第32話 十月十二日(水) “袴の彼”ー6

 今朝も“袴の彼”は稽古に励んでいる。浮き立つような気分でプール棟の窓から見つめる私の視線など感じないように、ひたむきに前を見据え、構える。残暑が引くのと同時に日の出は遅くなり、今では私が学校に向かうのはまだ町のそこここに闇の残滓ざんしが残る未明となってしまった。おばあちゃんは、少し登校時間を遅らさん? と心配そうに言うが、“袴の彼”の件がはっきりするまで、できれば今のままでいたかった。ほの暗い弓道場に彼の姿が浮かび上がる。的は見えているのかしら? 稽古に支障はないのかしら? 私の心配はいつも杞憂に終わる。“袴の彼”は天候を気にしないのと同じく、暗さも気にならないらしい。やっぱり幽霊なのかな、私はちょっと不安になった。

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