アフター・オブ・ハンティング・ドラゴン
第25話
常に喧騒絶えぬ冒険者ギルド。
最早それは日常の風景だが、その中でも特に目立つ二つの声。
「前回言いましたよね!? もう後がないって! 次やらかしたらまた行き先無くなりますよって!」
「だって、めちゃくちゃ沢山敵がいたんだもん! 一気にやっつけたら気持ちいいかなって!」
「確かに近年魔物の異常発生は確認されています! ギルドでも注意喚起がなされています! その一撃で助かった命もあります! ですが、危険に晒された命だってあるんです! 理由が気持ちよさそうって……もう!」
「討伐報酬は?」
「あるわけないでしょう!? このせいでさらにかさんだ負債にほぼ全額当てても全く足りないのに!」
受付嬢は、そろそろ喉が枯れてしまいそうなほどに声を張り上げている。
ぜぇぜぇと息も絶え絶えになりながらも目の前の少女に向き合うのは、決してプロ意識から来るものではなく、個人的な感情からだ。
そんな中、ギルドに足を踏み入れた一人の少年の姿があった。
「ちょうどよかった! 助けてください!」
受付嬢が彼の姿を見ると、これ以上ない助け船を見つけたかなような表情を浮かべた。
「久しぶり、ユーキ。受付の………そういえば名前聞いたことありませんでしたよね、なんて言うんですか?」
「私? 私のことはアリナとお呼びください」
「アリナさん、覚えておきます。それでユーキ、久々に会ったばかりでなんだが、アリナさんにまた迷惑かけたのかい? 言い合いが外まで響いてたよ」
彼の言葉に、ユーキと呼ばれた少女は、身につけたキマイラの装備をいじくりながら、悪びれる様子もなく言った。
「拳は私の生きがいなんです」
「分かってるけど、それとこれとは別の話なんじゃないかい?」
「師匠分かってない!」
「分かってないのは貴女の方です! 壊しちゃいけないものまでぶっ壊していったら駄目でしょう!?」
ユーキの態度に対してアリナは物凄い剣幕で怒鳴り、師匠ことマウトに事の顛末を話した。
「なるほど。とりあえず、以前と変わりなくて安心したよ。安心の代償は、相当に膨大だけれど」
「本当に膨大ですよ……。今回の一件でスタティマニア周辺の探索可能なダンジョンは壊滅しましたし、なにより……」
アリナは既に、ここまでで、仮に事実ならばとんでもないような事をかなり言ったのだが、ひとつ深呼吸を置いて、さらに言葉を続けた。
「ユーキさんの負債総額が100億クリスタを超過しました……」
「うん、とんでもないことだね」
マウトは、表面上は穏やかに振る舞っているものの、内心は想定以上の
詳しい内訳は抜きにして正確な額を聞くと、104億8171万5397クリスタだという。
ガルダが聞けば頭を抱えて蹲るところだが、マウトはそうではない。
「実は、全額とはいかないが多少なりとも返済の足しになるであろう話を持ってきたんだ」
よく分かっていないユーキをよそに、アリナは疑問を持ったような表情を浮かべる。
「儲け話……ですか? ギルドにそういった話題はないですから魔物討伐やダンジョン探索の類いではないでしょうが……」
「ああ、違うよ。儲け話というよりは、褒賞と言った方がいい」
アリナはユーキと並んで、キョトンという表情をする。
「忘れたのかい? ユーキは以前クリスタルドラゴンを討伐したじゃないか」
「………あ〜、そういえばそうでしたね。それ以上の事件が多すぎて、忘れていました」
「でっかいトカゲ!」
ダンジョンを破壊し、負債を負い、出禁を喰らい、挙句の果てには一連の出来事を事件呼ばわりされてもなお、ユーキはのほほんとしている。図太いといえば聞こえはいいが、流石に恥も外聞も無さすぎはしないだろうか。
彼女の場合、良い評判も悪い評判も無視するのだから、誇張して言えば浮世離れしているともいえる。
「とりあえず、僕は次の場所に向かう。ユーキも付いてくるといい」
「行く! 特にやることもないし!」
「行ってもいいですが、負債の件は忘れないでくださいね!」
ギルドを後にする二人の背に、アリナはもう一度念押しをする。
そして、手を振って見送った。
◇
ルーティス地方に来るのは、二人とも久しぶりである。
森を抜けて見えてきた小屋のそばで黙々と作業をする、丸太のような腕脚をした男。
ガルダは歩み寄る二人の姿を視界に入れると、再会による喜びの感情と面倒事に巻き込まれそうな予感とが入り混じった複雑な表情で出迎えた。
「ユーキにマウトじゃねえか。ユーキはともかく、マウトまで何ヶ月も顔見せねぇから何かあったのかと思ってたぞ」
「いやね、別に来たくなかった訳ではないんだ。普通に忙しくて寄らなかっただけさ」
「転移魔法持ってるのに寄って来れないほど忙しかったのか」
「………」
「なんとか言えよ」
「それは置いておくとして、今日ここに来たのは———」
本題に入ろうというタイミングで、また一人来客が訪れた。
そして、その顔を見てマウトはあからさまに嫌そうな表情を浮かべた。
「お久しぶりです皆様方! かつての大決戦以来の集結ですねぇ!」
「テリヴリーか。……マウトはなんでそんな変な顔してんだ?」
「なんでここにいるのかと思って」
「それはもちろん、ワタクシがここの買い手ですから」
「は? いつから?」
初耳の事実に、マウトは耳を疑った。
その疑問に応えたのは、ガルダ。
