膠着
第79話 一月十八日(水)ー1 黒木ちゃんの告白
黒木ちゃんと美羽ちゃんと食堂でお昼を一緒に食べたあと、残り時間で本でも読もうと立ち上がりかけた私の制服の袖を黒木ちゃんが引っ張った。丸いほっぺがほんのり赤い。
「裕佳子ちゃん、ちょっと待って、あ、美羽も」
「うん? なに?」
「ちょっとさ、中庭に行こ」
私たちは連れだって中庭へと歩いて行った。四階建ての校舎と渡り廊下でロの字型に囲まれた中庭も、お昼時には日が差し込む。濃紺のセーラー服の背が冬の日差しを受けてぽかぽかと温かい。
「あんなあ……」
黒木ちゃんが言いかけて口ごもった。美羽ちゃんが長い腕を上げて大きく伸びをしながら訊ねる。
「どうしたん? とっておきのケーキ屋さん情報でも仕入れたん?」
「私、矢野くんと、付き合うことになったん」
すっと気が遠くなるのを感じた。完全に無防備な状態で、眉間を殴られた気分だ。美羽ちゃんにも青天の霹靂だったようだった。
「え? え? 矢野っちと?! えー、いつからそういうことに?!」
「うーん、直接のきっかけは、二学期の期末テストの勉強会かなあ?」
「言われてみれば、黒ちゃんと矢野っち、ちょっといい雰囲気やったような気もするな。でも、あの矢野っちが? それに黒ちゃんに私より先に彼氏ができるとは……」
「へへ、ごめんね、美羽、置いてけぼりにしちゃって」
「なに、その上から目線! くう、悔しいわあ! ほら、裕佳っちなんて、驚きのあまり固まっとんで」
その言葉にはっと我に返った。
「黒木ちゃん……びっくりしたけど、良かったね。おめでとう!」
黒木ちゃんがこっちを見ながら恥ずかしそうに言った。
「裕佳子ちゃんがキューピッドかな」
「え?」
「ほら、移動教室のときに、裕佳子ちゃんが矢野くんを同じグループに誘ってくれたり、あと、裕佳子ちゃん目当てで川野がやってくるときに矢野くんを連れてきてくれたりしてたやろ? それに、期末テストの勉強会を企画してくれたのも、裕佳子ちゃんやし。ほんと、ありがとうね」
違う……。私は泣きたくなった。でも私は自分で思う以上に表情の制御ができたらしい。にっこり笑いながら、こう言った。
「矢野くんと黒木ちゃんなら、お似合いだよ。本当におめでとう」
黒木ちゃんはまどかな笑みを浮かべた。
五時間目、六時間目の授業は、半ば上の空だった。ふと気づくと、前の川野の背中を見ているか、右側の二つ前の席の矢野くんの後ろ姿を見ていた。こんなはずじゃなかったのに。川野はいつこの事実を知るんだろう? どれだけ辛い思いをするのだろう? どうしたら慰められるだろう?
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