第92話 一月二十九日(日)ー2 “袴の彼”の記憶
和室の客間と居間のどちらに案内するか迷ったが、暖かい居間にした。お茶を出し、おばあちゃんの作った干し柿をそえた。
「章くんなら、手際よく柿を剥いて出すんでしょうけれど、私はそこまで包丁使いに慣れてなくて……」
言葉はなかった。気まずくなった。私はそれをお茶で飲み下した。静寂をさらに際立たせるような低く小さな声で、ぽつりと川野のお父さんが言った。
「ずいぶん、髪の毛を短くされたんですね」
私はとりわけ明るい声で答えた。
「こういう髪型もいいかなって。お母さんがいたときには、できなかったんです。許してもらえなかった」
応答はない。私はまたお茶を一口飲んだ。おそるおそる口を開く。
「おばあちゃんからは、章くんと私が並んでいると、まるで竹史さんと祐介が並んでいるみたいだって、笑われました。……そんなに、似ていますか?」
それに対する返事もなかった。川野のお父さんはわずかに眉根を寄せ、こう言った。
「どうして、あんなことをしたのです?」
意味が分からず、問い返した。
「あんなこと?」
「抱きしめたでしょう」
一瞬、胸を激しくつかれたように息が詰まった。愕然として川野のお父さんの顔を見つめた。ハシバミ色の目がこちらを見据えている。
「あなたには、あなたには“袴の彼”の記憶があるんですか? どうして……?」
川野のお父さんは答えず、疲れたようにゆっくりと目を伏せた。長い沈黙ののち、口を開いた。
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