第24話
魔力が色を伴って衝撃波に伝播し、氷結竜の全身の鉱石を砕く。
甲殻を砕く。
角を折る。
クリスタルドラゴンですら、『
間違いなく、世界で最強の一撃。
マウトの魔法ですら傷一つつかなかった巨竜の体に、穴を開けた。
世界を揺るがす災害の終焉は、実に呆気なく終わった。
駆け寄ってきたユーキは、絶命したまま固まったクリスタルドラゴンの前脚を頑張って開く。
力も入れられないほどにダメージを受けたガルダは、ユーキを見て力なく笑う。
ユーキは、力いっぱいピースを突き出した。
「ぶいっ!」
◇
なんとか歩けるまでに回復したガルダ。
ユーキやマウトの前では霞むが、彼も相当に化け物だ。
洞窟を抜けた二人は、マウトを探して異形の草むらをかき分ける。
「ししょ〜」
「マウトー! どこだー!」
「ここ……」
掠れた声がどこからか聞こえた。
「どこ?」
「ここ……」
ユーキの声に返事をするように再び声が聞こえてくる。
「いた!」
「どこだ!?」
「ここ!」
ユーキが見つけた結晶体。
ガルダを呼び寄せて二人で見ると、中にはまだ結晶に飲み込まれ切れていないマウトがいた。
顔の一部、手足の一部や腹部が無事だ。
簡単な音なら出せるが、まともには喋れないようだ。
マウトの莫大な魔力が故に起きた珍しい状況である。
「今助けるからな……」
ガルダは痛む体を動かして、奇跡的に無事だったポーション瓶を取り出した。相当貴重なものらしい、かなり頑丈に作られている。
ガルダはなんとなく、あの商人は法外な値段を押し付けたわけじゃないのでは、と思った。
「いてて……」
「貸して! 私がやる!」
ユーキはガルダからポーション瓶をひったくると、すぐに開栓してマウトを喰い続ける結晶に振りかけた。
みるみるうちに結晶が溶けていき、変な形で固まっていたマウトは脱力してへたりこんだ。
「う………」
「ししょーーーーー!!!!」
「ぐふ」
ユーキは喜びのあまり抱きつくが、マウトはその衝撃でトドメを刺されたかのような呻き声をあげた。
「や……やめ………揺らさないで………」
「師匠師匠師匠師匠!!!!」
強く抱き締めるユーキに、マウトが顔を青ざめさせていく。
「そのくらいにしておけ。マウトが死んじまうぞ」
「………は〜い」
ガルダが痛みに顔をしかめながら注意すると、ユーキは素直に従った。
マウトはユーキが離れると顔色が少しずく回復していく。
マウトの回復をしばらく待ち、上体を起こして喋れるくらいになると、早速マウトが口を開いた。
「色々訊きたいことはあるが………とにかく来てくれたおかげで助かった。ガルダと………悔しいが、あの商人が助けに来なかったら最悪負けていた。僕らだけじゃなく、人類がね」
マウトは、様々な感情の入り混じった、複雑な表情をしている。
だが、そこに最も色濃く映るのは、達成感を噛み締める笑顔だった。
「ああ、だがお前もよくやった。お前がいなければ、あるいは人類は早くに滅亡していたかもしれないな」
マウトに対してかなり回復したガルダは、豪快に笑う。
「だが、本当に、どれか欠けていたら成し遂げられなかっただろうね。すごく———」
マウトは、立ち上がって深呼吸をする。
「———すごく気分がいい」
「ししょ〜!!!」
「ぐはっ」
回復に喜び、再び飛びついてきたユーキに、押し倒され、また少しダメージを受けたマウト。
だが、こんなやり取りをできている今に、最高の幸福があった。
マウトは、しっかり味わい、噛み締めた。
◇
マウトとガルダの合わせ技で、行きより手際よく作られた鉄の船。
マウトの魔力が持続できる時間内に着けるように、ガルダが全力でオールを漕いだ。
向こう岸では、ボロボロになった馬車からいつの間にか追いかけて来ていたテリヴリーが手を振っていた。
