第47話 十月二十三日(日)ー2 静かな川野

 窓際の八人掛けのソファー席は、佐藤くんの独擅場になった。

「でさ、休みん日になると、母ちゃんがもう、うるせえんよ。いつまで寝とるんか、いい加減起きて、手伝いって。キンキン声で、頭痛くなる。俺じゃねえで兄貴にだって言えばいいねえさあ、兄貴だって、家に帰ってきたら昼まで寝とるか、ゲームしとるかやにい。いっつも俺にばっか文句言ってきて、兄貴にはなんにも言わんの。長男やけえ? ちょっとそれはねえやろ、しまいには、俺、ぐれるぞ」

「佐藤、あんた、家でもその調子で叫びまくっとるんやろ? お母さんだってブチ切れるわ。佐藤の兄ちゃんって阪大行っとるんやなかったっけ? じゃ、佐藤が京大に行ったら、お母さんも黙るっしょ」

「美羽、お前、痛いところをぐさぐさと……」

「はは、美羽にかかったら、さすがの佐藤もかたなしやな」

「そこ、うるさい、村居!」

 この調子で、ずっと佐藤くんが盛り上げ役だ。美羽ちゃんがすかさず突っ込み、村居くんや黒木ちゃんがときどき混ぜっ返す。川野は笑っている。笑いながら氷ばかりになったアイスティーのストローををずずずと音を立てて吸っている。ときどき、小さい声で村居くんと何かしゃべっているけれど、佐藤くんの大演説にかき消されて、よく聞こえない。

佐藤くんの右隣、窓際には矢野くんがいて、正直なところ、私は彼が一緒にいたことに驚いていた。矢野くんはクラスで、いや学年でもトップレベルの成績だ。先日終わった中間テストでも、総合順位は学年五位に入っていた。おとなしくて、あまり集団行動をしない。お昼は佐藤くんたちのグループと一緒に食べているようだけど、休み時間はひとりで本を読んでいるし、部活にも入っておらず、放課後はさっさと一人で帰ってしまう。話しかければ丁寧な口調でささやくように答えてくれるけれど、すぐに、びっくりするくらい真っ赤になる。こっちが申し訳なるくらいだ。自分から人に話しかけるところをほとんど見たことがない。いったい誰が彼を誘ったのだろう?

「なあなあ、﨑里ちゃん、川崎出身って? 川崎ってすげー都会なんやろ? ここのモール、どうよ? ちっさすぎて、物足りんのじゃね? 店とかさあ、だっせーのしかなくね?」

 ふだんなら、川野が無邪気に私に言ってきそうな言葉だ。でも佐藤くんの口調には自虐的な感じがありありと感じられ、あまり気分が良くなかった。

「川崎って言っても、都会なのは大きな駅前ぐらいだよ。モールとか、すぐに行けない地域だってあるし、うちからだって、電車に乗らないと行けなかったよ」

「そうなん? だって、川崎って、隣がもう東京やねえん? 横浜よりも東京にちけえんやろ? それでさ、神奈川の女の子の制服、可愛いの多いよな。で、スカートの長さがびっくりするくらい短いんな! 俺、こないだテレビで見たんやけど、あれ、みんなそうな? みんな、あんな短いスカート履いちょるん? え、﨑里ちゃんもそうだったん? やばくね? 友達の写真とか、持ってねえん?」

 これにはさすがにうんざりして、返す言葉が見つからなかった。

「佐藤、あんたジュースで酔ってんの?! ちょい下品すぎ! ピピーっ、はい、そこまで、そこまで! これ以上やったらレッドカード!」

 半ば本気でイラついた美羽ちゃんの強烈なコメントに、佐藤くんはすごすごと引き下がり、黒木ちゃんと私は目を合わせて苦笑した。窓辺の矢野くんが真っ赤な顔をしてうつむいている。村居くんがやれやれと言った顔で、ジュースを飲む佐藤くんの背中越しに、取りなすように話しかけている。川野も笑いながら、ずずずと音を立ててアイスティーのストローを吸い、窓辺に柔らかな目を向けた。

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