第60話 人の攻防
「煙を燻せ!もっと奴らの視界を遮れ!」
「畜生、液体窒素も数が少ないってのに!」
「殺虫剤の在庫はあるか!まだまだ足りんぞ!」
ところ変わって地上、蝗害が発生しておよそ2時間、市民は出来る限りのことを死ぬ気で行っていた。
やらなければ死ぬのだから命を繋ぐために出来る事はするのだ。
とりあえず昆虫は熱に弱い、正確に言えばある程度耐性は合っても一定を超えた環境に居たら人間よりも死んでしまうことを理由に煙を使った駆除方法を利用している。
それに加えて一部では凍らせて動きを鈍らせる液体窒素を使っているが、流石にこれは焼け石に水、僅かな部分を凍らせても大群相手には効果は殆ど無かった。
ちなみに何故液体窒素があるのかと言うと、ダンジョンで取れる素材の加工に過冷却で真価を発揮する謎物質が存在するからである。
そして大衆が頻繁に虫を殺すアイテムとして使うのが殺虫剤。これらも実は原材料がダンジョン産の物が多く地上で純粋に生産されるものよりも効果は高い。
そこそこ研究もされていたことから蝗害に対してもかなり効果は出ていた。
ただし、その代償として深刻な空気汚染が発生しており、蝗害から公害へ、むしろ同化して新たな災害に変わりつつあった。
「くそったれめ、あの虫の勢いが全然収まらねえ!」
「だけどよ、所詮は虫だ。虫よけ張るだけでも他の奴らより襲われにくくなったぜ」
「…………他の奴らよりは、な」
虫を一瞬で灰にできる火力を出せる火炎放射器を即席で作った探索者のチームが愚痴をこぼす。
彼らはダンジョンへ日常的に潜る歴戦、といっても10年ほど、の探索者だ。不意の事態への対応は非常に素早く、柔軟な対応のおかげで長らく中層で荒稼ぎさせてもらっていた。
この火炎放射器も元はダンジョンで採れる魔力で発火する鉱石を何重にも組み合わせて無理矢理火力特化させたことで虫が燃えたままどこかへ飛んで火災を発生させる前に完全に消し炭に変える危険物である。
本来ならこのような兵器はダンジョン内でも
それでも彼らは探索者人生を終わらせるかもしれない兵器を暴発する可能性を含めたまま急ピッチで持ち出した。
「そこらの女やガキまで手を出すんじゃねえぞ虫畜生がよぉ!」
「もう肉も残ってねえのによぉ!骨まで齧ってんじゃねえぞゴラァ!」
既に犠牲者は千の単位に乗っており、現在進行形でさらに被害は拡大している。
虫を千や万の数を殺したところで億単位で襲い掛かってくるのだから始末が悪い。
そしてどのような生物が食べやすいかというと、やはり戦闘経験がない者ばかり。
逃げ遅れた、上手く隠れられなかった無力な人間から奴らは喰いつくしていく。
では誰が奴らを裁くのか?
「おい!探索者協会から一部武器が解禁だとよ!」
「緊急事態発生から火炎放射器使ってもお咎めなしって!」
「今すぐ作るぞ!武器職人集めろ!」
「お、俺も何か手伝わせてくれ!探索者じゃないけど何かできるはずだ!」
「あそこの倉庫から燃料になる液体と石があるから持ってきてくれ!液体の方はこぼすなよ!」
ダンジョン入り口、つまり探索者が集まり多くの資源がその場で取引される大規模な市場はその仕組み上一つの安全地帯となっていた。
内部から逃げ出そうとするモンスターを外に出さないように、また戦争等で外から襲撃があっても守れるように強固に作られた建物はある種の武器庫と化していた。
ダンジョン内で取れる資源を買い取り一時的に保管し、時期が来れば市場へ流通させる倉庫としての役割もある故に盗難対策もばっちりだった。
それを今回、いくらかくすねられることを覚悟した上で解放することになった。
探索者だけでなく避難してきた一般人も虫を殺し尽くすために努力する。
基本的には自分の命が惜しいから、そして身近なものを守るため、自分より弱い者を守るために必死になって効率的に殺すための準備を進めていく。
「もうなんでもいいからばら撒け!」
「馬鹿野郎!ばら撒くにしても外に出ないといけないし、今外の空気がどうなってるか分かってるのか!?」
「ガスマスクはまだあります!外に出られる方はこれを持っていってください!」
「ちくしょう、俺は子供をあいつらにやられたんだ!まだ3歳だったんだぞ!殺してやる、殺してやるぞ!」
怒り、恐怖、憎しみ、悲しみ、様々な感情が混ざりつつある今だからこそ最悪の事態はまだ起きていない。
最悪な事態とは何か?
自暴自棄になり全てを終わらせようとする阿呆が出ることだ。
もしも、誰かが密閉されている空間を虫を殺すために最小限の出入りしかしていないのを解放してしまえばどうなるか?
貯蔵されているダンジョンの資産で自決を行い連鎖的に爆発等の被害が起きたらどうなるか?
大量の死人ができて蝗害の食料になるのは火を見るよりも明らかだ。
ここでダンジョンはさらなる誤算があることに気づいていない。
誤算というのは民度が悪くなっていることである。
民度が悪い、と言うことは攻撃的になりやすく自分さえどうにかなればいいと言う意識が強いと言うのと同じ。
モンスターが探索者に殺される、もしくは死肉を食べられる際に発生する魔力残滓の移譲によって肉体を気づかない程度に強化される代わりに攻撃的になりやすくなり、世代を重ねて濃度を濃くして最終的にモンスターにすると言う作戦をダンジョンが取り続けているからこそ起きている現象である。
ダンジョンとしては必死に考えて実行しているプランが他のプランとかち合って上手くいかない、二兎追う者は一兎も得ずとはこのこと。
「なんなんだ、あのバッタもどきは!」
「よく見たら歯が異常に発達してる…………まるで肉食になるために生まれたみたい」
「飛翔能力も格段に強化されてる。モンスターもこんな感じだな」
「じゃあ何だって言うんだ、あれはモンスターの軍勢ってことか!?」
叩き落とされて絶命した虫を何とか確保し、潰れていない部分から必死に正体の解析を試みるが現場は常に混乱状態だった。
「地上のモンスターは大昔に駆逐されたはず、生き残りが居たのか?」
「だとしても虫ばかりなのはおかしいだろ。いや、虫だから隠れて過ごしやすかったのか?」
「隠れて繁殖してやがったか…………これから害虫駆除も立派な仕事になるかもな」
皆戦うだけではない、相手が何なのかを探ることも絶対に欠かせない。
出来る限り無事な虫の死骸を集めてはダンジョンの素材を鑑定する者らが集まり解析する。
熱はそこそこ有効、では他には何が有効なのか?冷凍はもっと効くのか?電気はよく通るのか?本来の物理的耐久値は?
案外知識欲で動いている彼らも時と場合が一致すれば役立てるというもの。誰が閑職か、培ってきた知識をフル回転させて解析していく。
先ほどから押されていたがここからは反撃の時間だ。
戦士でない者すら戦士にする災害は手痛い反撃に合うだろう。
『天文台より、此度の侵略的災害に対処する』
「ランカーは揃ったか?
『同胞ヨ、我ガ夫ラと子ラヲ喰ラウカ。ナラバ敵ヨ』
「我が国を奪おうとするか!よい、よいぞ!その傲慢さは俺よりも大きと見えを切ったな!」
そして忘れてはならない、世界各国にも強者が居ることを。
……………………そして使命をほとんど忘れた同胞も地上に居ることを。
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