花籠の館

まごころ

episode1-1 プロローグ

『ようこそお出で下さいました、皆々様方!』


響くマイクにノイズの入った声が有頂天外となり、次々と挨拶をする。


常に忘却一筋、罪逃れ。

スポットライトに嫌われ、一張羅。

真実となる言葉に悲鳴を上げた、絡繰魂兵器。


正常なんてものは一つもなし。それら全て、名前のみを紹介した素顔を隠す臆病者だ。

『我々は皆様方を憎み、無慈悲に終わりを与えます。そう!これぞまさしく逆恨み!!!』

こちらの意思など考えなしに司会は興奮して叫ぶ。なるほど、逆恨みか。言ったがままの言葉にそれとなく関心した。

『ここでは全ての罪が許されます。強奪、殺戮、拷問、等々。貴殿方を憎む我々もあれば、我々を利用する貴殿方もある。それが、"この地底に沈む館"の規則です!!』

求めている訳でもない説明に独りよがりの告げ口は面白い事を言っていた。

『さぁ、説明はこれにて閉幕。ここからはそう、貴殿方にとっての見知らぬ館の脱出劇が開幕される事でしょう!!!』

まるで加害者でしかないと言わんばかりに、プツリと司会は消え去った。


『地底の館へようこそ』


一つの言葉を残して。


___________

________

_____

__



「一体全体、何だって言うんだ!?ここはよぉ!!」


虫の居所が悪いのか、丁寧且つ簡単な説明会の閉幕早々にして、閉鎖された空間には壁を蹴る音が炸裂していた。

これは謎の司会による説明を聞き終えた後の事。意味も分からずに観覧者となって耳を済ましていたこちら側は、暫く呆然となってから多々な反応を見せていた。


「………」

無言を貫く者もいれば、

「ど、どど、どう、しよぅ………」

地べたにしゃがんで泣き啜る者もいれば、

「ねぇ、僕くん?どうしてここにいるか分かる?」

「知らないよ。ぼくが知るわけないでしょ」

とりあえず会話をしてみる者たちもいれば、

「ふむ、まずは状況の整理といこうか」

冷静な分析をする者もいた。


元を正せば、観覧者となっていたこちら側は、全てにおいて理解出来ていない状態だった。

ここに居る理由、ここに至るまでのきっかけ、そして司会者の言う「逆恨み」について、等々。

記憶を失くした訳ではないが、見知らぬ場所へと拉致された事以外、彼らは現状の理解が追い付けていなかった。

(あの司会者たちの狙いは何だろう?)

隅に寄って賑わう愚者の反応を、背丈の高い彼は見下ろす。

彼は、彼らと同じように現状を理解しようと必死にならない、貴重な合理主義者であった。


_______長谷樹頼(はせ しげより)。25歳。


不運ばかりに恵まれた彼は、他人事として様子を伺い、独りあちら側の存在だと分かる司会者の狙いについて考える。

覚えのありそうなゲームに寄せられた開会式。その中でも引っ掛かったのは、あちら側がこちら側を憎んでいるという事だった。

(誰に?何故?何時?どのくらい?)

