっ、これは夢っ、これは夢っ………!!」

冷静な考察の声が二つ、悲観の声が一つ、悲鳴そのものが一つと室内に響き渡る。防音室と見受けるその場は、血生臭さで嗅覚を鈍らせていたが、逆に声の響きが伝わりやすくなっていた為に誰もが地獄耳となっていた。

「…………………………最高の眺めですよねぇ…?」

ボソリと呟いたそれすらも、駄々漏れだったのだ。

聞こえてきた愉悦の声は樹頼たちの背後。入ってきた扉の方から聞こえた。

樹頼たちは各々に振り向いた。するとそこには、脇腹を押さえながらも手ぶらで立ち尽くし、バラバラ死体を見つめる椎菜がいたのだ。

「ひぃいいっ…!!!!」

椎菜に対し、開口一番となる反応を見せたのは佑実。誰よりも一般人らしく、誰よりも足手まといだった彼女は、咄嗟に近くにいた樹頼を盾にして震えていた。

「ととっ…………………やぁ、椎菜ちゃん。早かったね」

佑実の行動に自制し、樹頼は未だにバラバラ死体を愛でるように見つめる椎菜へと言葉を返す。

「…はい。樹頼お兄さんのお陰で、早く起きようと頑張ったんです~☆」

一言一言と喋るに連れて元の口調へ戻る椎菜。

そんな彼女は満面の笑みで誰の返事も聞こうとはせずに喋り出す。

「第一、第二関門と見事に突破して、皆さん凄いです~☆この調子で、あともう一つの関門も突破しましょうね☆」

冷静に笑みを絶やさず、椎菜は言い切る。

そして彼女の言葉が終わると同時に、アナウンス音が鳴り響いた。


『さ、最後の関門、は、えっと、時間制限あり、の追いかけっこ、です…。これ、これが終わったら、次の、エリアに、行けます…』


おどおどしく、それでいて重要なアナウンスは、言い終わってからも中々に音を切れず、あたふたした声を出していたが、強制的に消されたのか、ブツリと大きく音を立てて消え去った。

「え~ここからの説明は、お手紙を事前にもらった私から読ませてもらいますね~☆」

アナウンスの終わりを見計らい、何もおかしな事はしていないと言わんばかりに懐から一枚の紙を取り出した椎菜は、誰の許可もなくして文を読み上げた。

それらの内容を要約すると、今から行われるのは鬼ごっこ形式の追いかけっこ。

樹頼たちはここまでに足を運んだ道を通って今いる部屋の外のギロチンが配置されていた先の道を進む。

その際、鬼役となる殺人鬼から触れられずに逃げ切り、制限時間内にゴール地点となる扉に入れれば、このステージはクリアとなる。

「余談として、ここからは一般人の皆さんと私だけのゲームとなりますので、他の方々は絡んできませんから、新たな罠や告げ口はありません☆」

そこはご安心を。そう告げた椎菜は、バラバラ死体の前まで行き、樹頼たちに背中を向けた。

「私が数え始めたら、ゲームスタートです☆30くらいはゆっくり数えますので☆あ、そうそう。一つ言い忘れてました☆」

すぐにでも始めようと言わんばかりに司会を務めていた椎菜であったが、何かを思い出したらしく、一つ咳払いをしてからおまけの一言を述べた。


「私がこれまでに持っていた荷物は全て、扉の外に置いてきたので、使える物がありましたら、遠慮なく使ってくださいね☆」


勿論、一般人としての役割はお忘れずに。

言い忘れもきちんと言った後、椎菜は「では、始めます」と告げてから、数を数え出した。


※※※※※※


「我々が二手に別れた道には特別変わった場所はなかった筈だっ!」

「…運任せになるけれど、あっちへ進みましょう…!」

時間の制限がある中での会話は実に早く、焦りを持ってた事から次に移るのも早かった。

バラバラ死体が飾られた部屋にて椎菜から出されたこのエリアの最終関門が明かされ、最後の鬼ごっこが開始した直後、視線だけを合わせた樹頼たちは早くもあの場を退室し、動き出していた。

始めに胡桃、次にジェントル、樹頼、佑実という順番での並びで一行は足を運ぶ。

「……!見えた、知らない道があったぞ!!!」

生き残る為に、逃げ切る為に。意地汚さが滲み出る姿は実に勇ましく、それでいて人間らしかった。

そんな彼らは走り抜け、希望を見つけて間抜けにも安堵していた。

扉を出て向かうはギロチンがあった場所。そこを駆けては後ろを振り向く胡桃とジェントル。

「急ぎたまえ!二人ともっ!!」

「長谷君!谷底さんも早くっ…!!!」

呼吸を荒くし、焦りばかりを表に出す叫びは後方を走っていた樹頼たちへと呼び掛けていた。

そんな焦らなくても、今行く…。樹頼は平然としたままに呼び声へと返事を返しかけた__________が。


ガコンっ!!!


