第7話

「もう顔を見せないかと思っていたよ。」


カイルはそんな白々しい言葉を投げかけながら俺を部屋へと迎え入れた。


「俺もだよ。」


脅したのにも関わらず、その変わらない気安い態度は、いっそ清々しいとさえ思えるほどで、思わず俺はため息をついた。


カイルは如何なる時でも微笑みを絶やさないから、その佇まいから彼の人となりを判別しようとすると間違いを犯してしまう。


彼は人目につく場所で本性を曝け出すことなどないのである。


だが、どんな人間だろうと偽ることのできない本質をどこかに隠し持ってるのである。そして、それはどれだけ意識しようと隠し切ることはできないのだ。


カイルの場合、それが表れるのは彼にとって必要でありながら心底どうでも良いと思っている場所だ。


それは例えば、商会という体を装うために用意した偽物の社屋であったり、俺が招かれているこの部屋のような、密談など特定の用向きに使うためのアジトだ。


社屋であれば商売人として必要になるであろう仕事の道具など、最低限のものは揃えてある。

しかし、そこには調度品の類など一切なく、まるで飾り気のない部屋で、散らかり具合からそれなりに利用していることは分かるのだが、それはそれとして物置小屋のようにも感じて、なんだか居心地の悪い場所だった。


アジトとなれば更に酷かった。そこは屋根裏部屋よりも窮屈で、日当たりもとても悪く、なんだかジメジメとしたような、居るだけで陰鬱とした気分になるところだ。

壁紙は剥げていて、内壁の下地となる材が剥き出しのままにされているのを見ると余計に気が滅入るのである。


それだけじゃない。この部屋は家具も最悪である。


椅子は捨てられたのをそのまま拾ってきて使っているのかと思うくらいにぼろ臭いし、2つの椅子に挟まれるのはテーブル、ではなく、椅子よりも背の低い木箱であった。


もはや部屋としての体裁すら保てておらず、これなら外で立ち話でもしたほうがよっぽどマシだと思えるくらいである。


普通そんな有り様の部屋を目にすればどうにかマシにできないかと頭を悩ませると思うのだが、カイルはそうではないようで、彼の用意した居室はどれも人間らしさにかけているように思えた。


言ってしまえば、そこはまるで獣の棲家だった。


獣が人の住処を装っているのだ。


少なくとも、俺はここがカイルの部屋であると知らなければ猿でも住んでいるのかと勘違いしたことだろう。


それほどにそこは異質な場所であるのだ。


まともな人間なら1分だってここにいたくないと感じるだろうに、カイルにはその素振りもなかった。


鈍感な人であったのなら、単純にだらしのない人物とか、無頓着なだけだろうと考えるだろうが、そうでなければ、彼の普段の身なりや格好、立ち振る舞いなどを鑑みて、あまりにも彼らしさからかけ離れたその部屋の様子を、むしろ、この部屋のありさまこそがカイルという人物の本質に近いのだという直感を得るのは間違いない。


であれば、彼の本質とは、この部屋のように退廃的で荒廃したものであるべきだろうと考えるのは無理のないことだ。


事実、俺は今の今までカイルのことをそんな風に考えていたし、それも正解の一つだろうと思う。


しかし、この俺を脅しておきながら、にこやかに普段通りに語り掛ける彼を見ると、カイルという人物はその範疇にとどまらず、より冒涜的で悪逆の性質を秘めた怪物の類だったのではないかと思えてくるのである。


「で?王家の墓に忍び込むんだったか?盗難品を盗難品と知られることなく売りさばくお前の手腕は評価するがな、しかし、やはり王家の墓はお前じゃ役不足だろうぜ」


この俺を脅した奴への腹立たしさに、つい口調が荒くなっていた。


「そんなことは分かっているとも。当然のことだよね。だから君に頼んでいるんじゃないか。」


何の気もなしにカイルは言った。一つだけ訂正するなら、カイルがしているのは頼みではなく脅しだろう。


「白々しい真似をするのは止せよ。お前の目的はなんだ?王家の墓に忍び込んで何をするつもりだ?」


「王家の墓自体がレガリアという情報を得られたのは僥倖だったかもしれないね。」


「は?」


「レガリアと一口に言っても、その形状はレガリアごとに違うというのは知っているよね?」


「当たり前だろう。」


古今東西あらゆる物語の中で、レガリアというものは登場する。それは剣や槍、盾などの武具であったり、杖や宝珠などの祭具であったりと、レガリアごとに違った特徴を持っていた。


「かの有名なアリアンロッドの選定剣、チャリオットの宝冠、金翅鳥の指輪、王家はこの3つのレガリアを手にしたことで大国を支配し得る力を得た。それらは時代を経て、今は三大公爵家に受け継がれ、事実上王家はレガリアを有していないと言われている。」


だが、とカイルは興奮気味に付け加える。


「どんな国でも絶大な権力を有する者たちの背後には必ずレガリアが存在しているのに、そんなことがあり得るはずがない!そう考えた僕は王家には隠匿されたレガリアがあると考えた。各地を回って様々な調査をしたが、王家の墓にはレガリアが眠るという噂話や、侵入者への罰を考えるに、やはり一番怪しかったのは王家の墓だった。当初はそこにレガリアが保管されているものとばかり思っていたが、まさかそれ自体がレガリアなんてね。いくら僕でもそんなものを持ち出すことはできないけれど、それがレガリアであるのなら、いくらでもやりようはある話だ。王家の墓への厳重な警護はレガリアを狙う不届き物を吊り上げるためのフェイクという可能性もあったが、君の言葉でそれは否定されたわけだ。どんな形のレガリアであろうと、それがレガリアである限り、所有者となった者が絶大な力を手にすることが出来るのは変わらない。設置型のレガリアも先例がないわけじゃないからね。そういう意味では僕が王家の墓を狙う理由がより強固なものになったともいえるのさ。」


此方の質問を聞いているのか、聞いていないのか、嬉々としてカイルは己の考えを語り続ける。

俺は姉と名乗る人物からの手紙に書かれたことを思い返して、カイルが根本的な勘違いをしているということを察知したが、それを口に出すことも、表情にだすような真似もせずに、聞き役に徹する。








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ファントム・レガリア べっ紅飴 @nyaru_hotepu

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