働きアリ
正体不明の素人物書き
アリとして働き、そして人間に…
「ふぅ。こんなもんか」
一通り作業を終えて一息つく。
「よく働くわねぇ」
一息ついてやることを探そうとすると、声をかけられた。
「働き甲斐があるからな」
「同じ仲間でも、そこまで働いてるところ、見たことないわよ?」
「そうかな・・・?」
「そもそも、それだけ働き者なのに、アリに生まれ変わるっておかしいじゃない」
そう。今の俺はアリとして生きている。
「人間だったころに何をしたの?」
「何もしてない」
「それなのに、アリに生まれ変わるっておかしいじゃない」
「“何もしなかった”から、こうなったんだろうな」
俺の返事に、相手は頭に?を浮かべるだけだった。
先ほども言ったように、“何もしなかった”から、その罰としてこうなったのだろう。
「それ、どういうこと?」
この時に、俺は人間だったころに何をしたかを話した。
「簡単に言えば、ニートだったんだ」
特に進路を決めることなく高校を出て、それから何もする気にならず、仕事を探しに行くふりをして、適当な場所でボーっとする日々を送った。
すぐにバレたのは余談だ。
「なんか、“自分が何もしなくても社会は動いてる”って気持ちから働き甲斐を感じられなくて、その社会の輪に入ろうとしなかったんだ」
半年が過ぎても何も変わらず、親には働けと何度言われても、重い腰は上がらなかった。
「そしてある日、親はしびれを切らして俺を家から追い出した」
そうすれば、働く気になるだろうと思ったのかもしれない。
しかし、働くどころか、余計に何もする気にならず、どこかの橋の下で路上生活をするようになった。
食べるものとかどうしてたかなんて記憶はない。
路上生活を始めて3日ほどした頃の夜に寝て・・・。
「そして気が付いたら、アリとして生きてたってわけさ」
原因はいまだに不明。
「そうなの・・・」
今は人間だったころとは違い、自分のためというのはもちろん、仲間のために働いてると考えると、それが励みになってやりがいを感じ、人間だったころの自分からは信じられないぐらい動くようになった。
「ねぇ…もしもまた、人間に生まれ変わったらどうしたい?」
「どうもしないかな。アリだからせっせと働いてるわけだし、人間だったらまた前みたいになると思う」
「そう…」
このあとはまた食料の調達などをするために外に出た。
途中でキリギリスに馬鹿にされたが、放っておいたのは余談だ。
だがある日、偶然にも見つけてしまった。
「ん? 何だあれは?」
どこか見覚えのあるものが視界に入った。
アリということもあり、視界に入ったものが大きすぎて何かわからなかった。
そのため、高いところに上って何かを見てみると、それは・・・。
「原因は、これだったのか・・・」
首のところに嚙まれたような跡があり、その部分が変色していた。
おそらく、寝てるときに毒蛇に嚙まれたのだろう。
「どうしたの? あれは!?」
彼女も俺が見たものに驚いた。
「…俺の、死体だ…」
そう。俺が見つけたのは、自分の亡骸だった。
彼女に教えて、当然ながら驚いた。
「何日過ぎたか知らないけど、まだここに・・・」
「ここは人がまず来ないところだから、無理ないかもな」
これ以上何も言わず、餌になる種を巣に運んだ。
後日、同じ場所に行ってみたら、俺の亡骸はどこにもなかった。
それから数か月後。
俺は少し前から体が思うように動かなくなり、そしてついに立つこともできなくなってしまった。
つまり、もうじきお迎えが来るのだろう。
「ねぇ、もう空に行くの?」
少しも動かない俺に、彼女が聞いてきた。
「…ああ…もう思い残すことはないからな」
「残念だなぁ…もっと一緒に働きたかったのに…」
言いながら、俺の傍に来た。
「そう言うな。俺よりもっといい奴に会えるかもしれないだろ?」
「それはきっと、ないわね…私も、長くなさそうだから…」
彼女もどうやら、かなり弱っているみたいだ。
「ねぇ…生まれ変わったら、どうしたい?」
「…また、アリとして生きれるなら、そうしたいかな?」
「変わってるわね」
「よく言われる」
「…不思議ね。働きアリはメスなのに、あんたは男なのに、働きアリとして生きてたんだから」
「確かに不思議だな…」
眠気が襲ってきて、これ以上まともな返事ができそうになかった。
「眠い…働きすぎたかな…」
「そんな、ことない。本当に、真面目だったよ…」
これを聞いて、俺は目を閉じた。
そして、二度と開くことはなかった。
数年が経ったある秋の日、俺は気が付いたら高校2年になっていた。
学校からの帰り道の途中にある公園にふと寄り道した。
「ふぅ…ん?」
芝生に座って手元を見ると、数匹のアリが種を運んで歩いていた。
それを見て、どこか懐かしいものを感じた。
「何だろ…この気持ちは…」
「何してるの?」
見知らぬ女子高生が声をかけてきた。
「アリを見てたんだ」
なぜかアリから目が離せなかった。
「なんか、懐かしいものを感じるね」
「俺も同じものを感じる。みんな冬に備えて必死に働いてるな」
誰にも教わってないはずなのに、どこでこんな知識を仕入れたのだろうか…。
「私たちも、学校を出たら働かないといけないね」
「そうだな。あと1年、進路について考える時間があるけど、どれだけ考えても真っ白だ」
実際、高校を出た後の自分の将来像が何も思い浮かばない。
「俺はまた、ニートで過ごすのかな・・・?」なんて思った。
・・・え?・・・また・・・?
