第69話 十二月二十六日(月)ー2 おばあちゃんとお父さん
おばあちゃんが最近のお父さんの仕事の忙しさや病院の状況を聞き始めたタイミングで、私はお風呂に入った。お風呂から出て居間にもどろうとすると、お父さんが語気を強めてしゃべっているのが聞こえ、思わず廊下で足を止めた。
「跡取りは必要や。母さんにはわからんのか? この家も、墓も、この先守っていくもんが絶対必要やろ? やけん、彩のところん浩二を養子にって言っちょるんや。意地悪で言っちょるんやねえ。浩二だってもう五つやけん、悠長なことは言っとられん。養子にするんやったら、はよう決めてやらんと」
「なして跡取りにそんなにこだわるんか? この家はもう古いんやけえ、私が死んだら取り壊すしかないわ。墓だって――容子さんの骨を納めたばかりでこんなこと言うのはあれやけど――いつまでも残しておかんでもいい。家や墓のために、孫が振り回されるんは、むげしねえわ(可哀そうだ)。それに、跡取り言うんなら、祐介には裕佳子ちゃんがおるやないか?」
「裕佳子は女ん子や。よその家に嫁ぐやろが」
「婿さんを貰ったらいいんやないん?」
「そう、うまくいく当てはないわ。最近は子供ん数が少ねえんやき、婿入りする男だって、そうそうおらん」
いつしか私の話になっていて、思わず顔をしかめた。冷えてきたので早く暖かいところに行きたかった。でも、このまま居間に入っていくのは気まずかった。
お父さんがぽつりと言った。
「男ん子が生まれとったら何の問題もなかったんや」
そのとたん、おばあちゃんが声を震わせた。
「何を言い出すん! 裕佳子ちゃんはようやくんことで授かった可愛い子やろう! 容子さん、不妊治療でどれだけ苦しんどったっち思っとるん? 祐介、おまえ、よう、そげんことが言えるな」
不妊治療? そうだったの? 考えてみれば、私が生まれたのは両親が結婚して十一年もたってからのことだ。確かに、ずいぶん遅い。
「……容子を苦しめたんは、わかっちょる。ずっと辛い思いをさせて申し訳ねえと思っちょる。でも、あんとき、産み分けを承諾してくれとったら、何の問題もなかったっち言っちょるんや」
「裕佳子ちゃんを否定するようなこと、言うんやない! それに容子さんが嫌がったんだってわかるわ。体外授精なんち、そんなおでえ(怖い)ことして、そのうえ、男を産み分けろとはどげん了見か! 子供を授かるってことを、何と思っちょるん? 医者いうのは、みんなそげなもんか?!」
なるほど、私は体外受精でかろうじてできた子供だったのか。それを知ったことに、とりたてて感慨はなかった。そろそろ居間に行くのはあきらめて、自分の部屋に戻ったほうがよさそうだった。
まだ怒りのおさまらないおばあちゃんがお父さんを罵っていたが、私は回れ右をして、忍び足で自分の部屋へと戻っていった。
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