第58話 十月三十一日(月)ー2 川野
朝のホームルーム開始のベルが鳴りやむのと同時に川野が教室に滑り込んできた。
「やべえわ、今日は超ギリギリや!」
そうわめきながら席に着こうとする川野に小野先生が聞こえよがしのため息をついた。
「おーい、川野、ギリギリや、で喜んでるんじゃないぞ。もう少し余裕を持って行動できんのか? って、何回繰り返させるんよ?」
「わかってますー、先生。今日は三十分は前についとる予定やったんです。途中で自転車がパンクしたんですう、ほんとにもう朝っぱらからくったくたや……」
先生はひらひらと右手を振った。
「ああ、わかったわかった。とにかく、規則正しい生活を心がけて、もう三十分は早起きしいや。でも、十分交通事故に気を付けよや。事故にあうくらいなら、遅刻のほうがまだましやけんな」
「はーい」
昼休み、お昼ご飯を食べ終え、渡り廊下を図書館に向かって歩いていると、駐輪場で自転車のタイヤを修理している川野が見えた。
「タイヤがパンクしたって、本当だったんだ?」
川野はむくれた。
「ええー? 俺が嘘ついたと思っとったん? 﨑里ちゃん、それは心外やわ!」
「ベタ過ぎる嘘だから、逆に本当なのかもね、って思ってた」
「うう、なんて返したらいいか、わからんわ」
一呼吸おいて、言った。
「この前は、家まで送ってくれて、ありがとう。川野、ずいぶん帰宅が遅くなったんじゃない? お父さん、心配していなかった?」
「……父ちゃんは大丈夫。いつもと変わりなかった。俺が帰ったときには、晩御飯、作ってくれてた。あ、とは言っても、飯炊いて、俺が休日に仕込んどったブタのみそ漬けを焼いて、俺が作っといたキャベツのコールスローを盛っただけやったけどな。……こっちこそ、ありがとう。﨑里ちゃんの言葉、すごく沁みた。﨑里ちゃんも、ずいぶん辛かったんやな。誰かがこんな自分を認めてくれているって思うだけで、確かにぜんぜん気持ちが違う」
そう言って、ひっそりと笑った。
でも、私には何もできない、本当にただ見守るだけしかできない。そう思うと、言いようもないもどかしさを感じた。そのとき、ふとひらめいた。
「そうだ、川野、川野って成績悪いんでしょ?」
川野が口をとがらせる。
「ひ、ひどい、﨑里ちゃん、いくら本当のことでも、そう、ずばりと言われると、俺、傷つくんやけど」
「期末テストの前に、みんなでテスト勉強しよう。週末に、二、三回くらい。矢野くんと私が、みんなのわからないところを教えるって、どうかな?」
川野はぼんやりと私を見た。
「それいいなあ。教えてくれる人がおるんなら、テスト勉強もやりがいがあるわな。俺、成績、ピンチやし」
そしてほのかに笑い、自転車の修理に戻った。私はちょっと物足りなかった。もっと喜んでくれることを期待していたのだ。話の接ぎ穂を見つけられないまま、私は川野がタイヤを修理するのを見ていた。
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