最終話(前編) 死神と魔女

 俺がやろうとしていることは酷いことだ――

 傍にいる二人のことしか考えていない……二人のため、だけだ。

 二人のためならば、俺は誰を犠牲にしようと構わなかった。

 ……ほんと、酷い話である。



 この船に何人の乗客がいたのかは分からないけど……千人、としておこうか。

 その数の人たちを俺は巻き込み、殺すことになるのだが……意外と、そこにはなにも感じなかった。かわいそうだなんて思わない。罪悪感だって微塵も感じない――。

 こうして考えている間に、俺は目的地へ辿り着く。

 場所も道も分からなかったはずなのに、テキトーに、歩いていただけだったのに……辿り着いてしまった。


 誰かが、背中を押してくれているかのように。

 やってしまえ、と言われているみたいだった。


「……なら、やってやる」


 だって今の俺は人間ではなく、ペンギンだから――。

 人としてのセーフティは、働かない。


 俺は部屋へ入った……、転がって潜り込んだような形ではあったけど。

 ここは、この船の核とも言えるパーツが置いてある部屋だ。


 もしも、ここにダメージが入れば……船全体に影響するような結果が出てしまう。

 分かっていながら。

 分かっているからこそ。


 俺は狙って破壊した――重要な、船のパーツを……心臓を。


 ペンギンの力で、落ちていたレンチで、何度も何度も殴っては殴って――。

 手が痺れてもお構いなしだ。殴って、殴った――殴り続けた。

 それから――数百回目の時だ。


 ガンッ、ガンッ、という音が聞き慣れた音になった頃――変化があった。

 心臓とも言えるパーツが、欠けたのだ。

 深刻なダメージが入る。


 できればもう少し、ダメージを入れておきたかったが、そうなると今度は俺も危険だ。

 だからここは、逃げることに集中する――。


 ……千人を犠牲にしておいて、今更、自分自身の命のことを考えるなんて、なにを言っているんだと思うが……けど、これは俺のためではなく、二人のためだ。

 恋敵と、理々のためなのだ――。


 俺が死んだら、二人はきっと、自分を責めてしまうだろう。

 自分のせいで……俺が死んだのだと罪悪感を持ち続けてしまう……。

 そんな重荷を背負わせるのは違う……、俺は、そんなことを願っているわけではない。


 俺は生きる――生き延びてやる!!


 それでも死んだなら仕方ないけど……生きる可能性が一握りでもあるのなら、生きるべきだ。

 諦めて死ぬことは、二人も、そして俺自身も許さない。

 お前なんか――足掻いて、死ね。



「よし、ここまで距離を取れば、あとは、」


 と、その時だった。

 視界が歪む。


 視界が歪む――、

           爆発――。

   ――真っ赤。

                    ――凄まじい風。

            ――熱。

    ――水。

             ――冷やされて、冷やされて、

      ――寒気を覚え、死を覚悟し、死神を見て、

                          ――俺は。


 俺、

 は。



 沈む。

 落ちる。

 堕ちる。


 青く広い空間を漂うように。

 まるで、無重力にでもいるような感覚だった。


 目を開けてみる。

 神秘的な光景だった……、そこは、深海よりは、ちょっと手前なのだろうか……。


 深海でなくとも海である。

 水中にいる。ということは、俺は船から、外に出られた……のか?


「…………」


 自分の羽を使い、水をかき、泳ぐ。

 水中だと言うのに、まるで地上にいるかのように動きやすかった。

 水上へ向かう。


 今、この時だからこそ、体がペンギンで良かったと思った。

 まあ、だからこそ、あの作戦を考えたわけだけど……。


 それから、スムーズに泳ぎ、水面から顔を出す。

 そこで俺が見たものは…………予想通りの光景だった。



 巨大な船が、縦に、真っ直ぐになっていた。

 船首が天に向いている――、だけど船は真下へ沈んでいっている……。


 深海へ、海の底へ。

 多くの乗客を巻き込んで、だ。


 海が、人々を飲み込んでいく。



「……我ながら、無茶なことをしたな……」


 人道から外れたことだ。

 人ではないけど……、たとえ鳥だとしても、道から外れているだろう。

 それほど、非道なおこないだった。



 すると、横で水面が弾けた。

 顔を出したのは、少女とペンギン――、理々と恋敵だ。


 二人のためにここまでのことをしたのだ……二人が逃げ切れなかったら、意味がない。

 だからこうして再会できたことで、本当の意味で安堵した。


 あれに巻き込まれていたら……最悪だからな。

 恋敵は、近くに浮いている木の板を運んできた。

 そこに理々を乗せる――「よいしょ」と、苦戦していたので俺も少し手伝った。


 濡れた理々は、木の板の上で動かない……、死んでいるわけではないだろう、呼吸はしているし……だから気絶しているだけだ。


「……バツ、ちょっとこい」


 と、恋敵の声はいつもよりも低い。

 まあ、言いたいことは分かる。

 俺だって、恋敵が同じことをしたら、きっと今のような低い声で呼び出したはずだ。


 俺は、恋敵を怒るだろう――だからこそ、恋敵も同じなのだ。


「おまえは……ッ、自分がなにをしたのか分かってんのか!? ペンギンだからって、なにをしても許されるわけじゃないんだぞ!? おまえは――人を殺したんだッ、千人近い人たちを、大量に殺戮した……おまえは犯罪者になったんだッッ!!」


「分かってる」


「分かってねえよ、おまえは。人間じゃないから罪にはならないし、裁かれない――裁けない。証拠がなければ、おまえの言い分は取り合ってもらえないだろう……、捕まることはないけどな、それが安心だって言うわけじゃねえ――逆だ。おまえは、裁かれるべきことをしたのに裁かれないんだ……自分の罪が残ったまま、これからおまえは一生、その罪悪感に縛られ続けることになる――。呪いなんてものがあるのか分からねえけど、おまえ自身が考え、呪いをかけてしまうかもしれない……――ッ、苦痛を、おまえは一生、背負っていくことになるってことを、分かってんのかッ!?」


「ああ、分かってる」


 俺は迷いなく答える。

 覚悟は当然、していた。


 嘘みたいだろう……安っぽいセリフに聞こえるだろう……、軽いと言われるかもしれない――でも。嘘じゃない。本当に、覚悟をしていた。


 背負っていく気がある。

 それしか、ない。

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