第23話

 馬車から、昼間でも分かるほど強い光と爆音を生み出した花火が上がった。

 顔を覗かせるのはあの時の商人、テリヴリー。

 何故奴がガルダと一緒に?

 マウトがそんな事を考える余裕が生まれたのは、花火を上げた馬車をクリスタルドラゴンが狙い始めたからだ。

 爆速で逃げる馬車だが、追いつかれるのは時間の問題だろう。

 ひとまず、マウトは地上に降りてガルダとの再会の喜びを分かち合った。


「どうしてここに?」


「そんなことよりユーキはどうした!?」


「ユーキは………」


「そうか………」


「ブレスを受けて結晶化してしまってな……」


「………なら、まだ助かるかもしれねぇ!」


「無理だ。結晶は炎で溶けるが、ユーキは多分もう……」


「なんで諦めるんだ!」


「ブレスを少し受けて分かったことだが、この結晶は魔力を優先して喰う。魔力で身を守れば多少延命できるかもしれないが、ユーキは多分、もう肉まで到達している……。練りもしない魔力は簡単に喰い尽くされてしまうだろうから」


「諦めてたまるかよ!」


「おい待て! ユーキは今、海の向こうの島だぞ!?」


「泳いで向かってやるよ!」


「いくら何でも流石に無茶だ! ああもう、きっと止めてもガルダは行くんだろう? なら、作戦を考えよう」


「そんな時間あるのか!? あの馬車だって、そんなに持たねぇぞ!?」


 テリヴリーの乗る馬車は、既に大量の結晶が付着していた。


「時間はかけない。というか、もう作戦は考えた。あとはガルダに使えるだけだ」


「おう、なら早く教えてくれ!」


「いや、その前にどうやって助けるんだ?」


 マウトの当然な問いかけに応じて、ガルダは懐からポーションを取り出した。


「このポーションを使って、ユーキの結晶を取り除く!」


「………まさか、あの商人から買ったのか?」


「ああ、やらないで後悔するなら、やって後悔したかったからな」


「………分かった。今更もう止めないよ。それで、作戦だけど………」


 マウトは、馬車を虐める竜を指差す。


「奴に乗せていって貰う」


「……………」


 ガルダは、大きく深呼吸した。


「———はぁ!?」


 そして、力いっぱい叫んだ。


「何言ってんだ!? お前馬鹿か!? 俺を殺す気か!?」


「待て、待て、落ち着け。僕がこれから奴を引きつけるから、ガルダは隙を見て飛び乗ってくれ。そのまましがみついててくれれば、僕が奴を島まで誘導する」


「ほとんど脳筋じゃねぇか! というか、ドラゴンって知能高いだろ? そんなあからさまな方法、上手くいくのか?」


「いく。さっきあの商人、妙な花火打ち上げてたろ? だからあれを借りて、無理矢理引きつける」


「お、おう……」


 マウトの作戦に、軽く引くガルダ。


「じゃ、そういうことで」


「いきなり始めるのか!?」


「待ってる時間ないからね!」


「ああ畜生!」


 マウトが飛行魔法で颯爽と飛んでいく。

 ガルダは地上から、クリスタルドラゴンに向かって行った。



「ひいいいい!」


 一方その頃、テリヴリーは死にかけていた。

 本人は実演販売のつもりで陽動花火を打ち上げていたのだが、クリスタルドラゴンのあまりの反応の良さにビビり、ヤバさのあまりに若干漏らしかけている。

 すると、爆速で走り続ける馬車に乗り込む乗客が現れた。

 マウトである。


「賢者マウト・ストーリア様! 助けに来てくださったんですね! ありがとうございます!」


「いや、君はどうでもいい。この花火を貰うよ」


「え!? は、はい! 一個5千クリスタです!」


「全部貰うよ」


「27個ですので13万5千クリスタです!」


「金は払わないよ」


「ですよねー!」


「じゃあね」


「毎度ー!?」


 死の間際で混乱するテリヴリー。

 マウトがさも当たり前のようにタダで商品を持っていこうとするが、止めるどころか咎めもしない。

 もちろん、そんな余裕がないというのもあるが。

 そして馬車から飛び出したマウト。

