第62話 散々だよ


 ある国では白く冷たい世界が舞い降りた。


 ある国では謎の呪術によって死に絶えた。


 ある国では業火で業火に焼かれて灰となる。


 ある場所から放たれた光で消失した。


 ある国では圧倒的暴力により全滅した。


 だが、ある国は災害で滅んだ。


 世界中で起きた蝗害収束に向かったのはいいが少なくない被害が出た。


 特に良いこともなく、悪いことしか起きなかったが200年前よりはマシだと思うだろう。


 下手な通信機器も壊れて海外との連絡どころか身近な人間との電話すらできなっていたのだから。


 日乃元も相当の被害はあったが『教祖』の活躍によって事態の沈静化は丸一日程度で済んだ。


 世界中で発生したイナゴの死骸の処理も困るものだった。そこら辺の草木やコンクリート、そして人肉すら喰らった虫を処理することは困った。


 集めて償却するにしても発生する煙が有害であり、既に大量に燃やし尽くして空気汚染が進んでいる状況では二次災害が起きるかもしれないと誰もが思っていた。


 『教祖』が除煙装置を持ち出してくるまでは。


 恐らく善意でとある男から譲り受けた除煙装置、いや、もはや最上の空気清浄機は瞬く間に街1つの空気を綺麗にしたのだ。


 それだけでなく、その機械を無償で提供し量産体制を整えるようにしてくれたではないか。


 ただし、その生産に多数の企業が参戦してしっちゃかめっちゃかになっているので予定よりも空気が綺麗になるのはかなり遅れそうだ。


「まあ、俺には関係ないが」


「しねっ!」


 軽くキメラの攻撃を避けつつあかねから貰った端末でニュースを見ていた。


 2日3日経てばある程度状況も回復してきており、波乱を巻き起こしながらもたくましく生き延びた。


 ただし、ダンジョン深層に住むケンには関係ない。いつも通りキメラの相手をしながらモンスターを駆逐していくのみだ。


 今日もダンジョン内を歩き回り、そして素材を集めて新しい機械を作る。行き詰った時はこうして出歩いて気分転換をする。


 かれこれ気づけば200年にもわたるルーティーンだ。伊達に長生きしておらず非常に図太い精神をしている。


「うー!うざい!うける!きもい!」


「どこで変な言葉を学んだんだ」


「メイ!おしゃべりした!」


「近くで叫ぶな、うるさい」


「ぐるるる…………!」


 僅かではあるが生きた人間とまともな交流はキメラを大きく成長させた。


 ケンと『教祖』のやり取り、異常でありながらそれらが普通という狂気じみた空間に純粋な一般人のツッコミが無駄にキメラの語彙力を成長させた。


 今までは簡単な単語を一つ口にするくらいだったが、気づけば簡単な会話が出来るまで成長していたのだ。


「ふん、おまえ、訳わからない強さしてる、よこせ!」


「無理に決まってるだろ。俺の強さは俺だけのものだ」


「ずるい!ずるい!しね!」


「暴れるな、駄々をこねるな」


 まるで欲しいものが手に入らない子供のように地面に寝そべってバタバタと暴れている。仮にも巨乳の美女の姿であがく姿は残念さを隠せない。


 それに常にぴちぴちの服を着ているため残念さとエロさと股のもっこり具合が更に際立つ。


 生物のいいとこ取りと言えば聞こえはいいが、アンバランスさはどうしようもない。


 ただ、全てを欲するキメラにはその程度些細なことだ。


「お、ゴブリンだ。生きてる個体に出会うのは初めだな…………あ」


 駄々っ子キメラを放置してたらダンジョンを徘徊するケンは深層で初めてゴブリンを目撃した。


 前にゴブリンを見たのが監視装置越しという間接的にではあるが、深層においてかなりか弱い存在であるゴブリンを生で見たのは初めてだった。


 200年も深層にいてゴブリンを初めて見たことに少し感動を覚えたのだが、次の瞬間に横からヒョイと現れた高さ3mあるデスワームの口の中に飲み込まれていった。


 寸前で放り投げた水やりをするための桶らしいものだけは死守せんと上へと放物線を描きデスワームの隣に落ちた。


 悲しいことに、デスワームが体内のゴブリンを消化だか咀嚼だかをするためのローリングで潰されたが。


「ゴブリンって何のためにいるんだ…………?」


 常に都合よく扱われて理不尽に死ぬ。流石に思うところはある、浅い層だと割りとポピュラーで新人はもちろんのこと、ベテランでも数で押されることがあるはずの生命体があえて1人行動させられていつでも殺されるのは前世で何か悪いことでもしたのだろうか?


 そう思わずにはいられない。だって初めて見る生物を観察したいのだから。


 それはそうとデスワームはケンを視認、目もないのに視認とは?とりあえず襲いかかってくる。


 通路はデスワームが1.5匹通るほどの太さ。つまり横に余裕がある。


 デスワームの横に滑り込み、忘れそうになるがダンジョン内を歩く時に愛用する剣を降る。


 まずは頭部から輪切りにした。頭を斬り離されたら止まると思うだろうが深層のモンスターに常識は通用しない。


 斬られた箇所が即座に頭部へと変質し、新たに口と歯が形成されていく。


 ならば次々と切り落とせばいい。普通の生物相手ならゴリ押しできただろう、相手は体力もパワーも底なしの化け物。


 単発の攻撃で終わるわけがなく、金太郎飴の如く次々と輪切りにされていく。


 突進の勢いをすぐに止められなかったデスワームはあっという間に短小デスワームが量産された。


「ごはん!がウッ!がぶがぶ」


 そして元の姿に戻り獅子頭と山羊頭、蛇頭の尻尾でデスワームをガツガツと喰らっていく。


 ケンが提供する料理は質がとてもいいのだが、量だけはどうしようもなかったらしい。


 味は二の次としてとりあえず腹を満たせたらいいと瞬く間に輪切りデスワームを消費していく。


「んぐっ、ぺっ」


 そして唐突に何かを吐き出した。


 小さく緑色の頭、ゴブリンの首だった。


「お前…………そこまで美味しくないのか」


 肌が微妙に溶けてゾンビみたいになったゴブリンの死んだ目がケンを見つめる。


 このまま転がすのも嫌だなと思い、安らかに眠らせるために踏み潰した。


「…………お前って本当に相手が強いところ以外でしか生きられないんだな」


「げぇーーっぷ」


 僅かな哀れみと共にキメラの3つの口から同時に汚いゲップが吐き出された。


 その消化液が混じった臭い匂いを思いっきり充満させたキメラをケンは殴った。


 パァンッ、と空間を突破する音と共にキメラの獅子頭の鼻先から尻まで空気弾で貫かれたように穴が開く。


「散々だ、色々と」


 ドサリと獅子頭をほとんど失ったキメラは倒れ込み、山羊頭と蛇頭が抗議のようにメエメエと、シャーッと威嚇する。


 再生には少し時間がかかるだろう。静かに探索したい彼はそのままダンジョンを突き進む。


 地上のことは地上で解決出来たらいいな、と考えながら。

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