「皆さ〜ん! お疲れ様です〜!」
岸に着いたと同時に消えた船に、一瞬驚くテリヴリー。だがすぐに、皆に笑顔を向ける。
だが、二人は怪訝な顔をする。
テリヴリーに対し好きも嫌いもないユーキは彼を無視して、変な顔をしている二人を特に興味がないのに興味深そうに覗き込んだりしている。
「そんな顔しないでくださいよ〜。ワタクシも、別に皆様方をとって食おうってわけじゃないんですから」
たかが一回死にかけた程度では、飄々とした態度は変わらなかったようだ。
「なんで君がここに来たのか、不思議でしょうがないんだが」
「そりゃぁもちろん、物を売るためですよ。行商ですから」
マウトは感謝こそすれ、テリヴリーに対して心を許していない。
何故なら、彼はまだ底の見えない存在だからだ。
「まぁこいつは腹の立つ奴だが、売り物の価値は本物だと思うぞ」
ポーションについて感謝の気持ちがあるガルダは、少し彼をフォローする。
いや、フォローしているのは彼の売り物で、彼自身の性格は否定しているのだが。
しかし、売り物は彼にとってはアイデンティティなのだから、ある意味彼自身がフォローされたという解釈もできる。
間違いないのは、ガルダはそこまで考えていないということ。
「さあさ、皆さん戦いでお疲れでしょう? 帰りは私の馬車でお送り致しますよ! 今ならなんと8割引、たったの8万クリスタです!」
「ふむ……安いね。それなら乗らせてもらおうかな。ユーキと僕は乗るが、ガルダはどうする?」
「ガルダ様は既に往復の運賃をお支払いされる予定ですので、お乗りいただけますよ」
「俺の時は片道40万だったのに……」
「あ〜、なんだか4割増したくなってきたなぁ!」
「ああもう分かったよ!」
見た目通り心も小さい奴だ、とガルダは心の中で呟いた。
◇
馬車に乗って集落に戻ると、族長を中心に住民達が、ユーキ達を出迎えてくれた。
言葉は相変わらず通じないが、巨竜との戦いから帰りを待ち望んでいたことだけは伝わった。
住民達とハグをするユーキ。
言葉が通じないのに速攻打ち解けたテリヴリー。
何故か子供に懐かれ、絡まれるガルダ。
そしてマウトは、族長と対面した。
「災いは討ち払った。洞窟は少し壊れてしまったが、もしあそこにまだ神の化身がいるのであれば、きっと今後も恵みを与えてくれると思う」
「そんなフォローはしなくていい。見たら分かる。あれは神の化身じゃなく、世界を滅ぼす怪物だ。村の掟じゃなく、お前達を信じて正解だった。掌を返すようで申し訳ないがな」
「そんなことは思わなくていい。僕らは、ただ自分達の保身のために竜を殺したんだ。これは紛れもないない事実だ」
「だが、それが結果的に多くの人間の命の危機を、未然に防いだ。これくらい、誇っていいんじゃないか」
族長の言葉に、マウトは少し涙を溢した。
マウトはすぐに隠し、族長も黙る。
彼の涙は綺麗に隠され、名誉は守られた。
後でユーキに「目が赤い」と指摘されるまでは。
◇
「ご苦労であった。気持ちばかりだが、お主らに褒賞をくれてやろう」
デザディアの女王の元に岩トカゲを返しに来た折、マウトら一行全員に、褒賞として一人100万クリスタが手渡された。
「ありがとうございます」
マウトの会釈に、喜ぶ女王。
ユーキは相変わらず恐怖に震えていた。
何故自分まで入れたのか未だに分からないガルダに、当たり前のようについてきたテリヴリー。
女王は一言「愉快な仲間だ」と言い、楽しげに笑った。
その後小一時間撫でられたユーキは、ブルムドシュタインに着くまで縮こまったままだった。
この後マウトとユーキをバリスドで降ろし、ガルダを送り届けるべくルーティスまで走り続けた馬車馬が、今回の旅で最も重要な〝帰り〟を保障してくれた功労者である。
