未来の自分

三鹿ショート

未来の自分

 仕事から帰ってくると、自室の壁に大きな穴が開いていた。

 それは破壊によって開いたものではなく、くり抜かれたかのように綺麗な円形だった。

 壁の向こうは外で、明かりなど何も無いはずだが、穴を覗いてみたところ、遠くの方に光のようなものが見えた。

 見なかったことにしようにも、穴の向こうから得体が知れない生物がやってきては困った事態に陥ってしまうだろう。

 突如として穴が出現したために、それが勝手に塞がる可能性もあるのだが、そうはならない可能性もある。

 いずれにしろ、穴の正体を確かめなければならないだろう。

 意を決して、私は穴の先に存在する光に向かって歩き始めた。

 数分ほどで到着したその場所は、部屋のようだった。

 中央に円形の洋卓が存在し、その周囲には椅子が幾つも並んでいる。

 私が抜けてきた穴のように、室内には他にも穴が存在していた。

 他の穴に入っていく勇気が無かったため、私は椅子に腰を下ろした。

 何度も振り返り、自身が歩いてきた穴が塞がっていないかどうか確認したが、どうやら勝手に塞がることはなさそうだった。

 そのような行為を繰り返しているうちに、私以外の人間が姿を現した。

 話が通じないような悪人ならばどう対処すべきかを考えたが、他の人間の顔を見た瞬間、私は思考能力を失った。

 何故なら、全ての人間が、私と同じ顔をしていたからだ。

 驚いている人間は私だけではないらしく、他の私たちもまた、目を見開いていた。

 だが、敵意を感じないことに気が付くと、私は改めて、人々を観察する。

 よく見れば、確かに私と同じ顔をしていたが、どうやら年齢差が存在しているらしい。

 顔に皺が多い者や、白髪頭の者まで様々であることから、私は一つの仮説を思い浮かべた。

 この私たちは、未来の自分なのではないだろうか。

 だからこそ、私と同じ顔でも、そこに変化が加わっているのだ。

 誰も口を開こうとしないために、私はその仮説を口にすると同時に、現在の時間を伝えた。

 それが功を奏したのか、私たちは椅子に座りながら、同じようにそれぞれの時間を口にしていく。

 その結果、やはりここに集まった我々は、異なる時間帯からやってきた、私から見れば未来の人間たちらしい。


***


 口火を切るように私が最近の出来事を語ると、他の私たちは一様に懐かしそうに頷いた。

 その後、他の我々が近況を語っていくが、私にしてみれば全てが未来の出来事であるために、その内容は興味深いものばかりだった。

 この場に集まった私たちが全て話を終えると、私以外の人間は揃って神妙な面持ちと化し、視線を私に向けた。

 何事かと首を傾げる私に対して、三年後の私が問うてきた。

「今のきみは、彼女と仲良くやっていることだろう。そのうちに、結婚しようと考えていることは、間違いないか」

 その問いに、私は首肯を返した。

「仕事が落ち着いてきたため、そろそろそうしようかと考えていたところだ」

「考え直した方が良い」

「何故だ」

 三年後の私は、他の未来の私たちを見回し、一様に頷いたことを確認すると、

「彼女は、きみを裏切るからだ。今でも私たちは、彼女から受けた仕打ちを忘れることができないでいるのだ」

 いわく、彼女と結婚してしばらくは問題の無い日々を送っていたが、出張が予定よりも早く終了したために自宅に戻ると、彼女が他の異性と身体を重ねていたらしい。

 しかし、今でも忘れられないような衝撃を与えた理由は、彼女の相手が、私の父親だったからだ。

 私は耳を疑った。

「そのようなことが、起こるわけがない。私の父親は、性に奔放な人間ではないからだ」

「私に近付いたのは、私の父親に対して好意を抱いていたためである。身内となれば近付きやすくなると考えたのだろう。父親がそれを受け入れたのも、自身の教え子だった時代から関係を持っていたためである。つまり、私の父親は、母親と私の二人を裏切っていたということになるのだ」

 私は、愕然とした。

 だが、言われてみれば、心当たりがあった。

 彼女は私の実家に共に向かう際、必ず私の父親が不在かどうかを尋ねていた。

 そして、不在と分かれば、帰省する前日になって、突然都合が悪くなったと何度も言っていたのだ。

 他にも、疑わしい言動は数多く存在していた。

 私は、彼女と己の父親に対して、怒りを抱いた。

 目の前に立っていれば、迷うことなく殴りかかっていただろう。

 その心情を察したのか、三年後の私は私の肩に手を置くと、

「手遅れになる前に、関係を終了させた方が良い。もしくは、不貞の証拠を突きつけて、罪を明らかにするか。きみがそうすれば、我々にも幸福な未来が訪れるだろう」

 過去の私が彼女との関係を終わらせることで、未来の我々にはどのような変化が訪れるのか、私には分からない。

 しかし、少なくとも、裏切られた気分を忘れることになるだろう。

 私だけがそれを味わうことは癪だが、状況的には仕方の無いことだといえる。

 私は未来の自分たちに向かって、約束することにした。

「今から元の世界に戻り、あなたたちの未来を変えようではないか」

 そう告げると、我々は拍手を送ってくれた。

 私は胸を叩くと、元の世界に向かって歩き始めた。


***


「これで、後に彼女との間に誕生した娘と関係を持ったことが明らかになることはないだろう。あの肉体の味を忘れてしまうことは残念だが、世間から責められ続けることに比べれば、仕方の無いことである」

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未来の自分 三鹿ショート @mijikashort

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