視界に映るや否や、先走っていた胡桃たちと樹頼の合間には、再び降下したギロチンが地面を抉り込んでいた。

「きゃっ…!!!」

「極道君、大丈夫かっ!?」

向こう側からの声が響く。唐突な封鎖に驚いているようだ。

「…………………」

対する樹頼は余裕綽々、でもなく、無言を通してその場に立ち尽くしていた。

…その訳は安易なもの。彼はゆっくりと視線を後ろへ向けてみる。

そこに映るは、表情の隠れた佑実の姿。彼女は樹頼の死角で何かをしていた。

何かとは何だ?…そんなもの、自分に与えられた痛覚が何なのかを考えれば、自ずと分かるものだ。

「…君、刃物なんか持ってたんだねぇ?」

軽めの咳き込みに合わせた答え合わせが、樹頼の口からボソリと発せられる。

樹頼は、背後から佑実に刃物で右腰を刺された。恐らく、佑実の持つ刃物は椎菜が持っていたものだろう。沢山のギロチンが配置されていた地下空間で椎名が所持していた刃物と瓜二つだったというのがそう思えた証拠であった。

「は、はは…あはは………ざまぁみろ…あたしもっ、ちゃんと出来た…出来たんだっ!!!」

答え合わせの返事は気狂いしたもの。先程までのぶりっ子ブームが過ぎたのか、今の彼女はしでかした事を言い訳に笑う木偶の坊だった。

「谷底君…?ど、どうかした、のか?」

「…長谷君、何かあったの?」

こちらの状況を知らずして焦り続けるジェントルたち。あぁ、そう言えば、鬼ごっこの途中だったか。

そう経たずして忘れていた事を思い出し、樹頼は腰に刺さる刃物を持った佑実の手を片手で強く掴み、自らの背中から刃物を抜き出しては、言葉を発した。

「ちょっとしたトラブルだよ。それより、椎菜ちゃんもそろそろ出てきちゃうからさ、君たちは先に進んでてよ。後で合流しよう」

「…分かったわ。また後でね、長谷君」

「うん。またね、胡桃ちゃん」

平然を忘れずして樹頼は指示を仰ぎ、胡桃の了承を得て一言付け加えた。

「ジェントルも、またね?」

「あ、あぁ。またな…長谷、君…」

状況の理解に追いつけずして黙り込んでいた相手に会話を持ち込む。さすれば向こうからも動揺した上に怪訝な返事が返り、話は音沙汰なく切り捨てられた。

「さて………。僕らもそろそろ動こうか?」

とりあえずの部外者は除けたので、樹頼は体を背後の方へと向け、過呼吸気味に体を震わせる少女へと言葉を返していた。

「な、なんで…?刺した…あたし、刺したのにっ!!」

情緒不安定を体で表すように、少女は自ら手にしていた刃物を手離し、ゆらりゆらりと後退する。

「こ、これは夢だもんっ、だから、あたしを振り回したあんたもっ、あたしの思い通りに殺、殺せると、思っ、思ったのに…!!」

言い訳ばかりが口から溢れ、止まらない足は惨めにフラグを立てていった。

1歩、2歩、3歩4歩…彼女は進む。

「ねぇ、"君"」

少しばかりの猶予を与えて機会を図った樹頼は、ここぞとばかりに彼女を呼び止め、刃物を足で踏み壊しては、刺された部位を手で押さえたまま、こう告げた。


「そこにいたら、鬼に捕まるよ?」


それはあっという間の忠告だった。その一言に合わせ、少女の真横にあった扉が強く開かれ、樹頼が次に瞬いた時には椎菜の姿があり、彼女の両手は少女の体に触れていた。

「佑実ちゃん、捕まえた☆」

心底楽しそうな狂気は申告し、数歩と退がった。

その言葉こそが合図の印。

椎菜の言葉に合わせ、佑実の真上となる天井が意思を持つように開かれ、その合間からは大層な機関銃が三丁出現した。

それは悲鳴を上げさせる暇も与えず、引き金を引き、豪雨のようにして人の形をしていた少女に血しぶきを披露させては、無音で退場していった。

天井が元通りとなった際、樹頼の視界に映っていたのは、血溜まりと化したものとその近くで彼を見つめて頬を染めていた椎菜を通りすぎた先。二手の分かれ道がある場所に行く為の曲がり角だった。

「次は逃がしませんよ~?樹頼お兄さん」

出遅れたと言えるが、椎菜は自信を持って追いかけてくる。恐らくこの局面こそが、このエリアの最終局面なのだろう。初めて彼らが対面した時以上に、今行われていた鬼ごっこの進行は速くも長い、殺伐とした鬼ごっことなっていた。

