第45話 十月二十二日(土)ー2 お父さんのアルバムー2

 そのとき居間の電話が鳴り、おばあちゃんは和室を出て行った。私は構わず、アルバムのページをめくっていった。部活の写真はないのだろうか? ページを繰る。さらにもう一枚。あった! 試合の写真のようだ、きりりと引き締まった表情で弓を引くお父さんが写っていた。今よりスリムで、横顔の顎の線がシャープに切れ上がっている。確かにこれは私にそっくりだ。いや、私が似ているのか。その隣は同じ競技会に参加した弓道部員の集合写真のようだった。そして、数枚のスナップショット。


 と、私は声を上げそうになった。“袴の彼”がいる!? 試合後の写真だろうか、お父さんとお母さんと“袴の彼”の三人が並び、それぞれが胸の前で賞状を広げて写っている! お父さんは自信にあふれた笑みを浮かべ、お母さんは挑むようなまなざしで微笑んでいる。“袴の彼”はあの茫洋とした表情を浮かべている。その写真の隣には、ふざけて“袴の彼”がお父さんの背中におぶさっている浜辺でのスナップショットもあった。 “袴の彼”が思いっきり笑っている! 破顔したとこなんて見たことがなかったので、一瞬誰だかわからなかったのだが、隣の写真と何度も見比べて、同じ人だと確信した。ふたりで肩を組んでいる写真もある。“袴の彼”が後ろからお父さんの頬を引っ張って笑っている写真もある。


 お父さんと“袴の彼”は、ふざけあえるような仲の良い友達だった? ちょっと待って、たしか、川野のお父さんは、うちのお父さんと弓道仲間だったと言っていた。同級生だったと言っていた――ということは、これは川野のお父さんなのだろうか?


 あの憔悴が張り付いたような無表情な顔をした川野のお父さんと、このはつらつとした高校生が同一人物なのかどうか、正直なところ、私には判別がつかなかった。しかも、川野のお父さんは弓道場に現れる幽霊のような“袴の彼”の正体について、何一つ心当たりがないようなそぶりだった。いやいや、何より、川野のお父さんは生きているじゃないか? どういうことだろう? この古い写真に写る、少なくとも当時は確実に生きていた“袴の彼”は、本当に川野のお父さんなんだろうか? それとも、川野のお父さんが何か理由があってひた隠しにしている、親戚の、若くして亡くなった人なのだろうか?


 入学式のクラス集合写真のページに戻ってみる。大判の写真にひとクラス全員がひしめき合って写っている。あまり写りの良くない写真なので顔を見分けるのは難しいし、何より、これじゃあ名前の確認ができない。……そうだ、私は押し入れをもう一度開け、この二冊のアルバムがあった付近をさぐってみた。あった、お父さんの高校時代の卒業アルバム。ページをめくる。毛穴のひとつひとつまで容赦なく写し取った証明写真がずらりと並べられたような、個人写真のページ。あいうえお順の名前とともに卒業生全員の顔写真が載っている。「小嗣竹史」という名を見つけた。無表情なその顔は、行射が終わり、私のほうに向きなおった“袴の彼”の顔そのものに見えた。小嗣姓はひとりだけだった。


 緑のアルバムの最後には、学校の弓道場のそばで三人が写る、少し大ぶりのスナップショットがあった。袴姿のほっそりした女の子を中央に、向かって左に袴姿のお父さん、右に小柄な“袴の彼”。見開かれた“袴の彼”の瞳はハシバミ色をしている。いかなる感情も読み取れない、その不思議な表情に、先日会った川野のお父さんを思い出した。川野に確認してみなければ。“袴の彼”が写っている写真をすべて、スマホで撮影した。

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