 地面に降り、地面に向かって陽動花火を一本ぶっ放した。

 地面で炸裂する花火。

 クリスタルドラゴンは軌道を変え、マウトに向かって来た。

 すかさず大岩を出して、竜の真上から叩きつけるマウト。

 竜は二度目の不意打ちに怒り心頭である。

 よろめき、地面に落ちる寸前まで来たクリスタルドラゴン。

 ガルダはその隙を見逃さず、竜の尻尾にしがみついた。

 体勢を戻す竜の背中によじ登り、死んでも離れないと言わんばかりにガッチリ腕を固める。

 それを確認したマウト。

 飛行魔法で宙に浮き、加速を始めながら次の花火に点火した。

 音を聞き、光を目にした氷結竜。

 背中に張り付いたガルダなどには目もくれず、ただひたすらにマウトを、花火を追う。

 マウトの飛行魔法の加速など三流であると嘲笑うかのようにどんどん距離を縮める竜。

 言っておくが、マウトの飛行方法は速度こそ猛禽類の飛行すら超える速度を出せるが、生身でやると普通に死ぬレベルの危険な行為である。魔力でしっかり防護しているマウトだからこそできる技である。これが三流であるはずがない。真似できなくはないが、しようとは思わないだろう。一流であるか、狂人である。

 クリスタルドラゴンは翼という特有の器官を持った上で、魔力のアシストを多分に得て、このように人では到達し得ない領域の速度をいとも簡単に出している。

 次第に島が見えてきた。

 さらに加速し、加速し、ギリギリ竜に追いつかれる前に島上空に辿り着いた。

 同時に、花火も底をついた。


「今だ! ガル———」


 振り返り、ガルダに指示を出そうとして……………


 ———竜が、大きく口を開けていた。


 そういえば、何度か竜に花火が激突した手応えがあった。

 その熱で溶けてしまっていたのか。

 ブレスに対抗しようとするが、その頃には体を半分以上結晶に覆われており。

 なす術なく落下していった。


「マウト!」


 思わず叫んでしまったガルダ。

 クリスタルドラゴンに存在を再認識され、暴れて振り落とされてしまう。

 そして、そのまま海に着水した。


「………。あぶねぇ、海に落ちてなかったら死んでた」


 なんとか岸まで泳いだガルダ。


「いてて………。水も強くぶつかるといてぇな……」


 空を巡回するように飛ぶクリスタルドラゴン。恐らく次の獲物を探しているのだろう。

 ガルダはバレないように息を潜めて、洞窟へと入って行った。


「そういえば、マウトからユーキの居場所を聞けてなかったな………」


 ガルダは身を潜めつつ、洞窟内を探してみることにした。

 結果としてはビンゴであった。

 一つ、巨大な結晶の塊があった。天井にぽっかり穴が空いた洞窟の最奥か。

 そこに、微かに人の形を成した影がちらつく。


「………! ユーキか!?」


 駆け寄って、軽くコンコンと叩くガルダ。

 ………反応はない。

 全身ぎっちり固められているのだから、できるはずもないだろう。


「………他にそれっぽいのも見当たらねぇし………賭けてみるか………!」


 ガルダはポーション瓶を一本開け、中身を結晶の影のあたりにかけた。


「頼む………!」


 だが、それを見守る余裕はガルダには無かった。

 大穴に、クリスタルドラゴンが飛び込んで来たのだ。


「なんだとっ!?」


 ガルダに避けたり逃げたりするいとまを与えず、地面に前脚で抑えつけた。


「グッ………!」


 ガルダには分かった。

 この竜が、これから何をしようとしていたのかを。

 その目には、憎悪が宿っていたから。

 竜はガルダを投げたり、転がしたり、尻尾や翼で弾いたり。

 生かさず殺さずいたぶることにしたのだ。

 マウトのように小賢しく抵抗することもできないガルダは、起きてからこれまでにされてきた数々の屈辱の憂さ晴らしをするのに丁度いいサンドバッグだった。

 全力を出して壊し尽くすのは後でも出来る。だが、手加減してギリギリで嬲り続けるのは今しかできないだろうと踏んだクリスタルドラゴンは、ガルダを相手に楽しもうと考えた。

