第63話 せいちょう!せいちょう!


ーふん!俺復活!


ーー真ん中から貫かれてたものね。


ーーーただのパンチで穴を開けられるんだ。


ー今更だろう。奴はオレ達を軽く挽肉にしてくるんだぞ。


ーーなんか一人称ブレてない?


 キメラは不服だった。あの男に風穴を開けられた挙句に放置されたことがとても気に食わなかった。びっくりするくらい気に食わなかった。


 200年も自分と毎日殺し合ってるくせに200年前から直接顔を合わせていない知り合いっぽいのがきたらあまりかまってくれなかったことが気に食わなかった。


 別にそこまで気にしていないが?大したことは思っていないが?妙に親しみやすいオーラを持つ白装束があの男と親しく話している間は退屈でうっとおしかった。


 白装束自体はちょっかいをかけたら全部対応してくれたから嫌いではない。


 特に熱湯の中で人間社会のことを教えてくれたものだから悪くは思わない。むしろ地上に進出した際にむやみに人間を喰らうより一部は喰らいつつも従わせて支配という形で新たな食糧やおもちゃなど献上させる手を教えてくれた。


 喰えば喰うほど強くなるキメラなのだが、地上の人間は極一部を除いて弱いという事を知った。


 その裏付けとして転移トラップで深層に飛ばされ片手片足を失った雌、メイを観察して確信した。


 偶に迷い込んであの男の介入のせいで喰えなかった人間、少し前にあった人間踊り食い祭りの際に大量に喰らった人間、他にも遠い昔に人間に擬態できない程度に人間を喰らってきたがどれもこれも弱かった。


 場合によっては他のモンスターに盗られたこともあったため大喧嘩してモンスターを喰らったこともあった。


 それくらい争いが起こるどころか放置してどちらが喰らうかの喧嘩をしても問題ないほど人間というのは弱いのだ。


 よく接していた人間が頭おかしい規格外というだけで、本来なら蹂躙できておかしくないのだ。


 そう言う意味では完全なハズレを引いたと思ってるキメラ。


 キメラ自身がほぼ不死身という前提はあるが、これでも餌付け…………ではなく共存しようとしてるだけマシである。


ーーーでも進んでるって感じはしてるよね。あいつも僕たちが言った言葉が通じてたし、あの雌は嘘を教えてなかったみたい。


ー人間の言語は思ってるよりも複雑だからな。


ーーなんか文字?だっけ。あれでも会話できるから不思議だよねー。


ーよく考えたら主人は直接頭に指令を下していたわけだが、言語はなんだったんだ?


ーーーそういえば知らないね。


ーーそもそも何の連絡もないし、仕方ないんじゃない?


 ここのダンジョンが潰されていないから忘れがちなのだがダンジョンの一番奥にはボス部屋があり、そこにいるモンスターを倒せばダンジョンは消滅する。


 ダンジョン内のモンスターも稀にボスからの指示で動くことがあり、ダンジョンの内装を変える権限を持つのもボスなのだ。


 なんらかの制限はあるらしく、まずダンジョン内に人間がいない事と何らかのリソースを費やす為頻繁にできないのだ。


 なお、200周年記念式典の際はあらかじめ造っていたトラップが作動しただけでボスは何もしていないし指示も出していない。


ーここが潰れていないなら死んでないということだ。


ーーーでもさ、そもそもボスの部屋って全く見てないよね?


ーーそう、それ!それがおかしいんだよ。


ー隠すにしてもオレ達には知らせてるはずだ。


ーーー死んだんじゃないの?


ーー変な例外が起きてるのかもしれないね。


 たかが200年、されど200年あれば変化があるというもの。常に敵対していたあの男との関係も今そこそこ変わりつつある。


 ボスが姿を現さないのも地上の極僅かの強者を警戒しているのだろう、と勝手に納得している。


 あの男を倒すほどの力をカメラが手に入れてないし、ボスがあの男よりも強いビジョンが見えない。


 のしのしと四つ足で歩行して徘徊しているが、あの男を完全に見失っていた。


ーち、どこ行ったんだ奴は。


ーーーミミズを食べてる途中でどこか行っちゃったからね。


ーーゴブリンに思い入れあるのかねぇ?


ー雑魚を気にしてどうするんだ。


ーーあれもあれで弱いのに何でここで産まれてるんだらうね。


 意識していなくても謎の生態をしているゴブリンだった。弱い者に強く、強い者に弱いのはどこも一緒だが流石に極端すぎるだろう。


 確かに知りたい気持ちはある。植物を育てる労働力にしても弱すぎる。


 どのようなチョイスでアレが選ばれたのか。キメラの思考の隅にこびりつく事になる。


ーそろそろ人間に擬態する練習に戻るか。


ーー四足歩行から二足歩行に変わる時って感覚おかしくなるもんね。


ーーーいつでも変わった時に違和感ないようにしとかないとね。


 意見が一致した瞬間にキメラの身体が変化し始める。


 メリメリという肉と骨が強制的に圧縮する音が響き、3つの頭が一つに統合される。


 そして完成するのが身長2m超えで腹筋がバキバキに割れた巨乳美女。ただし、一度元の姿に戻ったため服が破れて全裸だが。


「あさりポセイドンーーーーー!」


 お気に入りのTシャツを失ったことに気づいたキメラは慟哭した。


 貝の頭にムキムキの肉体美を見せつけるカッコいい(キメラ目線)キャラを破滅させてしまったことに深い悲しみを覚えていた。


 現実を直視できていないキメラは四つん這いになり落ち込んだ。


 予備はまだ自分の巣(ケンのセーフハウス)にあるとはいえ白装束の男が帰ったから二度と入手できるかどうかわからない。


 かなり気に入っていたのに思いつきで簡単に失ってしまうとは、人間の物は綺麗であっても強くない儚い物だとキメラは学びを得た。


「グェッ、グェッ、グエッ!」


 通路の奥から声を聞きつけダダダと猛スピードで走ってくる鳥がいた。


 ヒクイドリ、世界でも凶暴とされる鳥をさらに大きく凶暴化させたようなモンスターだ。


 鳴き声を聞いてキメラが顔を上げると既にヒクイドリは蹴りの体勢になっていた。


 そこらのモンスターでも、この蹴りをくらえば大怪我を負うほどの威力。普通なら避けるだろう。


 だがキメラは避けなかった。


 むしろ仁王立ちして顔面にその蹴りを甘んじて受け止めたのだ。


 吹き飛びそうな頭部への衝撃、それでもしっかりと受け止め逆に爪を食い込ませようとする足を掴む。


「むんっ!」


「グェッ!?」


 ぺきり、と容易く足をへし折り横へと投げ飛ばす。


「ぐるる…………いまのオレはきげんがうける!」


 ウケる、を悪い言葉として認識してるキメラは転がってもがくヒクイドリに宣言した。


 哀れ、ヒクイドリはなす術なくキメラの手でつくねにされてしまうだろう。


 それを止めるものは誰もいない。


 同士討ちは日常茶飯事、弱肉強食の世界では当たり前。


 キメラもまた成長を続ける存在である。全ダンジョン内で、既に最強であるがそれでも強さを求め続ける。


 貪欲に、強欲に、全ての細胞が滅びるまで永遠に欲し続けるのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダンジョン深層住みです。いつからかは忘れました 蓮太郎 @hastar0

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画