第22話
時はマウトとユーキが、タツと共にバリスドを出発する直前に遡る。
「ガルダ・ドミニグェスタ様、商いのお時間です」
商人テリヴリーが、ガルダのもとに現れた。
「生憎、俺に買うもんはねぇ。帰んな坊主」
ガルダは、適当にあしらうように追い返そうとするが。
「いえいえ、そういうわけには。ワタクシも物を売って生計を立てておりますので」
「押し売りか? なら尚更買う気はねぇな。そういうのは気分が悪くなる。さっさと帰———」
「賢者マウト様、『ピース』を持つユーキ様が、そろそろ冒険に出発しますね」
「………お前」
「氷結竜クリスタルドラゴン。奴のブレスは人を結晶化させるといいます」
「………」
ガルダは、目の前の人間が只者ではないと察し、警戒する。
「まぁまぁ、そう構えなくても。ワタクシは危害を加えるつもりはありません故」
「………その情報を知っているだけで、警戒するには充分なんだよ」
「おやおや、仕方ありませんね。では、警戒されたままお話を続けましょうか」
テリヴリーは飄々とした態度で、だがそれでも確実にガルダを視線から一度も外さない。
「つまりですね。そのブレス、喰らえばなす術なく御陀仏………そんなイメージあると思います」
テリヴリーは、合掌しながら体を揺らし、天に昇る様子をジェスチャーで表す。
「あいつらはそんなヘマはしねぇ。そこまで馬鹿だったら賢者なんてやってられないだろ。そもそも、休眠期を狙ってやるんだ。ブレスを喰らう暇もないだろうが」
「えぇ、えぇ、そうでしょう。普通ならね。あくまで想定するのは最悪の事態です。例えば———既に休眠期ではなく、覚醒期を迎えているとしたら?」
「………何が言いたい?」
「そんな時! こちらの溶解ポーションをご利用頂ければ、体に張り付いた結晶を綺麗さっぱり除去! 死ぬしかない運命の方を救い出すことができてしまうんです!」
突然テンションを上げ、物凄い勢いで捲し立てるテリヴリー。
彼の十八番、商品紹介である。
「………そんなもんなくても、マウトなら自力でなんとかするだろ」
「そうかもしれませんね。賢者のマウト・ストーリア様であれば、きっとできるかも。ですが、それは普段の話です。例えば目の前に人生の敵!が現れたとしたら、一体どうなりますかね?」
「………あいつが、周り見えなくなるとかないだろう。使えるものは全て使う冷血漢だぞ」
「おやおや。おやおやおや。だいぶ信頼していらっしゃる。いえ、どちらかと言えば盲信でしょうか」
「なんだてめぇ、人の逆鱗に触れるのが大好きみたいだな」
「おっとっと。暴力はいけませんよお客様」
「誰がお客様だ、ふざけるのも大概にしろ」
「ふざけてませんよ」
テリヴリーは、突然声色を変えた。
思わず黙るガルダ。
しかし、すぐに飄々とした元の様子に戻り、話を続行する。
「彼にも盲信するものがありますね。例えば………『ピース』……とか」
「………盲信かはしらねぇが、それは信じて然るべきものだろ。人類の希望だぞ」
「希望。間違いありません。ええ、それは間違いありませんよ。ですが、『ピース』というのは利用するべきものであって、盲信、過信するものではないのです」
「あれは唯一無二だから、マウトが信じたんだよ!」
「『ピース』が、唯一無二だと。世界に一つしか存在しない、と」
「………? ああそうだ。何か間違いか?」
「ええ、間違いですよ。だって『ピース』を持ってるの、ユーキさんだけじゃないですから」
ガルダは思考停止した。
「だって———私も『ピース』持ちですから」
ガルダの思考はパニックを起こしていた。
だって、これまで絶対不変と思われていた常識が、あくまで言葉の上でだが、覆されたのだから。
『ピース』は、世界中でただ一人に与えられる神の力。それがこれまでの常識。
そんな『ピース』が、世界にいくつも存在する。それが、今覆された言葉。
「………ウソだろ?」
「いいえ、本当です」
まるで、この世界に一種類しか存在しないはずの人間に、別種がいると言われたような衝撃だ。
「そもそも、ワタクシは物を売るのが本懐です。情報の出し方は工夫すれど、嘘はつきません」
今回は有料な情報も出しておりますが、初回のお客様なのでサービスです、と笑うテリヴリー。
対してガルダは呆然としていた。
「ですから『ピース』は人類ただ一人の希望ではなく、使いようで強くも弱くもなる道具と考えるのです。あくまで武器であると」
「………ハァ。だが、結局それは俺が買い物をする理由にはならないだろう」