「例の結晶トカゲの一件後だ。こいつ、今までの俺の取引先から権利を全部買い占めたんだとよ」
「ええ。少々値は張りましたが、未来への投資と思えば安い買い物でした」
「そういや最初の頃、なんか目的があるとか言ってたな」
「ええ。ここの買取権を買ったのは、いずれ訪れるマウト様とお会いするためです」
それを聞いて、マウトは余計に嫌そうな顔をする。
「……まぁ、とりあえず一旦目を瞑るとして、一体何が目的なんだ? まさか会うだけじゃないだろう?」
「いやですねぇ。マウト様が一番分かっていらっしゃるじゃないですか。お金の話ですよ、お金の話」
「君のその情報収集能力は一体どこから来るんだよ……」
「マジか、当たってるのか」
驚くガルダを無視して、マウトは語り出した。
「あぁ、間違いなく金の話だ。以前クリスタルドラゴンを討伐したときの褒賞金として、王国から100億クリスタが授与される運びとなった。それで、授与式には戦いに加わった僕とユーキ、そしてガルダを呼ぶことになったんだ」
「ワタクシのこと忘れておりません?」
「……テリヴリーも、そこに並ぶ権利がある」
マウトは諦めたように言った。
「100億クリスタは、あくまでここの全員で山分けする形になる。一人100億じゃないんだ。だから君にはいて欲しくなかったんだよ。情報を一切流さないように徹底的に根回しをしたはずなんだが……」
「おや、ワタクシは想像以上にマウト様に嫌われてしまっているのですね。その件に関しては、授与式が終わった後にじっくりお話ししましょう。本当なら、クリスタルドラゴンの件が終わったらお話ししたかったのですがね」
「それで、式はいつやるんだ?」
「明日だ」
「………は?」
「明日」
「聞こえてるわ! なんでそんなギリギリのタイミングなんだよ!」
「待て、物事には経緯があるんだ。一つずつ聞いてくれ」
「んな時間あるか!? 明日なんだろ!?」
マウトのぶっ飛んだ発言に対し、少しテンションのおかしいガルダ。
頭を抱える大男に向けてか、それ以外に向けたかは分からない、あるいは両方かもしれないが、テリヴリーは待ってましたと言わんばかりに手を挙げた。
「そう仰ると思いまして、全員乗れる馬車を手配しております」
「日程まで知っているのは流石に怪しすぎる。後でしっかり聞かせてもらうからな」
「ええ、いくらでもお話し致します。ワタクシは逃げも隠れもしませんよ」
「とりあえず、話は移動しながらにしよう。マウト、いいだろ?」
「……ああ、構わない」
四人が馬車に乗り込み、テリヴリーは聞き耳を立てながら馬を走り出させる。
速度が安定してきたところで、ガルダが口を開いた。
「で、経緯を聞かせてもらおうか」
「ああ」
マウトが言うには、忙しかった原因の七割が学院関連だったそうだ。
頭の硬い賢者数名が意固地になっていたのを解すのにだいぶ時間をかけることになった。
論文の掲載が遂に行われたあたりで、ユーキの負債のことを思い出したマウトは、国民に褒賞で莫大な賞金を授けた過去が何度もあるブルムドシュタイン王国の目に論文が届くよう仕向けた。ユーキのホームグラウンドでもある王国なら、その可能性もあると思ったのである。
実績としても、表彰や褒賞をされるには充分なことは分かっており、あとはその事実を責任者に見てもらうことで実現できることなので、マウトは奮闘したという。
それで実際叶ったわけだが、相手方があまりに乗り気で、「明日にでもやろう」というのが文字通りとなってしまった。
と、ここまでがマウトの語った経緯である。
「ところどころ腑に落ちないが……まぁいい、これからあるのは別に嫌なことじゃないしな」
「僕も、ここまで急に決まるとは思っていなかったから急いで来たんだ。決まったのは本当についさっきのことなんだよ」
「それはお前も災難だったな」
ガルダは遠くを見ながら、しみじみと語り出した。
「この数ヶ月、お前が来なくて平穏だったが、どこか寂しさがあってな。久々にこんなことがあって、嫌だが少し嬉しくもあった」
「テリヴリーが絡んでいたのに平穏なのか?」
「あぁ、あいつは意外に仕事はちゃんとこなすぞ。なんなら以前より高値で買い取ってくれるようになってこちらとしてはありがたい限りだ」
「………」
「ワタクシを見ておられますか? 視線がくすぐったいです」
「まぁ、何事もなくてよかった」
「そうだな。お前と関わると、いつもロクなことがねぇ」
ガルダは豪快に笑った。
「というか、さっきから随分と大人しいな、ユーキ」
「そうだね。僕も少し気になって」
ユーキは疲れていたのか、それとも馬車の揺れのせいか、眠りこけていた。
ガルダは慌てて口を押さえるが、豪快な笑い声は既に拡散した後だ。
「皆様方、そろそろ王都に到着しますよ!」
テリヴリーの声が先か、目の情報が先か。眠っているユーキ以外の人間は、眼前に広がる巨大な都市を目の当たりにし、別に初見でもないはずだが、一瞬圧倒されてしまう。
間もなく始まる授与式に向けて、一同気を引き締めることとなった。
拳で全てを解決する!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 一ヶ月毎に旨味成分上昇 @LoveSoumen
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