第33話 十月十三日(木) “袴の彼”と川野

 川野が朝練にやってきた。日の出時刻が遅くなったのに合わせて、三十分遅らせてやってきたのだが、それでももう日の出時刻ぎりぎりだ。あとひと月もすれば、屋外の弓道場での朝練は難しくなるかもしれない。でも、いまのところ、川野はまだ律儀に私に付き合ってくれている。


「うー、やっぱりうまくいかんなあ」

 二射終えて、川野が顔を曇らせた。いまだに例のスランプから抜け出せていないらしい。

「射型のどこに問題があるんか、わからんのよな。先生に言われたとおり、正しとるつもりやにい」


 こちらに向かって、そう声を張り上げると、しばらく考えていたが、再びゆっくりと足踏みを始めた。胴造り、弓構え、打起し、引分け……そのとき、今日も隣でいつものように静かに弓を引いていた“袴の彼”が、川野のぼやきが耳に入ったかのように、彼の方に目を向けた。三十分遅らせてやってきた私たちに合わせ、“袴の彼”も今日は稽古の時間を遅らせてくれたようだった。その彼が弓を下ろし、川野を見ている。今までになかったことだ。そして今、川野の背後に近づき、彼が引いている弓と右手に自分の手を重ねる。会、離れ……残心。的中した。川野は真剣な顔のまま、わずかに目を見開いた。もう一度。“袴の彼”がやはり川野の肩をそっと押さえて型を直す。的中。川野は首をひねり、“袴の彼”はわずかに口元を緩めた。そして、弓道場の奥へと消えていった。

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