重要となる部分がほとんど抜けていた。

恐らく、あちら側にとってはこの意味の分からない脱出劇とやらで、それを少しずつ知らせようとしてくるのだろう。

勿論、あらゆる方法で、だろうが。

「あの、どうかされたんですか?」

そう深くまで弾まなかった考察を漁る中、死角から呼ばれた事で樹頼は我に返って視点を移す。

そこには一人の女がこちらを見て心配する素振りを見せていた。

金髪、大きな柚子色の目、そして特徴となるぽってりとした唇で一際目立つ秘書のようなスーツを着こなす女。見たまんまの印象であれば、そのようなものだった。

「あ、急にすみません。他の方たちと違って壁に寄りかかっていましたので、もしかしたら具合が悪いのかと…」

女は樹頼へ呼び掛けた事に失礼だったのではと思ったらしく、樹頼の返答を聞くより先に謝罪を述べて頭を下げていた。

「別に構わないよ。壁に寄りかかっていたのは状況の整理をしようと思って辺りを見回していただけだしね」

流石に初対面時からの本音はまずい。樹頼は、珍しくも我を通さずに偽善者ぶって言葉を返していた。

口調はタメ口だが。

「そうでしたか、それなら良かったです。…といっても、安心して良い状況ではありませんが」

樹頼の返しが会話の繋ぎになったのか、女は同じ方向を見ようと彼の隣に立ち、視線を前へ向けて口ずさんだ。

「ここからだと良く見渡せますね。他の方たちの様子やこの空間事態も視野を広めて見られます」

最早、慣れていると言うようにして女は冷静な意見を述べる。女の言うことは事実であり、確かな事だ。

貴族と呼ばれる高い位の存在が住んでいそうな豪邸の大ホールに立ち尽くし、同じくして位の低そうな身形だけを整えた輩がわんさか騒ぎ立てている。

どんな風景があって、どんな奴らが自分と同じ立場にいるのか。それがよく見渡せる。まぁ、ほとんど赤の他人というレッテルを貼ってるから、見た目なんて視線を反らせば、樹頼はあっという間に忘れてしまうけども。

「君、よくそこまで理解出来たね。僕は何も言ってないのに」

鋭い意見に首を傾げて疑問を投げてみる。理解力の高い存在はいくらでもいるだろうが、ここまで迅速に解る奴はそこまでいない筈。

樹頼は自分の意見を優位に考え、口にしていた。

「実はわたし、カウンセラーの仕事をしてまして、心理学についての知識を心得ているんです」

仕事で身に付けた癖だから。女の答えはそれ一つでまとめられた。

カウンセラーとなれば、第三者の立ち位置で被害者や加害者の意見を聞き入れ、納得のいく答えを述べてあげなければならない役職だ。

であればこそ、女の理解力の高さも否定し難い。

「それなら納得だね」

「ふふっ、納得してくださって良かったです」

互いに笑顔を作り、話を区切る。樹頼も樹頼だが、女も女で中々のペテン師だ。一切の裏を見せようとはしなかった。


「では、そのように皆でしてこれからの事を考えていこうか!!むっ、そこの二人組の諸君!!!話は聞いていたのかね!?」


丁度良く話が終わって空気が静まったところで耳を通過する呼び声が飛んでくる。それは先程まで遠目で見ていた集団の視線を集めて樹頼たちの元へとやって来た。

見るからに貴族、豪華で目を霞ませる程に輝くスーツを着こなす長髪男。というのが、樹頼を見上げて話す男の印象だった。

おかしいな。先程までに見えた光景の中でこんなにも際立つ存在は映らなかった筈だが。

樹頼は不思議と疑問を抱いていた。

「あーごめん。彼女との話で夢中だったから聞いてなかったよ」

「むむっ、それは少しショックだ。では、我々の考えを今一度、話しておこう。皆の方へ来てくれたまえ!!」

樹頼は正直な感想を述べ、そして目先の男は素直に受け取ってここまでにあった話を説明すると言い、樹頼の腕を掴んで遠くで見ていた集団の方へと足を進めていった。

(面倒だなぁ)

