第54話 十月二十八日(金)ー1 川野の緘黙

 翌日、金曜日になっても、川野の様子は変わらなかった。私はたまらなく辛くなった。お昼休みに、フォークにからあげを突き刺しながら黒木ちゃんが心配そうに言った。

「裕佳子ちゃん、川野、何かあったん? 昨日から、ずいぶん、しおらしくなっとるやん?」

「……」

 カレーパンの袋を開けながら、美羽ちゃんも真顔で言った。

「裕佳っちも、元気ないやん? どうしたん? 何があったん? なんでも良いけえ、言ってみん?」


 私は何から話したらよいのか、そもそも話せることがあるのかもわからず、黙って高菜おにぎりを一口食べた。


「川野ってさ、いいやつなんだけど、気分屋のところもあるけん、ときどき、ふっと、ああなるんよ。昔っから、そうやった。数日間、普段の様子から考えられんくらいおとなしくなって、そのあと、唐突に元のうるさい川野に戻るん。裕佳子ちゃん、何があったのか言えんのなら聞かんけど、気にしすぎんほうがいいよ」


 小学校の時から川野を知っている黒木ちゃんは、そう言って慰めてくれた。


「でもさあ、裕佳っちがこんなに落ち込んでいるのは、見とられんなあ。裕佳っちが川野と話しづらい何かがあるんやったら、私が川野に言ってあげよか?」


 私の顔をのぞき込みながら、美羽ちゃんが言った。私は首を振った。


「ううん、自分で聞いてみる。黒木ちゃん、美羽ちゃん、ありがとう、心配してくれて。でも、大丈夫。大したことがあったわけじゃないの。それに、自分で聞いてみなきゃだめだと思う。もし私が何かひどいことをしたんなら、謝らないといけないし」


 川野のこのふるまいの原因について、何となく察しがついていた。ほかの人には言えない。


「そうやね。でも、あんまり思いつめんほうがいいよ。今回だって、あいつのいつもの気まぐれかもしれん。親と喧嘩したとかさ。やけん、気楽になあ」

 美羽ちゃんがカレーパンを食べながら、そう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る