混迷
第36話 十月二十日(木)ー1 三つ編みとアバンチュール
翌週の木曜日、川野は部活を早上がりしてくれた。自転車通学なので、先に帰って待っとるからバスで来てと指示された。私は放課後に図書室で時間をつぶし、トイレで鏡を見た。二つに分けて固く編んだ三つ編みは、ひどく子供っぽく見えた。少し考えたあと、三つ編みをほどいてうなじのあたりでバレッタでひとつにまとめ、私は川野の家に向かった。
学校近くのバス停で駅行きのバスに乗り、駅で別のバスに乗り換えてからさらに二十分の乗車。思いのほか遠い。バスを降りると、丘陵と田んぼの広がるのどかな風景が広がっていた。バス停まで川野が迎えに来てくれていた。用水路をちろちろと軽やかに流れる水の音を聞きながら、十分ほど田んぼに囲まれた小道を歩き、ようやく川野の家に着いた。先に玄関に入った川野が、キタナイところですが、と首をすくめた。
「父ちゃん、六時ごろには帰ってくるってさ」
「他の家族の方は?」
「え、言っちょらんかったっけ? 俺、父ちゃんと二人暮らし」
私はちょっと動揺した。
「あ、ほら、でも、妹さんがいるとか、言ってたじゃない?」
「あー、妹は母ちゃんとこ。別居しとる。俺が小学生の時に、母ちゃんと父ちゃん、別居したんよ」
それを聞いて、さらに気まずくなった私の顔を見て、川野はすぐに慌てて付け加えた。
「いやいや、母ちゃんのことなら、気にせんで。いやさ、いまどき別居ぐらい普通っしょ。気にせんでよ、何も死んだわけじゃないんやけえ……」
そう言いかけて、お遊戯を失敗した子供のような顔になった。ああ、川野も知っているのか……でも、それもそうだろう、と気を取り直し、
「うちのお母さんのことは気にしないで。そうじゃなくて、父親と二人暮らしの男子高生の家に、お父さんの不在時を狙ったかのようなタイミングで、夕やみに紛れて女子高生がやってくるだなんて、清く正しい世間一般のモラルに照らし合わせると、どれだけ「みだら」な「アバンチュール」なんだろうか、って考えていたの」
川野は吹き出した。
「言っとくけど、俺、人畜無害ですよ、何もせんけん。はい、「みだら」な「アバンチュール」は期待せんといてください」
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