第103話 三月二十六日(日)ー1 川野親子と食事会

 イソヒヨドリがしきりに鳴いている。おばあちゃんの家の近くの電信柱がどうやらお気に入りのようだ。臙脂と群青の構造色を輝かせながら、思わず聞きほれてしまうような豊かな美声を惜しげもなく響かせる。


 あの日、おばあちゃんが川野親子を食事に誘ったものの、丁重に断られ、先延ばしになっていた食事会を、春休みに入ったらやろうとおばあちゃんに提案した。イベント好きなおばあちゃんはもちろん大喜びで賛成し、私たちは一週間前からメニューを練るのに勤しんだ。


「いや、やけん、なんでメニュー考えるのに俺が呼ばれるん?」

 部活帰りの川野が笑いながら言う。

「俺、今回は、お呼ばれになるほうなんじゃないん?」

「こないだ、材料の買い出しから下準備まで、私を手伝わせたのは誰でしたっけ?」

「章くんがこの前来た時に作ってくれた料理、おいしかったけんなあ、せっかくなら、おいしいもん作って、みんなで食べたいやろ?」

 おばあちゃんもいたずらっぽい顔で笑って言う。

「うまいもの食べよう、って言葉には弱いんよなあ。この季節やとさ、メバルとかホゴとかうまいな。煮つけにしてもいいし、味噌汁にしても極上や。ああ、サワラもいいな。うん、サワラの幽庵焼き、うまいで」

 川野は呪文のような単語を並べた。

「メバルって? ホゴって? ゆうあんやきって?」

「メバルもホゴも磯の魚。幽庵焼きは、柚子をきかせた醤油系の焼き物」

「川野、魚料理も作れるんだ! じゃ、それも作ろう!」

「ニシも旬やけん、塩ゆでにするとうまいなあ」

「ニシって?」

「ちっちゃい巻貝。うまみがあって、ちょっとピリピリして、うまい。ビールに合う」

「やっぱり、川野、飲んでるね?」

「いえいえ、ほんとに母ちゃんの受け売りです」

 おばあちゃんが、のんびりと、でも大きな声で口をはさむ。

「ばあちゃん、お肉料理も食べたいなあ」

「あ、この前の角煮、おいしかったね。あと、川野のお父さんが褒めたっていう、チキンカツも食べてみたい」

「あの、﨑里ちゃん、それ、もしかして、全部俺が作るん?」

「もちろん、私も手伝うよ!」

「ばあちゃんも、手伝うけんな」

「俺、お客さんやなかったん? まあ、いっか、楽しいもんな」

 川野はそう言って屈託なく笑った。



*  *  *  *  *

海産物の名称について、説明を付記します。


ホゴ:カサゴの地域名。煮つけや、小さいものは味噌汁に入れることも多いです。メバルと並び、磯釣りでよく釣れます。


ニシ:正式には、アカニシ、かと思います。ニイナ(ニナ貝)と並び、磯でよくとれる貝のひとつです。塩ゆでにすると、胡椒がきいたようなピリッとした味がして美味です。

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