変なことばかりだ。アリを懐かしく感じたり、さっきの考えといい・・・。
「特定の誰かのために頑張ろうって気持ちになってみればいいんじゃない?」
女子高生が聞いてきたが、俺にはその特定の相手がいなかった。
「例えば、私のためとか考えてみない? あ、名前言ってなかったね。私は火を灯すって書いて灯(あかり)」
「俺は、光り輝くって書いて光輝(こうき)」
「いい名前じゃない」
「気に入ってるけど、名前負けしてる」
「気にしたら負けよ。こうして知り合ったんだし、付き合わない?」
言いながら、携帯を出してきた。
「連絡先、交換しようよ。まずは友達からね?」
連絡先を交換してから、灯とはよく連絡を取るようになり、たまにだけど会うこともあった。
遊びに行ったりもするが、デートと言えるのか微妙なものだった。
働きアリは、女王アリの命令もあるかもしれないけど、自分たちが今後に困らないようにするために働いている。
そういうはっきりした理由があるから、嫌な顔一つせずに働いているのだろう。
でも、今の自分はどうだろうか…?
「自分が何もしなくても、社会は常に動いている」と考えたら、社会の輪に入り込む余地はないように思えてくる。
それ以前に、「社会で何がやりたいんだろう?」と考えた時から、どれだけ考えても答えが出ないのだ。
高校に入った時から親の紹介で始めたバイトも、在学中だけという約束だから、卒業したら辞めることになっている。
しかも、そのバイト先で社員になることも考えたことがあったが、人手が足りてるからということで無理だった。
「自分で考えて、自分の行く道を決めなければいけない」というのはわかっているが、その答えがどれだけ考えても出てこない。
このことを灯に相談したことがあった。
灯は進学を決めてることを前に聞いたことがあった。
俺にも「進学を考えてみたら?」と聞かれたが、進学できるだけの学力と余裕がないから無理だと言った。
家庭の事情とはいえ、振られることを覚悟していたが、灯は俺にある話を持ち掛けてきた。
それから1年半ほど過ぎ・・・。
高校を卒業後、俺は家を出た。
ではどうしてるのかというと、灯の親戚が経営している会社で、住み込みで働いている。
規模はあまり大きくないが、数人の従業員たちと楽しく過ごしている。
バイトしてた頃とは職種が違ったが、不思議なことに自分にはぴったりだった。
「いつもありがとね。本当に助かるよ」
作業をしている俺に、社長の奥さんが声をかけてきた。
「こちらこそ、いつも世話になってますから」
灯はどうやら、俺に向いてるものを見抜いていたらしく、親戚に俺のことを紹介してくれた。
「自分が何もしなくても、社会は常に動いている」という考えは変わってないが、同時に「自分の働きで、この会社は動いている」という考えも持つようになった。
灯は、親戚の会社と正反対の方向にある大学に進学したことで距離は離れてしまったが、よく連絡を取っており、しかも週末には必ず会っている。
高校の卒業式の日に、帰ろうとした俺を迎えに来て、しかもその場で告白され、それを俺がOKしたことで付き合うようになったのだった。
(通ってる学校、教えてなかったのにどうやって・・・)
それから数年後。
大学を卒業した灯は、経理担当として入ってきた。
もともと俺と一緒に入ろうとしていたみたいだったが、親戚から「大学で経営を学んでほしい」と言われたそうだ。
自分の将来のために、進路を決めた灯は凄いと本当に思った。
「ここで大事な話って、どうしたの?」
ある日の夜、俺は灯を初めて会った公園に呼んだ。
「高校の時、進路のことで悩んでいた俺を救ってくれたお礼をまだ言ってなかったことに気づいてな…」
「そのことならいいよ。むしろ、私の都合に振り回しちゃったかな?って思ってたから」
「それでも、俺の真っ暗闇だった進路に火を灯して明るく照らしてくれたことには変わりはない」
おかげで今は、本当に充実した毎日を過ごせている。
「だから…」
言いながら、ポケットに入れていたものを出した。
「これからも…俺のそばで、火を灯していてほしい」
「それは・・・」
灯は驚いた。
俺が出したのは指輪だった。
「気の利いた言葉が見つからないから、こんな形になってしまったけど…」
灯はしばらく何も言わなかったが・・・。
「そうね…私のそばで、私が灯す火の光で、明るく輝いていてくれるなら」
これを聞いた俺は、指輪を灯の左手の薬指にはめた。
「よろしくね。あなた」
「こちらこそ」
俺は灯を抱き寄せ、自分に「灯を一生守り続ける」と硬い誓いを立て、その誓いを込めた口づけをした。
ふと足元を見ると、何匹かのアリがハートの形をした小さな石を運んできた。
「まさか、アリも祝福してくれるとは…」
「ビックリしたけど、嬉しいものね」
驚いたが、その石を手に取り、一緒に笑った。
働きアリ 正体不明の素人物書き @nonamenoveler
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