第73話 一月十五日(日)ー1 川野のお母さんー1

 母ちゃんとはモールのジョイフルで会うから、駅のバス停で待ち合わせなと言われ、私は緊張しながら駅に向かった。バス停に三十分も早く着き、自分の動揺ぶりに我ながらおかしくなってしまった。

 ベンチに座ると、バッグから本を取り出して読み始めるが、ちっとも頭に入ってこない。軽くため息をついて本を閉じ、代わりにスマホを取り出した。“袴の彼”の動画を見る。撮りためた動画は、いつの間にか五十本を超えた。ずらりと並ぶファイルを見ていると、強力粘着質のストーカーになったような、救いのない気分になる。私と“袴の彼”は窓越しにしか会えない。お粗末なロミオとジュリエットだ。それも、一日二十分だけ。それ以外はこのスマホに収めた映像を見るしかない。言葉を交わすこともできなければ、触れ合うことなんて想像もできない。何より、彼は私を避けようとしている。また、ため息をついた。


「﨑里ちゃん、もう来とったん?!」

 顔を上げると川野がいた。私の手元をのぞき込み、呆れたように声をあげた。

「ええー、また竹史の動画、見よるん? 本当に好きなんやなあ。﨑里ちゃん、俺、﨑里ちゃんを母ちゃんって呼ぶ心構えは、まだできとらんで?」

「私だって、自分より年上の息子を持つ覚悟なんて、できていません」

「えー同い年やろ?」

「半年、川野のほうが年上です」

「誤差範囲やん?」

「十五歳にとって半年は誤差範囲じゃないもん」

「そっか、﨑里ちゃん、まだ十五やったんやな。俺、もう十六や。そういわれると、全然違う気がしてきた」


 私たちはやってきたバスに乗り、郊外のモールに向かった。バスの中は暖かく、そのうえ窓から降り注いでくる真冬の日差しは思いのほか強く、暑いくらいだった。

 モールについて、ジョイフルの入口が見えるところまで歩いてくると、川野がきょろきょろとあたりを見回した。

「まだ来とらんかな?」

「ここで待ち合わせ?」

「うん」

 そのとき、

「章、ごめんごめん、待たせた?!」

 と陽気な太い声とともに大柄な女性が足早にこちらに向かってきた。一気に緊張が高まる。

「ええと、こちらは? ……ええー、もしかして?!」

「こちらは、﨑里裕佳子さん。えっとお、友達以上恋人未満の、俺にとって大事な人です」

「いやあ、ちょっと、何それ!? いいなあ、青春やん! 母ちゃん全然知らんかったわあ。こんな可愛いガールフレンド連れてくるなんて。章、でかしたぞ! よっしゃ、今日は三人でお祝いしよ! 母ちゃん、奮発するわ、はは、そう言っても、ファミレスやけどな」

「……母ちゃん、人の話、聞いとる?」

「聞いとる、聞いとるで! 友達以上の、大事な人、なんやろ? うわあ、母ちゃん、自分で言っときながら、顔が赤くなるわあ! いいな、若いって、うらやましいな!」

 川野が、仕方ねえなあという顔でこちらを見た。でも、その目は優しい。いいお母さんじゃん、私も目でそう伝えた。

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