性格的に相性が悪い気がする。樹頼はゲンナリして先行く道からポツリと離れていた存在を見つつ、長髪男の思うがままに歩いたのであった。


※※※※※※


「我々は互いに存在を知らなく、そして同じ被害者だ。よって、まずは皆で自己紹介をして共に考え、早めに行動してみようという話になった!」


ハキハキと喋る声に誰もが煙たがる。

壁に腰掛けていた樹頼と彼に声を掛けた女を連れて空間内の中心に集う他の被害者たちと話を通す男。


_______宮内ジェントル。34歳。


日本人とアメリカ人のハーフである彼は、他の被害者たちの元へと向かう中、樹頼たちに自ら名乗っていた。

この館へ来るまでは地元の巡査官を務めており、妻や娘と共に暮らしていたらしい。

「私は休日に友人の結婚式をお祝いしようと、近場にある教会へ向かっていた途中で記憶がないんだ」

気付いた時にはここに。ジェントルも樹頼と同じくして知らず内にここへ連れてこられたという。

「良ければ、君たちの事も可能な限り教えてほしい」

何とも誠実に、そして礼儀正しくジェントルは頭を下げて樹頼たちを含めた皆へと頼んでいた。

この状況下で焦りなどなく、ましてや誰も彼もを引き連れてこの場を脱しようと試みる姿勢。

それそのものが正しく、この場の圧制となる言葉となって怪訝な視線を向ける皆全ての口止めをしていた。

しかし、それらの口火は早くも切られる。

「それなら、僕から自己紹介しようか?」

全てはこの男から。誰よりも他人事だと思い、遠目から離れてこの場の視察をしていた樹頼が空気を変えた。

「あぁ、頼めるだろうか」

「うん、いいよ」

特にこれといった隠し事はなく、樹頼は静まる中で自己紹介をした。初めに名前、年齢、独り身である事。

そして次には。

「昔は軍人、今は殺し屋として影ながら働いてるよ」

自分の務める職種を述べていた。

「……………は?」

返ってきたのは一人の唖然とした声だった。

しかしそれは声を出したから一人と言えるもの。

実際は、名乗り出た樹頼以外の何人かが酷く驚いた様子を見せていた。

「それは……ほ、本当の事かい?長谷君」

圧制から続く驚愕だらけの事態にジェントルが誰よりも早く聞き返していた。

対して樹頼は、通常運転。恐る恐ると視線を送る面々を気にはせず、「そうだって言ったでしょ?」と能天気に答えていた。

すると数秒後、静まった空気は忽ち賑やかになっていった。


「え~?大真面目ですか~?嘘っぽ~い☆」

信用なんて言葉は辞書にないと言わんばかりに、

「嫌だ~怖い~!」

樹頼の言葉を利用して親しい異性へ抱きつき、

「そ、そう、だねっ…。ふひ、」

抱きついてきた感覚に気持ち悪く反応し、

「な、何?あの人………普通に引くわー…」

主観的に全うな反応をして、

「か、格好いいなぁ…あんな台詞言ってみたいなぁ」

夢見る事を暴露し、

「意味不明、唖然失笑」

四字熟語で会話を成立していた。


「失礼だなぁ。僕は普通に自己紹介しただけなのに」

流石の樹頼も周囲の反応には面白くなかったようだ。彼らが各々に騒ぐ中でさえ、彼は事実だと述べていた。

「ならば、証明してもらおうか」

「ん?」

最早、話し合いという輪から外れた雑談場になっていた中で、騒ぎ立てる者たちを退けて樹頼の前には、いかつくガタイの良い迷彩服を着た鉄火面がやって来た。


_______阪元解多(さかもと げた)。30歳。


口ばかりの存在を認めようとはしない頑固さが滲み出る男は、樹頼の自己紹介に納得していないと言い、礼儀として名前を名乗った上に提案してきた。

「俺は今も軍人の身だ。殺し屋はともかく、元軍人としての実力は見せてもらわねば、認めるつもりはない」

樹頼と同じ視線で対抗心を燃やす解多。何がそこまで気に掛ける事なのかは分かりやしなかったが、周囲の視線の大半が期待に満ち溢れていた為、樹頼も抵抗を諦めた。

「いいよ。どう証明すればいい?」

「勝負は一発勝負の組手といこう」

「全力で殺してもいいの?」

「無論、全力で来い」

水流のようにして進む話に彼らだけが納得し、互いに構える。

構えはどちらも格闘術の基礎となる中段の構え。

視線も別々の場所を映して合間を取り、彼らは息を殺す。

その空間は殺伐とした空気に満ちる。騒ぎ立てた声たちも、警戒を解かずに黙る者たちも、今や一心同体かと言わんばかりに黙りだ。

(狙うなら、首かな)

