第100話 二月二十四日(金) 再同居

 夜中から大風が吹き荒れた。明け方になっても風はおさまらず、ときおりガタガタと家を揺らした。

 風の中を歩くのは好きだ。強い風はいつだって何かの始まりを予感させる。疾風に髪を乱され、スカートを巻き上げられながら、学校に向かった。まだ明けやらぬ空からイソヒヨドリの深く響く声が降ってくる。

 弓道場には川野がいた。無になり、こちらに気づく様子はない。一心に行射を繰り返している。私は数射を動画に収め、教室に入った。本を読んでいると、息を弾ませながら川野が入ってきた。

「おはよ、﨑里ちゃん」

「おはよう、川野、今日は早いね」

「うん、昨日、ちょっと眠れなくってさ」

「何かあったの?」

「父ちゃんが……」

 口ごもった。

「お父さんが?」

「母ちゃんとくるみと再同居しようと思うんやけど、どうか、って言いだした」

 心のどこか深いところで、かすかにきしむものがあった。去り行く季節に追いすがろうとするような、諦観のなかにそれでも感じずにはいられない、漠とした焦燥感。

「そうなんだ、良かったじゃない! お母さんにはもうその話は伝わっているの?」

「いや、まだこれからやってさ。母ちゃんが許してくれるかどうかわからんけどな、って笑って言っとったわ。父ちゃんが俺に相談するなんて、前代未聞やわ。しかも、母ちゃんたちとまた一緒に暮らそうなんてさ。﨑里ちゃん、俺、気になって気になってしかたねえんやけど、こないだうちの父ちゃんに、いったい何を話したん?」

 私はそれには答えず、

「川野は反対なの?」

「そんなことねえよ、もちろん、嬉しいわ」

「じゃあ、良かったじゃない」

 そう言うと本に目を戻した。

 川野はしばらく黙っていたが、カバンから菓子パンとコーヒー牛乳を取り出し、食べ始めた。灰色に吹き荒れる風の中から上り始めた朝日が、校舎の白い壁を古い写真のように黄色く染め上げていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る