詰めれるだけ詰めて一体なんになるの

青いバック

吐き出しちゃいなよ

 気持ちに蓋をするのは幼少期の頃からの癖だった。あまり裕福では無い家庭に生まれたから我儘を言ってはならない、別にそう言われて育ってきた訳でもないのに勝手に解釈して気持ちに蓋をするようになってしまっていた。


 最初のうちは物を欲しがらないために気持ちに蓋をしていたのに、次第にそれは歪んで言いたいことすら吐き出すことも出来なくなってしまっていた。物から意見へと蓋は形を変えて抑え込む。言いたい、でも言ったらダメ、自分に言い聞かせて周りの空気を読む。


 媚びへつらって偽りの仮面を被って、自分ではない自分を演じて私はいつの間にか道化師になってしまった。丸いボールを上手く転がしてバランスを取るように、気持ちを上手く制御して表に出さないように演じる。これが舞台女優ならば、さながら大物女優になれることだろう。


 顔色一つ変えない不気味な人形、それが私という人物だ。タプタプに溜まったバケツは表面張力のおかげで溢れてない。もし、ここに一つの衝撃が加われば簡単に瓦解することだろう。だから、必死に衝撃が加わるようなアクションを避けてきた。自分が自分でいられるように。でも、君はそんなことをお構い無しに気付いているくせに顔色一つ変えないで、やめなよと言った。


「我慢するのやめなよ」


 晴天の空と連動するように澄み渡った気持ちで、不純なものは一つもない声色で君は簡単に言い放った。私は何も言えなかった。言えないのは当然で口からは乾いた空気しか出てこない。


「……が、我慢なんてしないよ」


「そうやって言うのが我慢してる証拠でしょ」


 心の奥を見透かされたように正論で殴られて、私の必死の弁解は真正面から打ち砕かれる。何か、何か言わないと。でも、適切な言葉は脳裏に浮かんでこない。


 どうしたらいいのか、この場を切り抜ける方法を探すけど君の気持ちが分からないから何も言えない、空気を読むことが出来ない。


「我慢してないから大丈夫だよ」


「……そうやって、気持ちを詰めるだけ詰めて一体なんになるの?」


 そんなこと言われても私には分からなかった。気持ちを詰めなければ誰かに迷惑がかかるような気がして、だから私は必死に気持ちを抑えて。頑張って制御して、なのになんでこんな言われ方をされてるの。徐々に君への怒りがフツフツも湧き出てくる。


「分からないよね、君には」


「分からないから教えてちょうだいよ」


 語調が強くなっても君の表情と声色は依然澄み渡っていた。比例するように私の気持ちはどんどん暗く重たくなっていく。


「……誰かに迷惑をかけないようにって必死に気持ちを抑えて、言いたいことを言わないで感情をコントロールして頑張ってるんだよ!」


「言えたじゃん、怒れたじゃん。それでいいんだよ。そうやって、言われたくないことを言われたら怒って吐き出せばいい。簡単なことでしょ?」


 わざわざ気持ちを逆撫でするような棘のある言葉を悪意のないように言っていたのは、私に言いたいことを言わせるためだったのだと、私は君の言葉の真意に気付く。


「……わざとだったの?」


「うん。君はさ、いつも空気を読んでイラつくような言葉を言われてもにこにこしてた。最初はさ、それを見ていい子だなって思ってたけど段々と気づいたんだ。ただ気持ちに蓋をしてるだけなんだって。だから、こうやってわざとイラつくような言葉を言った。君が怒る保証なんてどこにもなかったけど上手くいってよかったよ」


 君の言葉に私の目からは雨が溢れた。天気は雲ひとつ無い晴天なのに、雨が溢れて仕方ない。頬を伝わって地面に溢れる。君がポケットから傘を取りだして私にさしてくれた。雨は拭われて、少しづつ止み始める。


「なんて言えばいいの分からないけど、ありがとう」


「いいよ、気にしないで。でもね、これからは溜め込まないでちゃんと吐き出すこと。いい?」


「うん、分かった。私頑張るよ」


 気持ちの蓋にはヒビが入って、バケツの水は空っぽになっていた。

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