第75話 一月十五日(日)ー3 お母さんとガールズトーク

 川野のお母さんがお手洗いに立ったタイミングで、私は急いで川野に言った。

「川野、お願い! ちょっとだけ、お母さんと私、二人っきりにしてもらえない?」

 川野は目を見張り、少し顔を曇らせたが、すぐにおどけた表情に戻って言った。

「わかった。じゃあ、俺、三階の本屋に行くわ。母ちゃんには、うまいこと言っといて」

「うん、二十分でいい。二十分たったら一緒に本屋に行くから。もしも、二十分たっても私たちと会えなかったら、ここに戻ってきて」

「了解」


 そう言うと、川野はすぐに出ていった。入れ替わるようにお母さんが戻ってきた。


「あれ、章は? 章もトイレ?」

「章くん、今日入荷の雑誌がどうしても今すぐ欲しいからって、ちょっと抜けて本屋に行ってます」

「あらま、あの子らしい。でも裕佳子ちゃんをほっぽって行くなんてねえ……」

「ふたりでガールズトークでもしとってよ、って言ってました」

「あははは、そうやね、よっしゃ、章がいたらできないような、ガールズトーク、しよう! 裕佳子ちゃん、章のどこが気にいったの?」

「最初に友達になってくれたのが、章くんだったんです。それからずっと面倒見てくれて、気がついたら、その優しさに惹かれていました。弓道部で弓を引く姿もかっこいいし、意外とまじめなところも好きです。それに、あの目も、素敵ですよね」


 川野のお母さんはぽってりとした血色の良い唇をきゅっと上げて微笑んだ。


「あの目は、確かにどきっとするよなあ。竹史――あ、章の父親ね――もそっくりな目をしとるんやけど、あの人と話していても、すうっと吸い込まれそうな気分になっとったな。いやあ、それにしても、そんなにほめてもらうなんて、章、本屋よりここにおったほうが良かったんやないん?

 でも、親の私が言うのもなんだけど、あの子が優しいんは確かやわ。ほら、章が小学校二年生の時に、うち、別居しちゃったんやけど、そのとき、章にどうするって聞いたら、必死で泣くのを我慢しながら、父ちゃんと一緒に行く、だって。それまで、私のほうにべったりで、絶対、母ちゃんと一緒にいるって言うと思ったのにね。父ちゃんひとりやと、可哀想って」


 私はすかさずたたみかけた。


「あの、失礼ですが、どうして別居されたんですか?」

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