第65話 十二月六日(火) 矢野くん

 十一月最終週から四日間、二学期の期末試験があった。うちの家で勉強会をやったあと、もう一度うちで、そのあと一度ジョイフルで、そして最後に黒木ちゃんの家で勉強会をした。二回目以降は、美羽ちゃんと村居くんも参加したので、かなり賑やかくなった。初めのうちは、おしゃべりに盛り上がりすぎて、危うく勉強会から脱線しそうになったのだが、矢野くんの鮮やかな数学の解説を一度聞くと、美羽ちゃんと村居くんもたちまち魅了され、勢いづいたみんなは、これまでにないくらい真剣にテスト勉強をした。いや、矢野くんが普段以上に勉強できていたかどうかは、わからない。でも、数学のテストは中間テストと同じく百点満点だったし、総合成績は学年一位だったので、きっと私たちの質問攻めは、彼にとって大した邪魔にはならなかったのだろう。


「﨑里ちゃん、見て見て! 俺、数学、欠点回避やわ!」

 採点後、数学の答案用紙が返却されると、川野は答案用紙を掲げて、嬉々として見せてくれた。

「わあ、50点超えてるじゃない! やったじゃん!」

「裕佳っち、私もだよ!」

「美羽ちゃんも、良かったねえ!」

「私も今回は堂々とクリスマスプレゼントをねだれるわ!」

「えっ、黒ちゃん、クリスマスプレゼントなんて、まだ貰っとるん?」

「え? 美羽は貰っとらんの? 私は貰えるうちは貰っとく主義」

「黒木ちゃんの親は、甘いなあ」


 私たちが答案を片手にわいわいとしゃべっていると、矢野くんも近づいてきた。


「矢野っち、ありがとう! すごい助かった!」

「また、試験前に勉強教えてもらえる?」

 お礼を言う四人に、矢野くんはえくぼを浮かべ、

「ま、間違えた問題、今、確認せん? 今が一番頭に入るよ」


 そう言うと、有無を言わさず、四人の答案用紙を見ながら、×のついた問題のポイントと解き方を解説し始めた。四人は神妙な顔つきで、矢野くんの小さな声に集中している。私も四人の後ろから、矢野くんの長い指に優雅に握られたペンが、川野の差し出したノートに几帳面な文字を紡ぎだしていくのを見ていた。


「﨑里ちゃんのはやらんの? 何点やったん?」

 川野の声で我に返った。

「あ、そうだね、はい、これです。最後の二題、間違えちゃった」


 矢野くんはにっこりしながら受け取り、しばらく見ていたが、小さな声で笑い声をあげた。


「面白い! こんな解法は思いつかんかった。﨑里さんって、思考がユニークやね。二題とも、部分点すらなしってことは、どうやら先生にはこの解法が分かってもらえんかったみたいやね。でも、﨑里さんにも問題があるよ。どちらも、式の変形でケアレスミスを連発している。ほら、ここと、ここと、ここからここ。これじゃ、﨑里さん独自の解法自体、わかってもらえなくても仕方ない。こんな素敵な解法を思いつけるのに、もったいないな」


 そう言って、さらさらと修正した式を書き出してくれた。そんな矢野くんの指先を見つめながら、川野が聞いた。

「なあ、なあ、先生も矢野っちも思いつかんような解法で解こうとしたって、﨑里ちゃん、変わり者ってこと?」

「む、むしろ、ひねくれ者のレベルかな?」

「矢野くん、それはないでしょ!」

 みんなが声をあげて笑った。

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