「果たしてそうでしょうか? 先程言った通り、最悪結晶化して全滅。そんなこともありえるわけです。わけですよ。ね? ですから、例えばユーキ様が結晶化したら、何も出来ませんよね。対抗手段……というか、そもそも有効な攻撃手段が壊滅するわけですし。例えばマウト様が結晶化したら。ガルダ様、友を失うのはお辛いでしょう?」
「………なら、お前以外から買う」
「おやおや。まぁそう言うと思いまして、このタイミングなわけです。クリスタルドラゴンとの戦いは、おそらく一瞬で決着が着きます。ですから、もし救出を間に合わせるならワタクシから買って今すぐ出発して追いかけなくてはならないのです」
「………」
「あぁ、お二人が既にそれを知っているとか、ポーションを持ってるなんてことはありませんよ。だってワタクシ、追い返されましたもの」
「………自ら情報を手にすることもあるだろうが」
「ないです。断言できます。絶対ないんですよ。だって、この情報があるのはシムバッハだけですから。ガルダ様も、シムバッハの学者嫌いはよくご存知でしょう? 過去に関係者というだけで白い目で見られておいででしたものね」
「………チッ」
テリヴリーは全て計算ずくで、この場に来ていた。
ここでの商いは、ガルダに選択の余地はない。ただ、テリヴリーの言うままに買わされるしかないのだ。
「………いくらだ?」
「お値段なんと16万クリスタ!」
「高ぇ! 普通ポーションなんて高くて一本数千クリスタだろうが!」
「ええ。これは情報込みでさらに付加価値もありますので」
「クソッ、足元見やがって……」
「それに、今からじゃ買えない時間という付加価値もあります。たった16万で時間を買えると考えたら、お得じゃありませんこと?」
「だとしても、ふざけすぎだろうが!」
「ちなみにこのポーション特注でですね、鉄だけを確実に溶かす特別なポーションなんですよ。なので通常の溶解ポーションとは違って人体には無害なんですね素晴らしい!」
パチパチパチと自分で拍手するテリヴリー。
だが、このポーションの仕入れ値が一本14万クリスタであることを隠している。
「で、お買い上げになりますか?」
「………今金がねぇんだ。最近色々あったからな」
「でしたら後払い、つまりツケておくことも出来ますよ」
「………分かった、買おう。これまで面倒見てきたあいつらを見殺しにするわけにゃいかねぇからな」
ガルダは多少の勘違いをしつつも、二人の身を案じて購入することにした。
「毎度あり! 一応忠告させて頂きますが、もし踏み倒したら、相応の代償は支払っていただきますからね」
「あぁ、俺はそこまでちっちゃい人間じゃねえから安心しろ。後で金はちゃんと払う」
と、ガルダは頭を抱えた。
「しかし、どうやって追いかけるか……」
「ワタクシ馬車を所有しておりますので、もし良ければ乗せて差し上げましょうか?」
「む、それは助かる。ならお言葉に甘えて………」
「往復で運賃80万クリスタです!」
「畜生そんなこったろうと思ったよ! 後払いできっちり支払ってやる! 乗せてけ!」
「毎度!」
◇
「なんだよ、通れないってどういうことだ?」
「いえね、たった数時間前の話なんですけどね。ダグラムの地下通路に危険度の高い魔物が現れたってんで、一時封鎖してるんですよ」
「だが急いでるんだよ、通してくれよ!」
「そう言われましてもね〜。討伐隊の皆さんが帰ってくるまではお通しできないんですよ。お急ぎなら、帝国の方から回って行かれては?」
テフクトの亀裂で足止めを喰らったガルダは、ダグラムの地下通路の入り口を封鎖する冒険者と言い合いになっていた。
どちらも食い下がらないが、冒険者の言い分があくまで正しい。
事情を知らなければ、ガルダはただの厄介者である。
「ガルダ様、仕方ありませんよ。帝国方面から迂回して向かいましょう」
「ハァ……仕方ない」
◇
「目的は?」
「行商で、ウィドルネルグまで」
「ふ〜ん。これ、武器だね。何のためのもの?」
「商品です。行商なので。こちらは付き人です」
「付き………フン」
センティアルト帝国は、王都以外にも国境にかなり厳重な関所を設けている。
付き人扱いをされて不満なガルダだが、余計なことを言って面倒なことにならないために、口をつぐんだ。
「よし、通っていいぞ」
「あ、兵士さん。証明書を一筆書いていただけますか? 今日の日付も加えて」
「フン、お前初めてじゃないのか。まぁいいだろう」
帝国は、入国より出国が厳しい。
ここで兵士に一筆書いてもらうだけで、かかる時間が大幅に減る。
そうしないと、何かと理由をつけられてなかなか出国できないことがある。
