巻之二 なぜか何度もいらっしゃるのですが

 それでも維茂さまはまた、贈り物を持って、わたしの家までいらっしゃった。


更科さらしな姫! 今日は太刀を持ってきた」


 わたしは家の表で薬になる草を干していたものだから、顔を合わせることになってしまった。

 維茂さまはわたしの姿を見て、とても嬉しそうな笑みを浮かべた。


「この太刀はご加護のある霊験あらたかなものでな。きっとお前を守ってくれるぞ」


 むしろの上に草を丁寧に並べながら、わたしは維茂さまを睨み上げる。


「わたしは太刀を扱えませんし、必要ありません。何も持ってこないでください。あまりしつこいとまた投げ飛ばしますよ」


 維茂さまはなぜだか、むしろ嬉しそうな顔をした。


「俺を投げ飛ばしたあのときの更科姫は鬼気迫る美しさだったからな。だが、今度は俺も油断しない。そう簡単にはいかぬぞ」


 美しいなどと言われ慣れてないものだから、一瞬言葉に詰まってしまった。

 慌てて首を振って、また維茂さまを睨み上げる。


「人をからかうのも大概になさってください」

「俺はからかってなどいない。すべて本当のことだ」


 維茂さまはきょとんとした顔でわたしを見下ろす。

 それから、物珍しそうにわたしの手元を眺めた。


「これは、何をしているのだ?」


 維茂さまは何気なくお聞きになったのだろうけれど。

 わたしは、ぎくりと手を止めてしまった。

 みやこでこうして薬を用意していたら、他の方々に気味悪がられて、そして毒を扱っていると言われたことを思い出してしまったからだ。


 この集落の鬼や人たちは、そんなことを言わないでくれる。助かると言って、わたしの薬を受け取ってくれる。

 けれど維茂さまは、京の方々と同じように気味悪く思うだろうか。


 わたしは、ぎゅっと手を握りしめた。


「これは、毒を作っているのです」


 どうせ気味悪く思うなら、最初から近付かないで欲しい。

 だから、そんな嘘を言った。


「毒……そうか、これは毒なのか」


 維茂さまは驚いたように目を見開いて、腰をかがめて並べた草を眺めた。


「ええ、毒です。だから、あまり近付かないでください」

「そうか、お前は毒が扱えるのか、すごいな」

「は?」


 感心したように言われて、わたしはぽかんと維茂さまを見上げてしまった。

 その顔は、嘘をついたり取り繕ったりしてる様子はなくて、心底そう思っているようだった。


「ど、毒ですよ? 気味が悪くないのですか?」

「どうしてだ? 毒を扱うのは知識が必要なことだ。それはすごいことじゃないか。更科姫は強いだけでなく、賢いのだな」


 うんうん、と維茂さまが頷く。

 わたしはすっかり混乱してしまった。

 毒などと言えば、てっきり気味悪がって、もう近付いて来ないだろうと思っていたのに。


「と、とにかく! 毒を扱っていて危ないので! 今日はもうお帰りください!」


 わたしは立ち上がると、維茂さまの体を両手で押した。

 物の怪の力も借りていないし、そんなわたしの細腕など、維茂さまの大きなお体を動かすには力不足だと思うのだけれど。

 維茂さまはわたしに押されるままに、大人しくお帰りになった。


「仕方ない。では、また来るな」


 そう言い残して。






更科さらしな姫! 今日は笛を持ってきたのだ。この笛は素晴らしい音色でな、是非とも更科姫に」


 次に維茂これもちさまがいらしたとき、わたしはちょうど、山に行こうと思って支度をしていたところだった。

 わたしは維茂さまの言葉を遮ってを睨み上げる。


「残念ながら、これから出かけますから。今日はお帰りください」


 かごを背負ったわたしの姿を、維茂さまは物珍しげに眺めた。


「お前ひとりでか? どこへ行くのだ?」

「わたしがどこへ行こうと構わないでしょう」


 そう言って歩き出せば、維茂さまも後を付いていらした。

 歩きながら、わたしは振り向く。


「どうして付いていらっしゃるんですか」

「俺がお前と一緒にいたいのだ。なに、俺のことは気にするな」

「気になります。付いて来ないでください」