全力で来いと言われたのならば、どんな手を使ってでも勝利を得る。

樹頼は殺した息を小刻みに吐き出し、間合いの音を書き消すようにして、視線を相手の喉仏へと変えた。

その様子はまるで、獣を確実に仕留める狩人だった。

どこまででも狙い続け、"終わり"を得るまで逃がさない、自我を優先した刃物。それが樹頼という男の本能であった。

「止めたまえっ!!!君達!!!!」

殺意に表した視線が飛び交う中、懲りずにこの場のヒーローは合間へ割り込んだ。

「…宮内ジェントルだったか。組手の邪魔をするな」

「断る!!ここは訓練場でも戦場でもない!一般人もいるんだぞ!?何を考えているんだ、君達は!」

解多は組手の邪魔をされてご立腹。しかしそれは、彼だけではなく、樹頼にも当てはまるものだった。

「仕事の邪魔は敵の妨害として処理する」

「…うっ!?」

静かに囁き、そして音も立てずに生きた呼吸を通す部位へ、樹頼は背後から軽く握力を加えていた。

ジェントルの首を片手で強く締めているのだ。

彼の首はギチギチと締まり、彼は悲鳴を上げた。それを目にした周囲は唾を呑み込み、戸惑った。

それでもジェントルは意思を変えない。自分自身が信じる正義を貫くようにして、彼は声を上げた。

「ここにいる皆は、仕事の標的、じゃないっ。仕事で、あればっ、給与あってこその、ものだろっ!?違う、か、殺し屋っ…!!!」

問うようにして言い、そして彼の本職を名前と化してジェントルは叫んだ。そんな声明に情を無にした男はピクリと動きを止め、そっと彼の首もとから手を離した。

「言われてみればそうだった。タダ働きはごめんだ。………止めてくれて助かったよ、ジェントル。ちゃんと息してる?」

「ごほっ、げほっ、あ、あぁ、何とかな…げほっ、」

流れに流れて進んだ風は、ようやく静まった。

そんな中で響くのは、我に返った樹頼と正義を表沙汰とするジェントルの咳き込む声のみだった。

「だ、大丈夫ですか……!?」

流石の事態も事態だったのか、周囲のガラガラ変わる緊張感は一気に冷め、その場の半数近くは、出始めに樹頼へ声を掛けてきた女と同じくジェントルに同情と安堵の視線を向けていった。

(まるで主人公みたいな優遇だなぁ)

