第4話 七月二十七日(水) 夏の九州

 転入試験を受けるため、そしてお母さんのお骨をお墓に納めるため、私はお父さんと九州に向かった。早朝に羽田を飛行機で発って一時間半、そこからさらに三時間以上かけて連絡バスと電車を乗り継ぎ、正午前に、ようやくお父さんの故郷に着いた。川崎より空気が濃い気がした。持続低音のようなセミの声のうなりと、したたるように鮮やかな木々の緑が有無を言わさず押し寄せてくる。私は酔ったような気分がした。


 駅まで迎えに来てくれたおばあちゃんが、目に涙を浮かべ、裕佳子ちゃん、よう来たなあ、よう来たなあと何度も言って、私の頭を撫でた。

 どこか高みで鳥が鳴いた。澄み切った声にビブラートをかけ、複雑な節回ふしまわしを朗々ろうろうと繰り返す。これまで聞いたことのない、豊かなさえずりだった。


 家の中に入ると、外の蒸し暑さが嘘のように涼しかった。どうやら家の向きの関係と、風がよく吹き抜けるからのようだ。縁側えんがわにはすだれが下がり、その隙間から背の高いヒマワリが幾本も空に向かって頭を反らしているのが見える。部屋の隅では蚊取り線香からうっすらと白い煙が立ち上っている。ときおり南部鉄なんぶてつの風鈴がちりいんとお鈴のような音を響かせる。その音とともに縁側から草いきれがぷうんと香ってくる。川崎の高層マンション育ちの私には、すべてが新鮮だった。


 その日の午後、お父さんとおばあちゃん、それに彩おばちゃんと私の四人で、お母さんのお骨を納めに行った。﨑里さきさと家の菩提寺ぼだいじはおばあちゃんの家から歩いて十五分の所にあった。彩おばちゃんが貸してくれた濃紺のレースの日傘をさし、前に傾けたその縁からお父さんのズボンの足と黒い靴が規則正しく動くのを見ながら、何も考えずに歩いた。お骨納めはすぐに終わり、彩おばさんは子供―つまり私の四人の従兄妹のうちのひとりだ―の調子が悪いから、と申し訳なさそうに帰っていった。

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