樹頼は全速力で無人の道を駆けていく。

彼が向かうルートは一つ。胡桃たちが進んだ道を逆走し、最初に足を止めた地点となる一つ目の罠が張ってあった場所。まだ生きていた少女が死に急いだ糸の罠の張り巡らされていた道先である。

(だいぶ時間を削られたなぁ)

流石の樹頼も事の状況に少しばかりの緊張感を持ち始めた。

相手は素人あれど、背に負う傷口を押さえながらの逃走は中々に堪える。ましてや、制限されていた時間内でのゴールは体力的にもギリギリ出来るか否か…。

二つ目の曲がり道を進み、目的としていた直線が視界に映る。そこは以前あった細い糸の罠が解かれ、何もない通り道として用意されていた。


『余談として、ここからは一般人の皆さんと私だけのゲームとなりますので、他の方々は絡んできませんから、新たな罠や告げ口はありません☆』


果たしてその言葉は、本当だったのだろうか。

いやいや、疑うなよ。赤の他人だぞ?

樹頼は速度を緩めずに足を進めた。

約50メートル程度の距離もあと数歩進めば、右の直線のみ__________と思いきや。

「そんなに急いだらっ、危ない、ですよ~☆」

息切れながらにアドバイスをわざと与えた椎菜。

そんな彼女の言葉が樹頼の聴覚を占めた瞬間、目先の天井からは瓦礫が溢れ落ちてきた。

「やっぱり、嘘ばっかだ」

この光景は何度も見た。樹頼は見飽きたと言わんばかりに予測し、先の展開を見抜く。

このエリア内での仕掛けで何度も世話になった罠。ギロチンの罠が樹頼の行き先を閉ざそうとしてくる。

さて、どうする?ここでまた時間を食わされては、間に合うものも間に合わなく、惨めに終わりを告げる事となるが。

おい、一々癇に触る泣き言を喚くな。

彼の答えはとっくに出ていた。

言うまでもなく落ちてやると言いたげに降りてくるギロチンに臆せず足を動かし続け、命を刈り取る刃の先端が頭頂と平行になるまで見計らった直後。

彼は大袈裟に膝を曲げてはギロチンの先へと力強く横跳びし、ギロチンが地面をめり込むと同時に体勢を崩して壁に寄りかかっていた。

「あたた………僕もまだまだかなぁ」

一言吐き捨て、逃走を再開する樹頼。

緊張感を持ちつつも成し遂げた事柄であるが、並大抵の人間ではあのような度胸ある一か八かの回避劇を行えるものではない。

下手をすれば、ギロチンに命を刈り取られ兼ねない所業。それを一瞬で判断して実行した挙げ句、成功した彼の功績は、その場にいない誰もが引いていた。

「凄~い!流石は樹頼お兄さん☆伊達に殺し屋名乗っていませんね☆」

ガコンっと一つ音を鳴らし上げ、走行する樹頼を再び追いかけてきた椎菜は思ってもいなさそうに彼を評価していた。

そんな彼女を見ずして、樹頼は先に最終到着地点としているゴール場所を目視する。

見た限りの距離感が100m程度の直線を抜けた先、斜面上の坂があり、その先端に小さくゴールの看板を横に取り付けてある扉があった。

(扉は開いてるのか。でも誰も見えない?)

目視のみでの把握によって狭まる思考に疑問を付け加え、樹頼は勢いよく走りゆく。

「達人過ぎる一般人さんには、これを、お届けです~☆」

そんな彼を背後から追いかける椎名は途切れ途切れに言葉を言い切り、またしても"何か"のボタンを押した。


_______おっと、これは本当に難易度が低いものなのか?


樹頼は苦笑し、失笑し、一笑した。

椎名が繰り出したのは、樹頼の走行する場所の左側面の壁が押し寄せてくる罠の手動操作と彼の進む先の道に張りついた多くの細い糸の罠の点火操作も2個であった。

「樹頼お兄さん程の、実力ありき、の一般人さんには、これくらいないと、ね☆」

走るのが疲れてきていた椎名はぐにゃっと顔を歪ませ、その場に立ち尽くしていた。

巻き込まれないが為の引き際だったのだろう。

用意した、もしくは利用した罠で、ある程度樹頼を痛めつけた後に鬼として彼を捕まえようという手口と見受ける。

(何が何でも、僕をここで始末しておきたいって感じかな?面白い)

それとなく察せる殺意に樹頼も関心し、走行する動作をこれまで以上に加速させ、彼は全身を使ってこのエリアの脱出を試みた。

初手、彼は手足の動作に勢いをつけて速度を上げる。椎名からの距離を遠ざけ、押し寄せてくる壁から逃げ切る為の助走を早めにつけておく為だ。

次にすべきは視覚で見える仕掛けの把握とそれを突破する手段を実行する事。

まず現状において既に分かっているのは、2つの罠が同時に仕掛けられ、樹頼の行く先を阻んでくるという事実。では、それを突破するには?