事の終わりに退けられた樹頼は、元通りの他人事でジェントルと彼を囲んで気遣っていた人間たちを見て呆れていた。

こんなどこぞも知らない場所で仲良く集って何になるというか。彼には一つとして理解出来ない"仲間"の存在に不可解だと呟き、ポツリと独り、立ち尽くしていた。

「ふふっ、あんたも不運ね。悪役担わされて」

一つに集う声から外れた独壇場に恐れ知らずな色欲主義者は足を踏み入れる。


_______泉堂侑子(せんどう ゆきこ)。28歳。


ライダースーツを着こなし、杏色のタイトなベリーショートヘアーの女。それが樹頼に気安く話し掛けてきた存在の容姿であった。

侑子は、話し掛けてきた時にすぐさま名乗り出てきた。どうやら、樹頼の事を気に入っていた様子だ。

「悪役なんて酷い言われ様だな。僕は純粋に解多の挑戦を受けて立とうとしたってだけなのに」

不運というよりは、不遇では?樹頼は特に落ち込む訳のない平然とした様子で言葉を返し、互いに鼻で笑っていた。

「あんた、正直な奴だね。面白そうだ。はぁい、"ブラザー"!」

「!はいっス、"シスター"!」

容姿、言動、気に入る所は多々あったのか、侑子は後ろを振り返って誰かに声を掛け、こちらへ呼び寄せていた。

「あたしから紹介するよ。こいつはあたしの可愛いブラザーさ」

「はい。シスターの可愛いブラザーっス!!!」

来て早々に仁王立ちとなって手を後ろに組み、ハキハキと喋る声は侑子の言葉に従って自己紹介をし出した。


_______泉堂悟郎(せんどう ごろう)。25歳。


見たまんまの野球部に入部していたと言わんばかりな丸坊主で、応援団長の服を大事に着る樹頼と同い年の男。彼は言動から察するに実姉の侑子に従順で下っ端感を醸し出す犬のような男だった。

「シスターやお前らと同じく知らず内にここへ連れてこられたっス。それよりお前、さっきの間合い、凄かったっス!これから宜しくっス!!」

一言で話を言い終えたい性質なのだろうか。悟郎は事情も感想も挨拶も全てを一つの会話文として述べ、最後には頭を下げて元の立ち位置へと戻っていった。

「ブラザーは基本的に生真面目な奴だからあたしの命令がない限りは定位置にした場所に戻ってしまうんだ」

「ふぅん」

悟郎の奇妙な行動にもきちんと理由がある。そう述べた侑子は、「これから宜しく」と匂わせる発言だけ述べて悟郎の元へと戻っていった。

(見た目だけでも結構な個性派揃いだったのか)

あまりにも無関心に流し見ていた他人の風貌に樹頼もようやくと記憶に残そうとする。

彼は合理的に興味があるもの、関心するもの、仕事に連なるもの以外、基本覚えようとはしない。

(あともう一人くらい、会話してみようかな)

未だに続くヒーローの人騒ぎに付き合う気もなく、樹頼は珍しくも自ら挨拶しようと動いた。

といっても、話し掛けられそうな存在は先程までの侑子たちや解多を除いて一人しかいなかった為、その人物?へと樹頼は近寄った。

それは樹頼とそこまで差のない身長を持ち合わす大きな山羊の着ぐるみだった。マスコットキャラとして名を馳せそうな可愛らしい山羊の着ぐるみ。うん、印象はもうそれしかない。樹頼は考察を止めた。

「ねぇ、着ぐるみ君。僕と少し話さない?」

誰よりも素性が分からず、人物像が把握しづらい存在へ樹頼は声を掛けた。


_______????。??歳


「……………………何故?」

樹頼の呼び声に返ってきたのは素っ気ない疑問の声だった。思ったよりは中性的?いや、ヘリウムガスを吸ったような声だから、何かしらの作法で声を変えてるのかもしれない。

「少しでも情報が欲しいからかな。特に君みたいな周りに毒されないタイプは知っておきたいんだ」

半ば本心、半ば嘘を混ぜた言葉で答えを述べる。

するとすぐさま、目先の着ぐるみは圧を掛けるようにして近づき、樹頼の鼻先で言い捨ててきた。

「赤の他人で殺し屋なんかしてる相手に堂々と名乗る気ないから」

ここまでに貴方へ名乗ってきた者たちは、命知らずな馬鹿たちだからしただけ。

親しくするつもりは微塵もない。不愛想な着ぐるみは、樹頼の返答を待たずにその場を離れ、わざとらしく誰もいない所へ行ったのだった。

(…つれねぇ奴だなぁ。…でも、面白そうな気はする)

