第5話

 S警察署の駐車場に車を入れる頃には、星名もすっかりいつも通りに戻っていた。


 検死結果では心筋梗塞によるものだとされているが、横関真由はS警察署に事件性がないかの相談をしていたので、同じく保険調査員という“ありがちな立場“で来訪した御子柴と助手1名を担当者が怪しむことはなかった。


 今回は進展も何も望めないために、顔つなぎとしての訪問である。事件性の有無にかかわらず、報告は受け取れるようにしておくためだ。

 横関真由から依頼があったとはいえ、御子柴は探偵稼業ではない。取材はできても捜査はできないのだ。


 そのため、公的な名目がいる。

 フリーランスのライターというのは、全てではないにしても御子柴の扱ってきた内容が表に出るとあまり歓迎されることはないので、名目は外注の保険調査員ということになっている。

 もちろん、実際に調査もする。

 保険会社に問い合わせされることも踏まえて、とある保険会社に籍を置いている。名刺もある。

 自殺の線は薄くても、多少の調査は必要とのことで動けるわけだ。


 御子柴はいろんなところに顔が広い。

 実入りが少なくともライター業に関係ない仕事でも、依頼を受ければ確実に遂行するので、ツテが効く。

 これにより、名刺の電話番号に問い合わせをされても2人は所属している証明がなされることとなる。


 かつての御子柴が手がけた取材内容も、掲載する雑誌などの発行部数に関係ない報酬形態であったがためにあまり儲かっているとはいえない。

 だが、そこで極貧でもないのが御子柴のやりくりの巧さだろう。

 何せ最初に持ち出しが多い仕事だ。"お金がないので調査できません" というのではどうしようもない。


 ただ、それは御子柴1人であればこそであり、星名を十二分に養う余裕はないのも実情だ。

 両親を事故で失った星名を放り出すわけにもいかず、親代わりとしての責務だけは全うしようと思っていた。


「ミコさん、このまま保険調査員のお仕事すればいいのに。あたしずっと手伝うよ」

 星名はよくそう言ってくる。無理もない。


 保険調査員としての御子柴の仕事ぶりは保険会社側からも好評であり、最近はその依頼も増えている。

 保険会社の渉外担当部部長からも、『フリーランスもいいがきちんと足場を固めて嫁さんでももらえ』とからかい半分で言ってくる。『奥さん候補なら、歳の差はあるがすぐそばにいいのがいるじゃないか』と。


 それでは御子柴自身が納得がいかない。

 その納得する具体的な内容が何なのか、自分でもよくわからない。

 しかし、くすぶったままの心でいつまで真っ当な仕事ができるのか ー 。


 雑誌社などを相手にしている関係上、星名を欲しがっている芸能事務所があるとも聞いている。

 星名自身がショービジネスに興味がなく、その時点では断ったのだが、いつもは日焼け止めとリップクリームのみという簡単なメイクで過ごしている星名がプロによってきちんとメイクアップされた姿を想像すると、自分と一緒にいることで輝かしい将来を棒に振っているのかもしれないとネガティブな思考にもなる。


「難しい顔してるね。まだなーんにも進展してないよ」

 現実に戻された。

 いつもよりはきちんとメイクした星名が助手席から声をかけてきた。次は検死を担当している大学病院へ向かっている道中でのことだった。


「星名」

「何」

「星名の夢って何だ」

「あたしの夢」

 腕組みして、夢かあ、と言いつつうーんと考えるそぶり。真剣な横顔が美しく、愛らしい。


「アクションスター」


 急に予想外の職業を告げられ、は?となる御子柴の表情を見るや、星名は笑い転げた。

「ジャッキーかよ」

「ミコさん古いよ。今はジェイソン・ステイサムだよ」

「ハゲてんじゃねーか。ジャッキーはフサフサだぞ」

「そもそもあたし女だし」

 そういえばそうだ、と御子柴は答えた。

「助手は女じゃなくて男がよかった?」

 えっ、と思わず星名の顔を見てしまう。

 意志の強そうな、それでいて優しく慈愛に満ちた笑顔がそこにあった。

 御子柴はあいまいな笑顔を見せて、運転に集中した。


 大学病院を指し示す案内看板が、行く手に見えてきた。

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Shoot get kiss rendezvous (シュート・ゲット・キス・ランデヴー) 島居咲(しまい さき) @Solomon302

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