最悪、大金を積めばすぐに出られるが、ガルダにもテリヴリーにもそんな余裕はない。
現代においては唯一無二の帝国主義の国家、センティアルト。
その支配力は領地の端まで及び、他の国家のように領地だけ持っている状態とは違う。
アルマルド・センティアルト2世の極限なまでの独裁政権により、巨大領地を国家として纏め上げた。一部の権力を持つはずだった貴族達からは不満が漏らされるが、帝国民の過半数がそれによって生まれる恵みを享受している。
末端の平民まで豊かで、所謂スラムが存在しないのが帝国の大きな特徴である。
………それを維持するために、本当に最下層の人間を殺していたりするのだが。
しかし、反対に貧民街を国家が主導で丸ごと改装し、さらに同じような最下層の人間に身分や仕事を与えることもしばしばある。
アルマルド2世は功績こそあるが、その独裁による様々な行為により、一部からは〝狂帝〟などと揶揄されていたりする。
もちろん、そんなことが彼の耳に入れば疑わしき者は皆纏めて処刑されるのだが。
それでも、そもそも人口が多いために、人口減少が問題視されることがないのが恐ろしいところである。
黒いところは知らない方が、幸せに生きられるのかも知れない。
◇
二人はマウトとユーキを追い、ウィドルネルグ領に足を踏み入れた。
「マトゥクアで少し休みましょうよ」
「駄目だ。ただでさえ帝国側から迂回して時間を食ったんだ、これ以上あいつらと距離を離す訳にゃいかねぇ」
「そうは言っても、食料がもう底を尽きかけているので。どちらにしても寄らないと」
「ハァ、仕方ねぇ………」
「よし、じゃあマトゥクア観光にレッツゴー!」
「違う違う違う!」
テリヴリーの悪ふざけの発言を本気にするガルダ。
だが、今悪ふざけをするテリヴリーの性格にも問題がある。
ガルダは頭を抱えた。
「ね? ここの串焼きは美味しいんですよ。もう一本食べますか?」
「いやいい。食料を買ったらさっさと出発するぞ。40万も払うことになるんだ、早くしろ」
「ポーション2本、移動費往復代で合計112万クリスタですね」
「分かってるよ! いちいち言うな。ほら、さっさと買ってくれ」
「好き嫌いとかありますか?これが食べられないとか」
「ねぇよ! そんなことはいいから早くしてくれって!」
「はいはい、分かりましたって」
◇
「うおおおおおおお!!! なんだあれ!?」
「あれは大砂蛇ヴァインスネイクですね! ワタクシ達が正面切ってやり合えば、間違いなく骨まで美味しく食べられちゃいます!」
「縁起でもねぇこと言うな! もっと速く走れねぇのか!」
「砂に足が取られて無理です! 馬車自体砂漠に向かないんですよ!」
「じゃあなんで馬車で来たんだよ!」
「これ以上速度が出る乗り物があるとお思いで!?」
「知らん! とにかくもっと! 速く!」
「無理無理無理無理!!!!」
二人とも涙目で怒号を浴びせ合い、大蛇のじゃれ合いから逃げ続ける。
この後結局無事にガオナス砂漠を抜けたが、心身の疲弊は物凄いものになった。
◇
「なぁ、これもう馬車降りた方が早えんじゃねぇか?」
「ここを抜けるなら確かにそうかも知れませんが、この先どれくらい進まないといけないか分かりませんので、置いていけませんよ」
樹海迷宮で隙間の大きい道を見つけ、通って、また隙間の大きい道を探してを繰り返す。
ガルダの言った通り、結局歩くよりも時間がかかってしまった。
「というか、なんかここら辺焦げてないか?」
「そうですねぇ。なんででしょうね」
「知らないのか」
「魔物は売れないので」
「そうか」
爆速で駆け抜ける馬車旅は、たった数日だが二人の間にある確執を取り除きつつあった。
◇
アクラフィティル地方に入ると、遠くでチラつく影が見える。
「なんだあれ」
「おー、やってますね。ヤバそうです」
「ちょっとそれ貸せ」
テリヴリーの使っている双眼鏡をひったくり、影を見るガルダ。
「賃借料1万クリスタです」
「うるせぇ。ありゃドラゴンだな………って、人が空飛んでる。あれは多分マウトか。ならあのドラゴンは………」
「クリスタルドラゴンですね」
「おい急ぐぞ! 早く馬車を出せ!」
「アイアイサ!」
「全速力だ!」
「分かりましたよ! 40万の走り、今こそお見せします!」
だだっ広い平原を、爆速で駆け抜ける一つの馬車。
それはマウトにとって、希望を載せた流れ星だった。
「おーーーい、マウト!」
振り返って見たマウトは驚きと、何故か喜びの表情を浮かべていた。
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