少しくらい弱みを握らせろっての。樹頼はガードの固い「着ぐるみ君(仮)」の様子を見つつ、面白そうだと関心して視点を変えた。

そんな時だった。


『あー…あー…マイクテスト、マイクテスト。こほんっ!さてはて、皆々様方。ここまでの一時間、いかがお過ごしでしょうか!』


ピクリと肩を揺らして散らばる視線は、一斉に真上を向いた。天井に配置されるマイクから五月蝿く放送されたアナウンスに反応したからだ。

そのアナウンスはここに来て早々と行われた開会式の声そのもの。明るそうに話す中年男性だと主張する声であった。

『あれやこれやと交流する機会も増えて中々の良いアンバランスなグループ分けが出来ておりましたね!し、かーし!!それらは全て無意味、無意味です!!』

キィィィンと響く音に紛れて流れるアナウンスの声を上手く聞き取れない中、アナウンスは次へと話を続けた。

『ここから先はランダムで4つのグループに分かれてもらい、それぞれの役割に応じた行動をして皆々様方がおられる階層から上の階層へと上がってもらいます!』

誰もが知る訳のない事実を述べ、アナウンスは独り善がりの司会者を担って説明し出した。


※※※※※※


~徘徊迷路~


見知らぬ館から脱出したくば、

ここに至るまでの経緯を知りたくば、

君達は動かなければならない。


始めに立ち往生、大きなダンスホール。

そこからどうした?進んださ。

三つの迷路、渡ったさ。


一つは倉庫、

二つは牢獄、

三つはトンネル、

そうして最後は関所の図書室。


同じ層に置かれた門番、どれも彼もが肉食だ。

皆々全員、脱出か?

いいえ、無理です、叶いません。

だって皆が生きたいもの。

誰かを盾に、誰かを蹴落とし、生き抜かないと。

命を落とすは、君自身。


一般人?

仕掛人?

告げ人?

殺人鬼?


役割分担、責任重大。

きちんと役割、果たしましょう。

良い子、悪い子、きちんと見てます。

役割果たせぬ悪い子は、惨めに処刑、確定だ。


さぁさぁ、始めよう、徘徊迷路。


____________

_________

_______

____

__



『では、説明はこれにておしまいです!ここからはグループ分け!!といっても?既にこちらで決めてますからして、今より言われた順番で4組のグループに分かれてくださ~い!』


誰よりも楽しげに、誰よりもおかしく、アナウンスはプツリと消え去った。

「……で、運悪くこのメンバーになったって訳?」

気怠そうに話す声が静まる空気を促した。


_______谷底佑実(やてい ゆみ)。19歳。


小綺麗を忘れずに怠慢な人生を歩んでいた大学生は早くも気分を悪くしていた。

その理由は簡単。樹頼が同じグループに居たからだ。彼女は彼の自己紹介を聞いた直後から彼の事を警戒していた。そしてジェントルの首を締めた所を見た後からは、酷く危険人物として樹頼を恐れていた。

