第84話 一月二十日(金)ー1 イメチェン

 放課後、部活に向かう川野に、先に帰って家の片づけをしておくからと言って、私は学校を出た。今日中にやっておきたいことがあった。はっきりとした意図があるわけではなく、これがどんな結果をもたらすかも未知数だった。何かをしなければならない、そういう焦りが私の背中をあと押していたのかもしれない。


 帰宅した私を見たおばあちゃんは、一瞬、絶句した。でも、すぐに笑って、よく似合うと言ってくれた。古い因習めいたものに全くとらわれないおばあちゃんが、私は大好きだ。


 夕方、チャイムを鳴らして玄関に姿を見せた川野は、ぎょっとした顔で動きを止めたあと、ずいぶん思い切ったなあとしみじみ言った。

「意外といけるでしょ?」

 川野はなぜか顔を曇らせた。

「どういう心境の変化?」

「特に、何も」

 そして、まあ、上がってよ、と川野を促した。


 おばあちゃん自慢の野菜が使われた料理の並ぶ夕食は、普段より賑やかくて、普段より長く続いた。ひとり増えるだけで、こんなに雰囲気が違うんだ。おばあちゃんは川野にしきりに、もっと食べなさい、と繰り返した。


「竹史くんも、よくうちでご飯を食べてったもんよ。でも、あの子も細くってねえ、男の子なんやけえ、遠慮せずにもっと食べよやっち言っても、なかなか箸が進まんかったねえ」

「父ちゃん、今でも、あまり食べないです。母ちゃんがまだ一緒にいたころには、いっつも文句言われてました。作り甲斐がないって」

「そうなんね……。竹史くん――お父さんは、元気にしちょるん?」

「はい、特に大きな病気をしたことはないです」

「そうね。お父さんとふたり暮らしやと、なにかとたいへんなこともあるやろ。手伝えることがあったら、いつでも言ってきんさいね。裕佳子ちゃんの、“大事な親友”なんやけえな」

 おばあちゃんはいたずらっぽく言うと、しげしげと私たちふたりを見た。

「それにしても、ふたりがそうやって並んどるんを見ると、まるで祐介と竹史くんみたいやわ、ほんに。髪の毛の長かった時は、裕佳子ちゃんは容子さん似やって思っとったけど、髪をみじこうすると、こげん祐介に似とったんやなあ」


 川野が竹史さんの若かりし頃、つまり、“袴の彼”によく似ているという言葉には素直にうなずけなかったものの、母親が言うのだから、私が祐介に似ているのは間違いないのだろう。


「そんなに似てる? おばあちゃん、あとで章くんと並んでる写真、撮ってくれる? でも、このヘアスタイル、頭が軽くって、いいよ。三つ編みを編まなくっていいから、朝も楽そう」

 川野がすかさず突っ込む。

「﨑里ちゃん、それは甘い」

「そうなの? どういうこと?」

「明日の朝、わかるわ」

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