ちなみに、帰る時にはダグラムの地下通路は開放されていた。
◇
スタティマニア地方、バリスド町。
冒険者ギルドに帰還した二人を出迎える者は、誰一人いなかった。
誰もクリスタルドラゴンについて知らないのだから、当然といえば当然である。
だが、ただ一人、気付いて駆け寄ってきた。
受付嬢である。
「お姉さん、ただいま!」
「おかえりなさい。冒険は上手くいきましたか? 収穫はありましたか? もし疲れたなら、寮で休んでいってくださいね」
ユーキを相手に、プロとして対応する受付嬢。本能を理性で抑えつけたところが、彼女に垣間見えるプロ意識である。
「そして、マウトさんも。もしまだここにいらっしゃるようでしたら……」
「いや、僕はユーキを送り届けたから、これで失礼するよ。これから学院に行かないといけないからね」
「………そうですか。お疲れ様でした」
ユーキを置いて出て行ったマウトを見届けた受付嬢は、遂にユーキに正面から抱きついた。
「無事でよかった! 何日も帰って来ないから何かあったのかって心配したんですよ! 何かあったら、お姉さん達に顔向け出来ません……」
「ん〜まぁ、何かあったっちゃあったけど。でもほら、私こうやってここにいるし! だから大丈夫!」
「もう……」
ユーキの能天気な回答に、ため息混じりに何かを言おうとして、やめた。
この町で、彼女は多くの問題を起こしてきたが、同時に持ち前の元気で多くの人々を救ってきた。
受付嬢も、彼女の元気に救われた一人である。
その元気をみすみす潰したくない。
そう思った受付嬢は、敢えて小言を言うのをやめた。
「これ! 報奨金! 借金返済に全部!」
ユーキが懐から取り出した100万クリスタ。
マウトの真似をするように、高らかに宣言した。
「はい、分かりました」
彼女の借金の額からすれば雀の涙もいいところだが、彼女が自ら返済を申し出たという事実が、ユーキの中での何かの変化を表していた。
ただの気分だったとしても、少なくとも、受付嬢はそう思った。
◇
「ほぉ〜。つまり人類は救われたと。めでたいめでたい」
「嘘だと思うなら、調査隊を派遣すれば分かることですよ」
「いやいや。半月も音沙汰なかったんだ、嘘とは思っていないさ」
「おい、調査隊の編成はどうする?」
賢者達の会議に、いつも通り割り込んだ若賢者。
行く前の必死さと比べて、半月経ったせいでまた冗談半分だと思い直してしまっていた賢者達。
だが、これはある意味で正しいことである。
いや、賢者としては有り得ないが、このように平和ボケできるというのは、災害そのものである魔物の存在を
マウトはそう思った。
これで、また理不尽にも家族を奪われる人が新たに増えることはないだろう、と。
◆
「久しぶり、一月ぶりだね。この店に来るのは」
「うん」
「また来たか。二人とも、なんだか嬉しそうな顔してるな。今日は少し張り切るか!」
強面の店主が、店の奥に引っ込んでいく。
ここに来るのは一月ぶり、ちょうど、行き倒れたユーキとマウトが出会った時に来て以来だ。
店主が腕によりをかけて作った料理の数々は、戦いから帰って数日経ってもまだ残った疲れを、確かに癒してくれた。
そして、食事を終えて談笑に花を咲かせているところ。
「そうか、うん。そういえば、僕はユーキがトドメに叩き込んだ一撃を見れなかったな。それだけが残念でしょうがない」
「え? それなら簡単だよ。こうやって………」
ユーキが腕を引いて拳を突き出すと、店が粉々に粉砕された。
デジャヴ。
悲鳴を上げる客に店主。
駆けつける冒険者。
呆れて絶句するマウト。
そして、悪びれもしないユーキ・レーゼンベディ。
彼女の『
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