「こんな人殺しも簡単に出来そうな奴と一緒とか嫌だし。…ね、ジェントルさんもそうでしょ?」

何かと気に食わなければ愚痴を溢し、味方となれそうな相手へと話題を投げ渡す。そんな彼女のやり口に巻き込まれたのは、樹頼と同じグループになったジェントルであった。

「……いや、彼も私達と同じく被害者の立場なんだ。例え、殺し屋というのが本当だとしても、それはこの場を脱した後に考える事だと私は思っている」

どこまでも貫く正義心の答えには、流石の誰もが呆れてきていた。

「…あっそ。警察官の癖して何がそう良い人ぶってるんだか。ま、あんたはまだ信用出来る人だから別にいいけどさ」

話す気力もない。佑実はそれ以上何も言わず、視線を反らして黙り込んだ。周囲がざわつく中、ポツリと一つのグループは静まっていた。

「ね、皆。こうしてグループになったから、次のアナウンスがあるまでどうするか話し合おうよ」

重い空気に負けじと清楚な声が提案しだす。


_______極道胡桃(きょくどう くるみ)。26歳。


見ず知らずの樹頼へ声を掛け、首を絞められたジェントルさえにも手を差し伸べた親切さは、このグループには必要なものだった。

彼女は職業病となっていた場の和ませ役を自ら担い、樹頼たちの仲介をした。

「話し合うって言ってもさ?僕ら、他のグループと違って普通にしとくだけの役割だし、する必要ないんじゃないの?」

空気の読めない疑問が柔和した状態を畏まらせる。

疑問の声は樹頼のものだった。彼は、思うがままの疑問を打ち明けていた。

数分前、彼らはアナウンスの声より説明を受けた。

それはこの館から自分達が其々に暮らしていた地上へと戻る為の脱出方法、基、生きて帰還する方法だった。

『この館には、階層ごとに多種多様なゲームが施された施設を配置しており、それらを乗り越え続けてようやく、元の地上へと戻れるのです』

アナウンスの言った"地底に沈む館"は、言葉通りのものだった。それを確信したのは、アナウンスの説明が始まり出した時である。

この館は全フロアで4つ。地下4階、地下3階、地下2階、地下1階、そして最終地点は地上。

現状、樹頼たちが立ち尽くす場は地下4階となるので、彼らが元の地上へ戻るには、計4回、上層へと上がる方法を探さなくてはならなかった。

『各フロアの最奥には、上層へ上がる為のエレベーターがございます。しかし、そのエレベーターにも乗用可能となる人数が制限されておりますので、それらを踏まえ、我々は減量目的に様々なゲームをフロアごとでご用意致しました』

明かされる事実に続く残酷すぎる判決に多くの被害者たちは感情を転がされた。

『そうです。皆々様方がお考えになられているように、上層へ上がる為には、ご自身の命を守る為には、犠牲が付き物なのです。素晴らしいでしょう!?』

心の底から喜ぶようにアナウンスは感情を表に出して告げていた。

これは全て、アナウンスの望むがままの形。だからこそ、巻き込まれた彼らは告げられた事実を受け入れ、進まなければならない。


生き残って元の地上へ戻る為にも。


「樹頼君の意見に同意だ。私達の役割は"一般人"。他の役割よりも今やれる事はないと私は考えているよ」

同意に踏まえ、自分なりの意見をジェントルは述べた。

早速として、彼らに与えられたゲームは、最近の流行りとなる「人狼ゲーム」や「等価交換」などという言葉を参考にして作られたゲーム。

四つの役職を各4名で組まれた四グループでランダムに割り振られ、彼らが立っているダンスホールから進んで現階層の奥にあるエレベーターまでの間、与えられた役職の規定を守りつつ、前に進んでいく。

それが彼らに与えられた最初の命綱であった。

そして樹頼のいるグループは、「一般人」。

他の役職と違って現状の立ち位置のまま動く役職。

最も命を狙われ、最も命を落とす可能性の高い役職だ。

「妥当な意見だね。ここから先に行ける場所がどんな場所なのかも分からないのに、作戦立ててもって感じだしさ。大人しく待つのが英断だと思うよ?」

逃げも隠れも出来やしない中で唯一当てになるのは、運とその場の判断しかない。樹頼はそう告げて口を閉ざした。

するとすぐさま、気に食わないと言わんばかりに佑実は樹頼へと口出した。

「何で途中からあんたが仕切ってんの?このグループのリーダーはジェントルさんでしょ?というかさ、何あんたたち。どうしてそんなに余裕な顔してんの?意味分かんないんだけど!!!それが大人の余裕ってやつなの?」

我慢の限界だったのか、佑実は八つ当たりをするようにして言葉を投げ捨てた。

対して向かえの彼らは沈黙を通すが、一つとして彼女に同情する事はなかった。

「冷静さを失くした方が負けだとは思わない?」

「は?」

何も分かっていない少女へ樹頼が述べ、周りを見てみなよと親切に教える。そんな彼の言葉に少女は不満気に視線を移すと、「ひっ」と怯える声を出していた。

周囲で騒がしく話していた他のグループ全員が、無言でこちらを凝視していたのだ。

まるで、草食動物を狙う肉食動物のように。

「説明で言ってたでしょ?僕らは彼らと違って、何も手出し出来ない一般人なんだよ?」

樹頼はわざと誰も彼もに聞こえるよう告げた。

誰もがこの場からの脱出を望み、ここに至る経緯を知りたいと思って司会者の言いなりになっている。そしてその脱出の第一歩として、誰かを犠牲にしなくてはならないゲームに参加しているのだ。

