第61話 ツメタイセカイ
人類は人類が思っているより弱くない。『教祖』は常々思っていることである。
ダンジョンの出現によって世界は大混乱に陥ったが人類は完全に立ち直った。
文明が大きく衰退したが、200年という時間の間で十分に復興で来た。
その復興の貢献にダンジョンが関わっていることが不服だが、使えるものは程々に使っておこうというのが『教祖』の考えである。
とはいえ、『純光教』の理念としてダンジョンに関わることは広範囲にわたって禁止されていることが多い。
知っているからだ、モンスターを殺すことと食すことで体内に微小ながら魔力を作る機関が出来る事を。
『教祖』は友人や世界各国に点在する秘密組織という異常者の集まりの1人であるからこそ潜在的侵略の影響は受けないが一般人はそうもいかない。
知らぬ間に身体の内から改造され、子孫がその兆候をさらに大きな範囲で受けて、最終的にモンスターになってしまう。
ダンジョンが考えた計画だけで言うなら途方もない時間をかけた無駄の多く穴も大きい計画だ。
だからこそ馬鹿に出来ない。変化が微小すぎて誰も信用してくれないのだから。
そこらの組織でもダンジョン発生時の暗黒期ではひとつの意見を投げ飛ばしたところで与太話にされるか馬鹿にされるか見向きもされない。
有名になれば聞いてもらえることはあるが100%信用されるとなれば話は別だ。
完全に信用したらダンジョンの恵みをほとんど受け取れなくなる。そのような甘い汁を人間が我慢できるはずがなかった。
僅かでも人類の保護、モンスターと混ぜないためには隔離するしかない。
ではどうすれば人々を導けるのか?
あるではないか、宗教という弱き人々を導ける道が。
『純光教』の始まりはこうだった。
『ダンジョンと交わることなかれ、人であることを忘れるべからず』
体のいい箱庭作りの方便だった。いざという時のために人を集め、外とのつながりを最低限にしてダンジョンと距離を取る方法だった。
人を集めること自体は簡単だった。何故なら自身が救世主の真似事をして人々を救えばよかったのだから。
元々人に好かれやすい体質であった。むしろ相手側の愛が暴走しすぎて刃傷沙汰になることが多々あるくらいに愛された。
様々な内輪もめがで紆余曲折あり、ようやく農業と畜産が消費量を二回りも上回る生産量を叩きだし、世間からも注目を浴び始めていた。
そして教えとダンジョンの悪性を説きながら回復したインターネットを通じて世界中に広がっていった。
着々と知名度を得ていき『教祖』が各国を訪問するたびにニュースになる程度まで知れ渡るようになった。
様々なスキャンダルを狙って先導する輩も居るが、これも全ては人類の為。何があろうと動じない理想の『教祖』像を作り出した。
古くからの友人に報告したら鼻で笑われたが。
それはさておき、現状把握である。
ひっそりと音もなくダンジョンの浅い層と地上の出入り口から出てきたのはいいが、誰も気づかないほど大騒ぎで常に走り回っている人間がいる状態だった。
所々に焦げ跡や氷の塊があるあたり、短時間の試行錯誤で小さな失敗をしているのだろうと苦笑いした。
周囲を見渡し、まるで存在しないかのように人々の間をすり抜けるように、否、無意識に人々が避けている一本線を縫うように通っていく。
そして到着したのは布をかぶせられた人間『だったもの』。
人のふくらみとしてはやや足りない部分があり、主に手や足の部分、そして腹部がへこんでいる様子が見られた。
生きたまま食い破られてさぞ来る仕方のだろう。『教祖』にはその気持ちが理解できた。
難儀な体質だと思いつつ、『教祖』はやるべきことのために黙祷を済ませて動き出す。
出遅れてしまったが冷たくなった彼ら彼女らに報いるために。
「はぁ、はぁ、やっと出られたー!」
そして遅れて煌木メイがダンジョンからようやく出てきた。
最初は『教祖』の後をついていたが普通に道を間違えて迷子になったのだ。
ダンジョンが地上に集中しているためかモンスターは全く居らず、迷子になりながら這々の体で戻ってこれたのだ。
「君!こっち手伝って!」
「え、いや、私やっと地上に戻れたとこ…………」
「そんな事言ってられる場合か!早く来い!」
「も、もー!頑張るしかないよー!」
即座にボランティアの一員にされて駆け回るしかなくなったメイ。頑張れ、ここを乗り切らなければ残るのは義手と義足だけだ。
限られた出入り口に火炎放射器や冷気噴射装置、殺虫剤をばら撒くための人々が入り交う中、その中に『教祖』は混じった。
外に出る全員がガスマクスをしている中、ただ1人だけ白い布で顔を覆っただけ。
ようやく『教祖』に気づいた人間が声をかけようとする。
引き止めようと手を伸ばすが既に距離が遠くなっていた。
多くのものが噴射されて虫も近づき辛くなっていても飛び交う虫は減っていない。
主亡き今、もはや何を狙って侵略を続けるのか分からない意思を宿したシステムに呆れながら教祖は前へ進み続ける。
本能か、それともあからさまに強そうな奴が現れたのか突進してくる虫が一気に少なくなっていた。
だからと言って容赦はしない。消さなければならない理由は数多にある。
まずは無辜の民のために死んでくれ。そして『純光教』の礎となれ。
優雅に腕を前に出し、指と指を合わせる。
僅かではあるが儀式的動作は周囲の空気を一瞬で変えた。
ある者は勝ったと、ある虫は負けたとその仕草を見ただけで直感する。
「では、昔の再現といきましょう」
ぱっと手を離した瞬間、世界は白く止まった。
地表、空間に舞う塵、虫、空気、それぞれが全て白に染まった。
白くなった、凍ったものは全ての動作が停止する。そして命あるものが白く凍れば生命活動を停止する。
凍っていないのは『教祖』と人間と武器と建物内部くらいだった。
吐く息が白い。気温すら大きく低下したことに気づいた人々はぶるりと身体を震わせる。
150年前というのは昔の事であり、今の世代は実感することがない時代の筈だった。
そして、目の前の『ナニカ』が『教祖』たりうる鱗片をみてしまった。
かつて欧西で起こした奇跡、地上に溢れたモンスターを一掃し支持を得た光景が今目の前にある。
「さて、ここの辺りは十分でしょう。私は他の所へ行きますので…………はあ、片づけをお願いします」
周囲の虫を全滅させた『教祖』は振り返り、ため息と謎の間をおいて立ち尽くす人々に一礼して身体を浮き上がらせた。
既に奇跡を起こしている時点で空を飛び何処かへ消えていった事は些細なことなのかもしれない。
「…………俺たちの努力って何だったんだ?」
「さあ、でも助かったから良しじゃないか?」
「それは、そうだけど…………」
「あ、虫が大量に落ちてきた」
空中で時が止まったように静止していた蝗害がぼとぼととひっきりなしに落ちてくる。
地面を覆いつくし、屋根や屋上にすら大量に溜まるそれを見て納得した。
「「「「「「掃除って虫の死骸のことだったかぁ…………」」」」」」
数も処理しなければならない辛さに落胆は隠せなかった。命あっての物種ではあるが、しばらくはボランティア活動がメインとなるだろう。
「…………終わった?やっと、いや、私の出番は?」
「氷結砕石持ってこれたけど、骨折り損?」
「いいえ、お金になるので焼き肉をたくさん食べられます」
「営業再開はしばらく先だと思うよ」
ダンジョンから帰還してしれっと蝗害退治に参加していた恵右、あかねの言葉に膝をついた。
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