第8話
「やめておけだって?フッ、何を言うかと思えば...。いい加減立場をわきまえたらどうだい、今の君は僕に生殺与奪の権を握られているのに等しいんだよ?」
己の優位を確信した傲慢さゆえか、カイルの語気には強さが込められていた。
「だったら好きにすればいい。俺を連れて王家の墓に忍び込むのも、俺を王家に突き出して一人で墓に潜るのも、全てはお前の自由だ。ああ、それともお前の計画をばらされないように殺しておくか...?もっとも、お前如きに殺せる俺ではないけどな。」
カチャリと、懐に忍ばせた短刀でわざとらしく音を立ててみせる。
真実かは分からないが、カイルを殺せば第三者を通じて俺が王家の墓の逃亡者であることが王家に伝えられてしまう可能性がある。
ゆえに、俺からカイルを殺すような真似はしない。
しかし、カイルからすればどうだろうか?
カイルからすれば、俺は王家の墓の王権遺宝を手に入れるために利用価値があるだけの存在に過ぎないのだ。
口では俺に対して有意であることを強調してはいるが、死なば諸共で俺から王家にカイルの計画を話された場合、捕まることはないにせよ、彼の王権遺宝を手に入れるという計画はご破算になる。
つまり、彼は俺が捕まって洗いざらい話すような展開は避けたいはずだ。
だから、どれだけ凄んで見せようと、彼が取れる選択肢は実質的には二つだけだ。
俺を墓に連れていくか、あるいは口封じとして殺すかのどちらか。
普通の人間なら、最高刑を畏れて大人しくカイルに従うことだろう。
よほどの狂人だとしても、従うだろう。
俺もまた、最高刑にされるくらいなら、黙って協力をするほうがいいと思う。
カイルにしても立場が逆なら同じ感想を持つことだろう。
だが、俺は、俺を利用しようとして脅してくるような存在に対して、指をくわえて耐え忍ぶようなマゾヒズムまったく持ち合わせてなかった。
これはきっと魂に刻み込まれた呪いなんだろう。
記憶を失っているのに、カイルを絶対に許してはならないという溢れんばかりの強い思いが胸に湧いてくるのである。
それは王家の墓を狙うと言われたときに抱いた殺意ではない。カイルの動向にどのように対処するのかを考えるうちに膨れ上がった、別種の感情だった。
カイルが最も悔しい方法で彼の尊厳をねじ伏せなければ気が済まないという強い情動。
カイルは俺の秘密を知っていて、従うか否かに関わらず、俺を王家の墓から逃がさない。それなら、もう答えは一つしかない。
カイルの好きにはさせない。王権遺宝は俺が手に入れる。
あの日別れて以来、俺はずっとそう考えていた。最初からそのつもりでこの部屋に来た。
だから、この忠告はカイルを引き下がれなくするための仕込みだ。
べらべらと王家の墓について語っていたが、結局のところこの男は恐れているのだ。
王権遺宝を手に入れると豪語しておきながら、その実本当は手に入れる自信がないのだ。
だから、一度でも逃走できた俺を従わせて、失敗しても問題ないように逃走手段という保険を用意したいのである。
カイル自身がそれに気が付いているかは分からないが、今の彼の心中は、進むか退くかで大いに揺れ動いているのである。
彼は盗人としては優秀な部類だ。盗人でなくとも生活はできただろうと思われるほどには。
足を洗って他国にでも渡ればそれなりに裕福な生活が出来るだろう。
それでもカイルがやめないのは、獣の本性がそうさせているというだけのことだ。
そんな彼でも、彼の気づかぬ心の内側では王家の墓への恐れがあるのだ。
しかし、計算高さを持ち合わせていようが、所詮は獣性。人並以下の理性しか持たない。
だったら、引かせぬようにこちらから引いてやればいいのだ。
そうすれば、面白いようにカイルのやつは飛びつくことだろう。
簡単なことだ。お前にはできないと、遠まわしに伝えてやればいいだけのことなんだから。
薄暗い部屋の中で、カイルの苛立たしげな眼が、闇に潜む獣のような仄かな光を放っていた。
「いずれにしろ、お前如きが手に入れられるほど王権遺宝は軽くない。進めば最後、お前は無事には帰れない。王家の墓はそういう場所だ。」
ファントム・レガリア べっ紅飴 @nyaru_hotepu
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