「僕ら以外の皆は、ゲーム中に自ら各々の"罠"を張る事が許されている役職を与えられた。だから他のグループとの距離を空けて話し合い、見知らぬ顔をして常に耳を傾けているんだ」

最早これは、情報戦さ。樹頼は若干の楽しそうな声で佑実へと今度は耳元で小さく囁いていた。

「心情や言動を公に曝せば、死ぬ確率は高くなり、惨めに死ぬ。だから僕らは大人しくしてるんだよ。大人子供関係なく、自分を生かす為にね」

釘を刺すようにして樹頼は言葉を告げ、顔を青ざめる佑実へと確認を促した。

「優しい助言はこれまでにしようか。さて、佑実ちゃん。次のアナウンスがくるまで、何か話し合いでもしようか?」

樹頼は、分かりきった答えであろうとも気にする事はなく、改めて聞き返した。すると早くも返ってきた答えは、「何もない」という怯える少女の拒絶であった。


「そう?それなら、このまま静かに待っていようか」


現実を見たままに、樹頼はいつも通りの様子で次のアナウンスを待つ事としたのであった。


※※※※※※


『ごきげんよう、皆々様方!準備の方はいかが致しておりますかな?』


こちらの様子をきっちりと監視していながらの発言は、視聴率を取りにいかんとばかりに盛大な歓喜を持って話し出した。

グループ内での打ち合わせが終わり、与えられた役職毎に指定された扉の前へと其々のグループは集まっていた。

ここからゲームが始まる。そんな緊迫された空気の中でさえ、樹頼は独り冷静に視察していた。

始めに見ていたのは、自分と同じグループの者たちであった。

佑実、次にジェントル、胡桃。

そして最後には、遠く離れていたグループへ視線を移す。

「…………」

顔を一切見せずして動く、口数の少なかった着ぐるみ君。

他の者たちは見た目や言動から印象を持ちやすかった事で樹頼もある程度の情報は得たつもりでいるが、あの着ぐるみ君だけは結局分からず終いだ。

ましてや、今回のゲームで別グループとなってしまったから、接触する機会がなくなってしまったと言っていい。

(もう一回くらいは接触出来たら良かったなぁ)

出来るのならば、もう一度だけ。樹頼らしからぬ気持ちが唯一、表に出た名残惜しさであった。

「…あの着ぐるみさんが気になっているの?長谷君」

視線の背後よりそっと声を掛けられ、視界は変わって一人の女へ移される。

声を掛けてきたのは、隣で待機していた胡桃であった。彼女は、初対面時と同じくして心配するような声色で話し掛け、樹頼の腕に自分の手で触れては陰りを持った顔でこう告げた。

「________"あの子だけは止めた方がいいよ"」

それは紛れもない本音と言えよう冷めた声。

その言葉の意図は一体何なのか。樹頼は、一つ知ろうと口を動かしたが、タイミングを見計らったようにしてアナウンスが大きく響き渡った。


『それでは、最後の第四グループの方々、手前の扉を通って与えられた役職をしっかり守り、ゴールを目指してきてください~!』


急かすように、そして出迎えるようにしてアナウンスは喋り、早くもプツリと消え去った。

辺りを見渡せば、既に他のグループはその場にいなく、通ったであろう扉もがっしりと閉ざされていた。

どうやら、こちらが話している間に他のグループは扉の先へと行っていたらしい。

「行こう、長谷君」

視線を占領していた女は樹頼の手を引いて先に進み、ジェントルたちの後を追いかけていく。

ここからようやく、遊びのデスゲームが始まるのだ。


第一ゲーム【徘徊迷路】__________スタート。

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