第60話 十一月三日(木・祝)ー2 小嗣竹史
晩御飯を食べていると、おばあちゃんが目を細めて言った。
「裕佳子ちゃんに、友達がたくさんできて、ほんとよかった。おばあちゃん、今日はうれしかったわ」
「だから、おばあちゃん、言ったでしょ? 私にはもう友達がいっぱいいるんだって。ね、本当だったでしょ? みんな、仲いいんだよ」
「うんうん、あの川野くんちゅうんは、どこん
ふと目を泳がせたおばあちゃんの様子に、私は首筋を撫でられたような気になった。」
「
「堅田かい? 堅田、堅田……。そう言えば、昔、祐介の友達に、堅田の子がおったような気がするなあ」
決心した。おばあちゃんに聞いてみよう。
「小嗣さん、小嗣竹史さんじゃない? 高校の時に、お父さんと一緒に弓道部に入っていた……」
「ああ、そうそう! 小嗣の竹史くんやわ! うちにも遊びに来とったよ。細っこいけど、きりっとした感じの男ん子やったわ。懐かしいねえ。あら、でも、なして竹史くんのこと、裕佳子ちゃんが知っちょるん?」
「川野は小嗣竹史さんの息子だよ」
「あら、まあ! そうやったん! どうりで雰囲気がよお似とるわ」
そこはちょっと納得がいかなかった。
「ええ? そうかなあ? 竹史さんって、お父さんと、仲よかったの?」
「そうやなあ、うちによく来とったけん、かなり仲よかったんやろうな。祐介もときどき向こうの家に遊びに行っとったし、竹史くんがうちでご飯を食べていくこともあったで」
ご飯を食べていってたの? そんなに仲が良かったとは思いもよらなかった。
「家で、何して遊んでいたの?」
「うーん、なんやろね? ゲームしたり、川に泳ぎに行ったりしよったかな? ああでも、ふたりで弓道のビデオを見たり本を読んだりしてることが多かったかもしれんね。そうやそうや、しょっちゅう、弓道の話をしよったわ」
「高校卒業するまで、ずっと仲よかった?」
おばあちゃんはちょっと考え込んだ。
「いんにゃあ、そう言えば、うちによく来とったんは、一年生の時だけかもしれんなあ。……そうそう、二年生のころかな、竹史くんと入れ替わるように、容子さんが来るようになったんよ。容子さんを初めて連れてきたときは、びっくりしたねえ。あんまり美人さんでさあ。おじいちゃんなんて、口もようきかんかったわ」
そのあとも、おばあちゃんは懐かしそうに息子の自慢の彼女の話を語ってくれた。のんびりと語られる容子さんの思い出話に適当に相槌を打ちながら、私は“袴の彼”のことを考えていた。お母さんが高校二年の時にこの家に来るようになったというのは、先日川野のお父さんから聞いた、両親が付き合い始めた時期と一致する。高校一年のときには頻繁にうちに遊びに来ていた彼が、高校二年生の時に容子さんと入れ替わるように消えてしまったというのは、そのタイミングで三人の間に何かトラブルが生じた可能性が高い。つまり、容子をめぐる争いなのだろう。それを解決する際、お父さんは“袴の彼”との友情を捨て、お母さんを、容子さんを取った。
「……で、挨拶のはがきが来とったんよ。たぶん、祐介の川崎の住所を知らんかったんやろな……」
おばあちゃんの話の何かが耳を打った。
「え? 何? おばあちゃん、何の挨拶のはがきが来ていたって?」
「竹史くんの結婚の挨拶だよ。祐介が大学を出て川崎の病院に勤め始めたころ、うちに届いたんよ。友人やったのに、住所も知らせとらんなんて、ほんに薄情なことだよ。それに、あっちの住所すら知らんのなら、祐介が結婚したのも知らんかったんやろね。おばあちゃん、すぐに祐介に電話したん。そしたら、今度帰るまで保管しといて、わざわざ送って来る必要はない、だって。それでおばあちゃん、竹史くんに申し訳のうなって、住所だけはがきで連絡してあげたんよ」
「その挨拶状って、どうなったの? お父さん、持っていったの?」
「それがな」
おばあちゃんはため息をついた。
「まだあるんよ。結局、お父さん、忙しくて、何年間かこっちに帰って来れんかったん。久しぶりに帰ってきたときには、おばあちゃんもすっかり忘れとってなあ、渡さんかったんよ。こないだ、裕佳子ちゃんと押し入れを開けて、思い出したんやわ」
「おばあちゃん、その挨拶状、見せてもらっていい?」
「ああ、押し入れの、アルバムを重ねている脇に木箱があるけん、そのどこかに入っちょるわ」
押し入れの中から取り出した鎌倉彫の文箱を探ると、たくさんの古い手紙やはがきの中にその挨拶状も入っていた。『私たちはこの度結婚いたしました。今後とも皆様方のご指導、ご鞭撻を承りたく……川野竹史・真弓』。文字だけの、シンプルな挨拶状だった。差出人の住所は福岡県になっていた。日付は今から二十年前だった。
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