第67話 十二月八日(木)ー2 声が聞こえた

 教室に上がってきた川野は、私を見て、また泣き笑いの表情を浮かべた。

「﨑里ちゃん……」

「何があったの?」

「俺、俺、声が聞こえた……」

「えっ、もしかして、“袴の彼”の?」

「うん……」


 川野は興奮冷めやらぬのか、なかなか言葉が出てこない。


「いつ?」

「最後の一手を始める直前。矢をつがえようとしたとき」

「何て言っていた?」

「ずいぶん、良くなってる、でも、まだ甘すぎる、って。耳元でつぶやくのが聞こえた」

「川野は何か答えたの?」

「あの一手、あいつが俺の手を取って、導いてくれとったんやろ? 見えんかったけど、しっかり感じた。一手終わった瞬間に、ふっと体から何かが離れるんを感じた。やけん、振り返って言ったんよ。ありがとう、俺、あなたの射が好きです。また、教えてもらえますかって。でも、返事はなかった」

「……どんな声だったの?」

「知らん声やった。少なくとも今の父ちゃんの声じゃない。俺らと同じ年頃の声かな。でも、甘すぎる、って、弓道を始めたころ、いつも父ちゃんに言われた言葉なんや」

 そう言ってため息をついた。

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