「大丈夫だ、お前は自分の用事を済ませたら良い。俺は勝手にお前に付いてゆくだけだ」


 話の通じなさに、わたしはもう何か言うのも諦めた。


 いつものように山に入っていって、草を探しては摘んで籠に入れてゆく。食べられるものや薬になるものだ。

 険しい道もあったけれど、維茂さまはなんてことないように付いてきた。


「更科姫はいつもこうやって山歩きしているのか?」


 不意に後ろから声をかけられて、わたしは振り返った。

 維茂さまはなんだか面白がっているような顔をしていた。


「それが何か?」

「いや、こうやってひとりで暮らすのは大変だろう、と思ってな」

「もう慣れました。それに元々、田舎で暮らしてました。田舎では、野山を駆け回って遊んでいましたから」

「そうか。それでも、その歳でこうしてひとりで暮らしているとは、すごいことだ」


 わたしは足を止めると、もう一度振り返って維茂さまを見る。

 維茂さまの顔は大真面目だった。

 そんなに大真面目に褒められるようなこととも思えなくて、わたしは顔をしかめた。


「別に、普通のことです」

「その普通がすごいのだ。やはり更科姫は強い女子おなごだな」

「そうやって褒めるのをやめてください」


 今はそんなふうに褒めている維茂さまだって、きっとすぐに心変わりしてしまうはずだ。

 だったら最初から、そんなことは言わないで欲しい。


 わたしはまた前を向いて歩き出した。維茂さまの足音も、当たり前のように後を付いてくる。


「なぜだ? 俺はすごいと思ったことをすごいと言っているだけだ。更科姫は強い。そんな強い更科姫が、俺は好きなのだ」

「わたしは強くありません」


 振り向かないまま、わたしは維茂さまの言葉を否定する。


「更科姫は強いじゃないか、俺を投げ飛ばすほどに」

「それはわたしの力じゃありません。ものの力です」


 これを言えばきっと、維茂さまも気味悪がって心変わりするだろう。そう思ってわたしは振り向いた。

 維茂さまが、びっくりした顔をなさって、わたしを見ている。

 その表情を見上げながら、わたしは言葉を続けた。


「わたしは、物の怪と話をしたり、その力を借りることができるんです。あのときだって、物の怪の力を借りてました。だから、あなたのような大人の男の人を投げ飛ばすようなことができたんです。だから、わたしが強いわけじゃありません」

「物の怪の力、と言ったか?」


 わたしは維茂さまの言葉に頷いた。

 みやこで、うっかりと物の怪と話しているところを見られたときは、ひどく気味悪がられた。それで、奥方様を呪っている、なんて噂されたのだ。

 維茂さまだって、今度こそはさすがに気味悪く思うに違いない。


「すごい! そのようなことができるなど! 更科姫はやはりすごいな!」

「は? ええ!? いえ、あの、話を聞いてましたか!? 物の怪と話すような気味の悪い女ですよ!?」

「何が気味が悪いのだ? すごいことじゃないか!」


 維茂さまのお顔はなんだか期待に輝いておいでで、まるっきり本気でおっしゃっている様子だった。

 わたしはそれでも、必死に抵抗する。


「で、でも! だから、その、わたしは強くないんですよ!? あなたを投げ飛ばしたのはわたしの力じゃないんですよ!?」

「そんなことはない! 俺のような武士にひとりで立ち向かってくる、その心持ちが強いと思う! 物の怪の力を借りるというのも、面白くてすごい! やはり更科姫はすごい!」

「え、ぅええ!?」


 これ以上、何を言って良いかわからなくなってしまった。

 わたしは混乱して、早々に山を降りた。維茂さまはその後ろでずっと「すごい」とおっしゃっていた。


 家に着いて、維茂さまが懐から贈り物の笛を取り出すのを、わたしは押しとどめて押し返した。


「受け取りません、お帰りください!」

「仕方ない。では、今日のところは帰ろう。また来るからな!」


 維茂さまは朗らかに笑って、お帰りになった。






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