第41話 十月二十日(木)ー6 気まずさ

 ご飯食べてったらいいのに、せっかくいっぱい作ったのに、としきりに誘ってくれる川野の優しさは身に染みた。でも、どうしようもない気まずさに私は耐えきれず、おばあちゃんが待ってるからと、そそくさと川野の家を後にした。


「父ちゃん、そしたら先に食べとって。俺、﨑里ちゃんをバス停まで送ってくる」


 バス停に向かいながら川野が言った。

「ごめんなあ、﨑里ちゃん。うちの父ちゃん、無愛想でさ、昔っから友達には評判悪いんよ。やけん、気が進まんかったんやわ。びっくりしたんやねえ?」

「ううん、こちらこそ、ごめんなさい。いきなり変な質問をして、川野のお父さん、きっと、おかしな奴だって思っていたよね」

「﨑里ちゃんの両親の話を始めたときには、ずいぶん饒舌やったけん、お、珍しく機嫌がいいやん? って思ったんやけどなあ。それにしても、うちの父ちゃんと﨑里ちゃんの両親が同級生やったなんて、全然知らんかったわ」


 川野も何も知らなかったのか。川野は中学生の時から弓道教室に通っていると言っていた。そのうえ、彼は高校の部活で、かつてお父さんの所属していた部に入り、かつてお父さんが弓を引いていた弓道場で毎日練習しているのだ。親子で弓道の話をする機会は何度もあったはずだ。それなのに、川野のお父さんは自分の高校時代の思い出話を一切しなかったのだろうか? 男兄弟のいない私には、よくわからないのだけれど、息子と父親って、そういうものなんだろうか?


 私は話を変えた。


「ずっとここに住んでるの?」

「いんや。ここはもともと、小嗣のじいちゃんばあちゃんの家やったん。俺はもともと福岡生まれ福岡育ち。小学校二年生のときにじいちゃんが死んで、ばあちゃんひとりやと心配やけえって、父ちゃんが俺を連れてここに帰ってきたってわけ。五年生の時にばあちゃんも死んで、それから父ちゃんと二人暮らし」

「川野も転校生だったんだ」

「そうよ。父ちゃんのほうは、もともとここで生まれ育ったんやけえ、出戻りみたいなもんやけどな」


 バスはすぐにやってきた。乗り込んだ私が窓から川野の姿を探すと、彼は笑って手をあげた。人懐っこい笑顔を浮かべて、見えなくなるまで手を振ってくれた。

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