第91話 一月二十九日(日)ー1 竹史の訪問

 お昼ご飯のあと、おばあちゃんは公民館で週に一度開催されている木目込み人形作りの講習会に出かけて行った。私は自分の部屋で窓から差し込む日差しを浴びながら、ぼんやりと本を読み返していた。そのとき、玄関のチャイムが鳴った。

「はーい!」

 急いで玄関を開けると、そこに立っていたのは、川野竹史さんだった。

 視界がぐにゃりとゆがむような気がした。血の気が引いたのか、逆に頭に血が上ったのか、私は立っているのが苦しくなり、左手で玄関の靴箱にすがった。

「こんにちは、﨑里さん。川野章の父です」

 以前聞いたときと寸分の違いもない、沈鬱な声だった。

「こんにちは、あの、もちろん、覚えています。昨年お邪魔した時には、どうも失礼いたしました」

 川野のお父さんはこちらを見た。疲労の色濃い、ハシバミ色の目がはっきりと私を見ている。ふと、以前と違うものを感じた。以前はほとんど目をそらしてばかりだったのに?

「いえ。こちらこそ、先日章がお世話になったと聞きました。私が出張のときに、二泊もさせていただいたのだとか。女の子の家なのに、相当なご迷惑をおかけしたのではないかと、お詫びかたがたうかがわせていただいた次第です」

「そんな、迷惑だなんて、そんなことは全くないです。あの、もしよかったら、上がっていってください。おばあちゃん、もう少ししたら帰ってきます。章くんが来たとき、おばあちゃんが言ってました。竹史くんもよくご飯を食べていったんだって。うちの父――祐介とよく遊んでいたんだって。とっても懐かしそうに言っていました。だから、おばあちゃんが帰ってくるまで、ちょっと上がって待っていただき、おばあちゃんにも、顔を見せてやってもらえませんか? 小一時間で戻ってきます」

わずかの間をおいて、川野のお父さんは言った。

「それでは、ご迷惑とは思いますが、お言葉に甘えさせていただきます」

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