第2話 六月五日(日) 引きこもり

 葬儀と一連の手続きがどうにか終わり、親戚たちも去り、弔問客ちょうもんきゃくが家を訪れる回数もすっかり減った。九州のおばあちゃんと彩おばちゃんも帰ってしまい、家は急に静かになった。静まり返った家の中には、海水浴のあとそのまま乾いてしまった手足のように、どこかざらりとした違和感が残された。急に、ここがこれまで自分が住んでいた家なのかどうか分からなくなり、私は軽いパニックに襲われた。そのころ外に出るたび必ずどこかから聞こえてきたささやきに、もう神経が参ってしまっていたのだろう。


 お母さんをはねたのは、未成年の――私と同じ高校に通う一年生の男子生徒だった。親の車をこっそり借り出し、もちろん無免許で、友達二人と暴走したあげく、見通しの悪い小さな交差点で出会い頭にお母さんと近所の小学生の男の子をはね飛ばしたそうだ。男の子のほうは命に別状なかったものの、右大腿骨みぎだいたいこつを折る大けがを負った。お通夜で聞こえてきた噂話では、お酒も飲んでいたらしく、さらにそのまま逃げようとしたらしい。一時停止がない交差点だったの、お母さんが飛び出してきたので慌ててハンドルを切ったら小学生まではねてしまっただので揉めたようだけれど、私は事故の詳細には興味がなかった。いまさらそれを知ることで私の生活の何が変わるのか、そんなことに時間をかける必要があるのか、ちっともわからない。


 私が入学したばかりのその高校は、それなりの名門進学校だった。生徒の無免許・飲酒・ひき逃げ事件なんて、前代未聞の大事件だったろう。おそらく学校と犯人の家族は、世間に衝撃を与えたこの事件について、いかに噂話をもみ消し事実を風化させるか、いかに学校の名声を守り抜き、いかに男の子を世間から隠匿いんとくし保護するかで、連日頭を悩ませていたことだろう。


 どこにいたって、かならず誰かのささやき声が聞こえてくる。同情の、好奇の、それに悪意の込められたものまで。私は学校に行けなくなった。学校だけでない、家の外に出るのが怖くなった。それはどんどんエスカレートして、家の外どころか、自分の部屋から出るのですら、恐怖を感じるようになった。私は一日中、カーテンを引いた自分の部屋で、ブランケットにくるまって本を読んで過ごすようになった。

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