最終話(後編) 死神と魔女

「おまえ……、」

「俺のことはいいよ……悪いな、心配かけて。これからも、いつも通りに接してくれると助かる……。俺にはさ、信頼できる友達は、恋敵くらいしかいないんだよ――」


 話は終わりだ。

 これ以上、この話を続ける気はなかった――俺のことよりも、今は理々だ。


 彼女のことについて、話をしたかったのだが……、気付けばそこにいた。


 目の前に。

 思わず表情が歪む、厄介な相手である。



「素質がある、とは思っていたけど……まさか一人の小さな女の子のためにここまでのことをするとは思っていなかったわねえ……ねえ、バツ君」



 俺たちを見下ろすように、一人乗り用のボートに乗っていたのは。


 俺たちの体をペンギンに変えた、元凶だった……。


 箱戸、鯱先輩——。



「……どうして、ここに?」

「ん? どうしてって……君たちをここへ送ったのは私なんだから――様子を見にくるのは当然じゃない? それに、船があんな状態になっていたら気になるわよ。その子だって乗っていたわけだしねえ」


 鯱先輩は木片の上の理々を指差した。

 その子も乗っているから? ……鯱先輩と、理々には、関係性がある……?


「この子のことを、知っているんですか……?」


「私の従妹だもの。だからこそ、君たちを送ったわけ。私の力じゃあ、理々を助けることができないから……君たちに任せたの。本当に上手くいくとは思っていなかったけど……、それに、こんなことになるとも、想定にはなかったからね――……でもまあ、いいんじゃない? 想像以上のパフォーマンスだったわ。満足以上よ、バツ君」


「おい、ちょっと待てよ」


 と、恋敵が噛みついた。

 実際は、鯱先輩を睨みつけただけだが……。


「じゃあ、あんたは知っていたってことだよな? 理々が命を狙われているって、知っていて、にもかかわらず、おれたちに任せた……自分では、助けようともしなかった――。なんでだよ、なんなんだよッ! あんたが助ければいいじゃねえかよォッ!!」


「それができないから、ってことが分からない? それにしても、やっと話してくれたね――でも、あなたはバツ君とは違って、私が求めるような面白いことをしてくれる感じは、まったくしないわね……。つまらないわ。間違えたかしら……。まあ、今更、ペンギンに姿を変えることができる事実を知って、帰すわけにもいかないけど」


 ふふふ、と笑う鯱先輩は、着ている服のせいか、あれにしか見えなかった。


「あんたは、魔女なのか……?」


 恋敵が呟いた。

 俺も、それには同感だ。


 恐らく、恋敵が言った『魔女』には、非道さが主に含まれているだろう……、比べて俺は、まるで魔法でも使っているのか? という意味で、先輩を魔女なんじゃないかと疑った……。


 人間をペンギンに変えるなんて、魔女じゃないとできないのではないか。

 オカルト研究会というのは、魔法を研究しているのか……?


「魔女、ね……意外と的を射ている推測よねえ……。――それで、どうするの? 魔女である私になにをするのか。見せてもらえるかしら? ……許せない? だったら殴りかかってくればいいんじゃない? その体で――ペンギンの体で、その小さな羽でね」


 ぐ、と言葉を詰まらせた恋敵。

 彼を横目で見ながら、俺は考える。


 許せないことは確かだ。

 しかし、ここで鯱先輩を殴っても、状況は好転しない。

 殴って、なんになる。


 それで解決するのか? するなら、喜んでするが……、解決なんかしない。

 自己満足で終わるだけだ。

 理々のことが、まずは先決である。



 父親を失った。

 船の中にいた仲間も、助からないだろう……。


 家に帰れば、父親以外の家族がいるかもしれない……、目の前に従姉の鯱先輩がいるわけだしな――。そう、俺には、理々をどうこうすることはできないのだ。


 助けたけれど。

 この子の未来を決める選択権は、ない。


「鯱先輩……理々のこと、任せてもいいですか?」


「それは君の役目でしょう? バツ君――だって助けたのは君だし。君がこの子を一人にした……、なのにここで私に押し付けるの? 逃げるの? そんなことが、君にできるの?」


「……俺にはどうすることもできないから、先輩に頼んでるんですけど……」


「嘘よ、嘘。ごめんね、脅すようなことを言って。そうよね、君じゃあ、この子のことを養うことはできないし、親にもなれないものね――。なら、一つ提案があるのだけど。バツ君。オカルト研究会に入ってくれないかしら。そして、私の仲間になってくれない?」


 ……全てが予想通り。

 これは、俺の勘が今だけ鋭いのか。


 それとも、鯱先輩の手の平の上で転がされているからなのか……。

 とにかく、俺に、選択肢はなかった。


 俺が口を開きかけた、その時だった。

 恋敵が、前に出る。


「――ふッッざけんなッ!! 誰がおまえのところにいくかよ……ッ、魔女に身を売るくらいなら、路頭に迷った方がマシだ!!」


「いや、恋敵……いいんだ、大丈夫だよ」


 魔女……否、鯱先輩の表情がどんどんと曇っていっていることに気が付き、恋敵を止める。

 これ以上の暴走はまずい……、鯱先輩を怒らせることは避けた方がいい。


 今度はなにをされるか分かったものじゃない。


 それに、嫌々、入るわけではない……。

 少なくとも、興味はあるのだ――オカルト研究会には。

 死ぬわけじゃない。

 だから、誘いを受け入れることだって、できる。


「いいでしょう、入ります」

「それでこそ、バツ君」


 鯱先輩が微笑んだ。

 ……表情だけを見れば、大人の女性だ。

 まあ、仮に魔女でも、大人の女性なのだから当たり前か。


「それで。あなたはどうするの?」


 鯱先輩が、恋敵に聞いた。

 恋敵は納得のいかない表情で――、いや、無理しなくていいぞ?

 そう声をかけようとしたが、しかし一瞬早く、恋敵が答えた。


「ああ、おれも入る」


 そう言った。


「理々のために、おまえの部下になってやる」

「ふふ、バツ君だけじゃないわね、やっぱり、あなたも面白いわ――ペンギンだから尚更ね」


 不気味に笑う鯱先輩……。

 彼女は俺と恋敵を海から引き上げて……魔女が乗るボートに乗せた。


 子供と、ペンギン二羽である……一人乗りだけど、余裕で乗ることができた。


「それじゃあ、早く帰りましょうか。色々と、厄介なことに巻き込まれないようにしなくちゃね――ねえ、そうでしょう? 犯罪者君?」


 と、鯱先輩がからかってくる。

 どうやらこのネタは一生、使われるらしい……。

 彼女の微笑みからそれが分かった。


 でも、それでいいのだろう……、それがいいのかもしれない。

 そうやって何度も何度も責めるように言われないと、忘れてしまいそうだから……。


 風化はさせない。

 俺は、千人近い人間を殺したのだから……。


 ――絶対に、忘れてはならない。





 ―― 完 ――

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