 だが、竜にとって人とはそこら道端に落ちている石ころとなんら変わらない。

 次第に飽きてくるのだ。

 飽きればどうなるか。

 始末だ。

 生き地獄から死に変わる、ただそれだけのこと。

 ガルダは—————————ニヤリと笑った。

 こいつ、痛みでおかしくなったか。竜は思った。

 違う。理由は別にあった。

 竜には見えていなかった。だが、ガルダには見えていた。

 希望の光が。




 —————————希望の拳が。


 ユーキが、立ち上がっていた。

 ドロドロと溶けていく結晶の中から、現れた少女。

 腰を低く下げた。

 腕を腰まで引いた。

 深呼吸を一つした。

 拳が、七色に光り輝いた。


 —————————『ピース』が、放たれた。


 これが、最初トドメの一撃だ。



  ◆



 ブルムドシュタイン王国、スタティマニア地方、バリスド町。

 なんでもない日に、レーゼンベディ一家に子供が生まれた。

 その日はレーゼンベディ一家にとって、かけがえのない家族の、娘の誕生日となった。

 家族は皆仲が良かったが、病気がちな父、寝たきりの祖父母、働き詰めの母と、大人が皆何かしら問題を抱えていた。

 比較的貧しい家だったが、心は豊かだった。

 唯一健康な姉は、生まれた妹を母の代わりに面倒を見ていた。

 大事な家族、生まれてきてくれてありがとう。


 ある日、凶刃が姉を殺した。

 放浪するキマイラが、普段は魔物が現れないバリスド周辺に出現していた。

 姉は運悪く、その日に町の外に出かけていた。

 いつまで経っても帰ってこない姉が心配になった母が、なけなしの金で冒険者を雇った。

 帰って来た冒険者から聞かされた訃報は、過労の母にとどめを刺した。

 唯一心の支えとなっていた姉を失ったことで、母は次第に衰弱していき、姉の後を追うように息を引き取った。

 残った父が必死に祖父母や娘の面倒を見ていたが、ある日大病を患った。

 祖父母の世話をする者が完全にいなくなり、そのうち衰弱して死に、父も血反吐を吐きながら苦しんで死んだ。

 娘が歩けるようになった頃、家族は最早誰もいなかった。

 かつて姉探しの依頼を受けた冒険者が、心配になって様子を見に来た。

 家の酷い有様を見て、仲間を呼び、彼らの埋葬を代わりに執り行った。

 その時、娘を引き取って、面倒を見ることにした。



 娘に物心がついた頃、冒険者達はよくダンジョンでの出来事や面白い魔物との戦闘など、様々な話を聞かせてやっていた。


「おっきくなったら、冒険者になる!」


 娘の口癖であった。


 ある日、森に遊びに行ったときのこと。

 娘は、謎の声を聞いた。


———あなたの欲しいものはなに?


 娘はその時、とあるファイターの冒険者に憧れていた。


「つよい拳!」


 娘は元気よく答えた。

 それを聞いたのか、謎の声はさらに続けた。


———ならば、何者よりも強い拳を与えましょう


 その瞬間、娘の掌は光り輝いた。

 目を爛々と輝かせる娘は、楽しくなって拳を振り続けた。

 森のあちこちがぐちゃぐちゃになり、その騒ぎは町まで届いた。

 冒険者が駆けつけたとき、泥んこになって眠っていた娘を見つけた。


 十数年経って、娘は冒険者の資格を得られる歳になった。

 ファイターへのこだわりは未だ強く残り、それどころか増す一方だったそれのために、ファイターとなった。

 育ててくれた冒険者は遠くの町のダンジョンに行くので、娘に餞別として装備をプレゼントしてやった。

 娘はこれを機に独り立ちし、継ぎ接ぎの装備でダンジョン探索に赴いた。

 受付嬢の紹介で模擬ダンジョンに挑んだ。

 娘は、久々に振るった拳で、擬似魔物どころかダンジョンごと破壊し、こっぴどく叱られることとなった。

 だが一度では飽き足らず、二度も模擬ダンジョンを破壊したために、出禁を言い渡されてしまう。

 ………むしろ、建造費が一つあたり数億クリスタのものを一度は許したというのが驚きである。

 その後、新人向けのダンジョンを悉く潰し、冒険者の醍醐味であるダンジョンへの立ち入りそのものを実質的に禁止されるに至った。

 そうして多額の借金を抱えた娘は、ある日、一人の若賢者と出会った。


 マウト・ストーリア。

 彼は、ユーキ・レーゼンベディの人生に大きな転換点を作ったのである。

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