その2つの罠を出し抜いてゴール地点に辿り着く他ない。

押し寄せる壁の縮小時間は妙に速いが、行き先に見えている細い糸の付着場所は、これまでに見たものと違い、部分部分にしか付着されておらず、下から潜り抜けられるようになって見える。…しかし、遠目だからそう見えているようにも思える為、何とも言いようがない。ここで大事なのは、それを潜り抜けている時間をどれだけ短縮するかという事だけだ。


「僕らしくない…?」


我ながらの優柔不断さに嘲笑い、彼は進んだ。

どうしてこうも迷おうとしているのか。さっぱり分からない。

多々な考察を切り捨て、全速力で走る樹頼。

その姿は生き急ぐもあらず、死に急ぐもあらず、自ら既にイカれていると主張する程度の大胆不敵なものを魅せていた。

凡そ100m走は彼の敵ならず。見事なまでに素早い走行は押し寄せる壁も泣き言を言いたくなる程のものだった。しかしまだ油断できない。

最後の最後となる局面で迎える点火された細い糸と足場となる地面の隙間は、樹頼の疑った通り、遠目で見たものと近場で見たものは違っていた。

 近場で見た罠と地面の隙間は、赤ん坊が入れるかどうかの隙間でしかなかった。

そんな所を樹頼が潜り抜けるのは、流石の無理がある。

ならば、どうする?いちいち聞くな。答えは簡単だろ。

直進し続け、点火した罠から10m手前に辿り着いた時______彼は奇行に走る。

勢いを殺さずして足先を直線上にある罠ではなく、右側面の壁に向け、そのまま駆け上がった。

その奇行は罠の配置されていた箇所を通り過ぎるまで行われ、後は壁を足場として踏み込み、罠の先の道へと降りては休むことなくゴールまで駆ける樹頼。

速度は落とさずに荒くなっていた呼吸を整え、直行、斜行と走り続け、押し寄せた壁に潰される手前でもうひと踏ん張りと強く一歩を踏み込み、ギリギリ出し抜いた。


『ゴールイン!!!残り僅か1秒でのクリア、誠におめでとうございます!!!!』


樹頼が踏み込んだ先は、開いていた扉の先。第一エリアのゴール地点であった。

妙に耳障りな久しいマイク音に出迎えられ、樹頼は第一エリアをクリアした。

「「長谷君!」」

聴覚に痛みを与える音に紛れ、樹頼を呼ぶ声が二重に響き渡る。

その声元を辿ると、同グループだった胡桃たちが彼の元へとやって来ていた。

「やぁ、二人は無事だったんだね」

「えぇ。貴方たちとはぐれた後にここまで走り抜けたから…」

「長谷君。…その…谷底君は……」

気遣う視線に合わせた台詞に樹頼はそれとなく応えた。

「同じグループだったあの子?…あーあの子…、」

「谷底さんの事よ?長谷君」

「そう、彼女。あの後すぐ鬼に捕まってね。潜伏していた罠で殺されたよ」

「なっ………」

ケロッと何の躊躇もなくして真実を明かした樹頼。

そんな彼の言動にジェントルが一番に驚くも、次には静かに聞き返してきた。

「……何故っ、彼女を助けなかった…?」

その声は低く、不信や疑心が強く表出ていたものだった。

これまでに見たことのないジェントルの陰りは、実に見物であった。

樹頼は唐突だった事で呆然となるが早くも我に返り、自らの上着やワイシャツを脱いでは以前より装着していたであろう防刃チョッキを脱ぎ捨てた。そして、もう1枚着ていたインナーを捲って軽傷だった右腰の傷口を見ながらさらっと答える。


「_________彼女は助ける必要がなかったしね。利用価値が無さすぎたからさ」


一時的で不運にも同じ被害者となり、協力しあう事となった彼ら。

しかしながらの言葉が足りなかった合理的な回答は、後の彼らの関係性を抉る傷となったのであった。


地下4階 種目:徘徊迷路

第一エリア「倉庫」 難易度:やさしい

生存者:16名  死亡者:2名


『それでは生き残った皆々様方。一時の休息を終えてから次のエリアへと向かい、第二エリアのゲームを開始致しましょう!!』


意図も真実も何もかもを知らずして行われているデスゲーム。

これらは果たして、彼らにとって"何"となるか。


それはまだまだ、これからのお話。


※※※※※※


次回へつづく

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花籠の館 まごころ @dream_71

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