第102話 三月十二日(日) 川野の手料理

 美羽ちゃん、村居くん、矢野くん、それに黒木ちゃんまでが、座卓の上を見て唖然とした。エンドウ豆のポタージュ、春キャベツと菜花のサラダ、白身魚のカブラ蒸し、タケノコとワカメの炊き合わせ、カリフラワーのフライ、豚の角煮、デザートに焼きバナナまでが並んでいる。前日の買い出しと下ごしらえから手伝わされた私だって、川野の気合の入れように驚いた。

 美羽ちゃんが神妙な顔つきでおそるおそるエンドウ豆のポタージュを飲み、カブラ蒸しに箸を伸ばした。

「……参りました。うわあ、ちょっと川野、本当にこれ、あんたが作ったん?! 全部?!」

「そうよ、あ、﨑里ちゃんにも手伝ってもらったけどな」

 うん、うん。

「なんな、それ? つまり、裕佳っちが料理上手ってことなんやないん?」

「そうなー、キャベツをむしったり、カブを洗ったり、卵を割ったりするの、うまかったでー」

 は? これは聞き捨てならない。

「川野、ちょっとひどいじゃない、それ以外にも、カリフラワーの房分けとか、塩ワカメを切ったりもしました!」

「そうなー、以前に比べたら、すごく手際ようなったって思うでー」

美羽ちゃんが頭を抱えた。

「ああ、地雷踏んでしまった。ここにものろけペアがおったわ」

村居くんが豚の角煮を食べながら言う。

「章、これ、うまいわ! 中坊のときから、お前、料理うまかったけど、もう店で出せるレベルなんやねえ? もしかして、将来そっちに進むん?」

「それは考えとらん。だいたい、俺の料理って、母ちゃんとかばあちゃんの料理の真似ばっかで、きちんと学んだわけじゃねえし」

「お前んとこ、母ちゃんもばあちゃんも、すげえな」

「そう、食欲はすべてに勝るんよ」

 黒木ちゃんも心底感心したように言う。

「カリフラワーのフライって、初めて食べたけど、これいいなあ。何か味にすごいコクがあるけど、何が入っちょん?」

「へへ、塩と粗挽き胡椒だけなん。カリフラワーって、すげえよな、うまみの塊やけん、ほかの隠し味が何もいらんの。多めの油で炒めて、塩胡椒かけただけでも、すっごいうまい」

「そうなんや、いいこと聞いたわ。今度やってみよ」

「か、川野くん、こ、このサラダ、とってもおいしいよ。菜花のほろ苦さが春っぽくって。ぼ、僕、これ、すごく好きやな」

 矢野くんがにっこりと笑いながら川野に言うと、川野は一瞬だけ声を詰まらせ、すぐに笑って言った。耳が赤くなっている。

「矢野っち、ほろ苦さが好きやなんて、大人やな。これ、酒のつまみにもいいんで」

 即座に美羽ちゃんが突っ込む。

「川野、あんた、こっそり飲んどるな」

「いいえ、母ちゃんの受け売りです」

 川野、矢野くんに面と向かって「すごく好き」なんて言われて、良かったじゃん。私たちは川野の手料理を満喫し、黒木ちゃんが作ってきてくれたロシアケーキも食べて夕方までたわいない話で盛り上がった。村居くんが満足げな顔で言った。

「ごちそうさまでした。俺、今日から母ちゃんの料理に満足できんかも」

 美羽ちゃんがまじめな顔になって言う。

「村居っち、それはいけん。あんただって少しは料理できるようになって、むしろ作ってあげななあ」

「そうなあ、俺が作ったら、美羽、食べにくる?」

「もちろん! ごちそうしてくれるんなら、誰の手料理だって大歓迎!」

「そうか? じゃあ、ひとつくらいは、何か作れる料理開拓しよかな?」

 私は黒木ちゃんと顔を見合わせて微笑んだ。黒木ちゃんがのんびりした口調でアドバイスする。

「村居くん、手始めに、カレーがお勧めやわ。意外と簡単に作れて、でも、ちょっと付け足すもの次第で、個性的な味に変えられるけん」

「お、カレーか、俺も好きやけん、いいな。黒木ちゃん、ありがと!」

「じゃあ、春休みに特訓してもらうとして、四月は村居っちの手料理会やな」

「ちょっと、ちょっと、美羽、もう予定に入れるん? 焦るなあ」

「だって、四月からは確実にクラスばらばらになるけんな」

「そうやな」

 四月からは理系と文系でクラスが分かれる。川野と矢野くんと私は理系クラス、美羽ちゃんと黒木ちゃん、村居くんは文系クラス志望だった。

「章、おまえ何で理系クラス志望なん? 数学嫌いやのに?」

村居くんの質問に、

「俺、ものづくりに興味があるけん」

「ものづくりって?」

「具体的にはまだ固まっとらんのやけど、木工でも、金工でも、とにかく、自分の手で何かものを作り出す仕事がしたいん。父ちゃんにそう言ったら、数学と物理、化学の知識は絶対にあったほうが有利やけん、理系に行けってさ」

「へえ、おまえ、意外とまじめに考えとるんやな」

村居くんの言葉にへへっと笑った川野は、少しだけまじめな顔になって言った。

「矢野っち、やけん、今後も勉強教えてください!」

矢野くんはうっとりするような柔和な笑顔で、喜んでと答えた。

「もう、すぐだね。ばらばらのクラスになるって考えると、寂しいね」

ぽつりと漏らした私の言葉に、美羽ちゃんがすかさず、

「クラス別々になってもさ、お弁当は一緒に食べような」

そう言ってにっと笑ってくれた。

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