　光艶（こうえん）の巨大な右翼は、天（あま）つ風をも切り裂き加速する！黑（くろ）明ける、金碧珠（きんぺきしゅ）色の黎明を突き抜けていく鏡鶉（ミシュン）と手を繋いでいなければ、暴風で翼広げるのすら覚束無い僕はとうに振り落とされていただろう！

「鏡鶉（わたし）達『鶉（うずら）』の駒は成長すると、渡りをする群れから弾かれてしまうの。巨大な翼では、茂みに隠れるのも困難。隠れる度に仕舞えない翼を擦らせて痛め、やがて飛べなくなる。だけど禽駒（とりごま）として憚（はばか）らなくていい私なら、『硬質化させた右翼』で奇（・）っ（・）怪（・）でも轟速（ごうそく）の飛翔が出来る！どいてっ、〖燕】ちゃん！」

　僕達は左（・）飛（・）翔（・）に円弧を大きく描き、〖燕前線】の間隙（かんげき）を突っ切る！瞠目した一部の〖燕】達と脆い屋根が衝撃波に吹っ飛ばされた！

「あと三秒後に着くけど、尾羽（ラダー）が短いから微細な方向転換は無理！ち（・）ょ（・）っ（・）と（・）雑な着地だよ！」

　〖陽ノ天守閣〗にて僕達を呆然と見上げる鵬飛（ユキト）！を、認識した瞬間その隣を掠めて突っ込んだ！襖も墜ちた鯱（しゃちほこ）の飾り瓦も破壊した僕達は爆撃機か……。

「今のは、鵼（ヌエ）か！？」

「ただいま……鵬飛（ユキト）……。再会の感傷より、ちょっと身体が痛いよ……」　

　瓦礫（ガレキ）の中から僕の手を引いた掌に、焦がれた体温を確信した。見上げれば、彩雲（さいうん）の睡鳳眼（すいほうがん）に、少しボロボロな僕が映る。美麗な顏（かんばせ）で苦笑した鵬飛（ユキト）は、僕の乱れた柳茶（やなぎちゃ）色の髪を耳にかけてくれて……そのまま力強い腕（かいな）で優しく抱き寄せた！？〖陽ノ城〗の白檀の香は、鵬飛（ユキト）の濃藍の髪の香りとも同じ……。鵬飛（ユキト）の思わぬ吐息と強まる体温に僕の鼓動が踊り狂ってるけど、『中性』の僕はどんな反応をしたらいい！？

「ななななんか、変だから離してくれる！？」

「雛禽（ひなどり）の鵼（ヌエ）は私の事が『好き』なんだろう？散々心配を掛けておいて、羽毛で安心を確かめさせてくれないのか」

「ソ、ソダネ……。でも鵬美（トモミ）の事も話したいし、鏡鶉（ミシュン）を助けなきゃ」

「あいたたぁ……また着地大失敗」

　丁度瓦礫の中から、鏡鶉（ミシュン）が這い出たところ。ぴょこんとした冠羽が乱れてて可哀想だ……と僕が駆け寄ろうとするのに、鵬飛（ユキト）は離してくれない。まだ安（・）心（・）したいのかと思ったけれど、鵬飛（ユキト）は冷徹に鏡鶉（ミシュン）を見下ろした。

「【陰（いん）ノ右鶉（みぎうずら）】。〖陽ノ天守閣〗に来た意（・）味（・）は分かっているのか」

「勿論です、〖陽（よう）ノ鵬（ほう）〗」

✼••┈☗7七右鶉┈••✼

　立ち上がった鏡鶉（ミシュン）が黄水晶（シトリン）の瞳を硬質に反射し、鵬飛（ユキト）に向かい合った瞬間。肝が冷えた！

「危ない、鏡鶉（ミシュン）！」

　僕の声に鏡鶉（ミシュン）が左蹴出歩（レフトステップ）すると、白羽（しらは）の矢が畳に連続して突き刺さる！

「やめろ、弓鶴（ユヅル）。【陰（いん）ノ右鶉（みぎうずら）】は、私（・）に（・）一（・）手（・）を（・）打（・）っ（・）た（・）のだ」

「王（・）手（・）だからこそです、我が主。雪辱を【陰（いん）ノ右鶉（みぎうずら）】に果たさせて下さい」

　柘榴石（ガーネット）の狐目細め、冷えた美貌で淡々と語るのは、緋の和弓（わきゅう）を構えた〖陽（よう）ノ鶴（つる）〗。両頬に三本緋の刺青が彫られた、白銀の長髪の男だった。鏡鶉（ミシュン）との過去の戦いで、卵の僕を盗んだのが弓鶴（ユヅル）か！疑念の男が鵬飛（ユキト）の傍に居るだけで、不安が燻る。

「彼女の轟速に敗北した弓鶴（おまえ）では勝てない。王手には、必ず応えねばならない定め（ルール）だ。邪魔立ては無用」

　僕を抱（いだ）く鵬飛（ユキト）の腕（かいな）が緩んでいくのに、ハッとする。この腕を離してはいけない！

「待ってよ、鵬飛（ユキト）！鏡鶉（ミシュン）は、僕を〖陽ノ地〗まで連れて来てくれただけなんだ！王（・）手（・）だなんて何かの間違いだろ！？」

「間違いじゃないよ、鵼（ヌエ）。鏡鶉（わたし）は鵬飛（ユキト）様に王手をかけた。私は、鵼（ヌエ）の選（・）択（・）肢（・）そ（・）の（・）も（・）の（・）を破壊しに来たの。……ごめんね」

　少し謝意混じりに眉を下げた、鏡鶉（ミシュン）の澄んだ微笑を理解したくない。選（・）択（・）から目を背けていたのが、僕だったからこそ。

「何言ってるの……鏡鶉（ミシュン）。二人が戦う必要なんて、これっぽっちも無いよ！」

「鵼（ヌエ）を頼んだ、誉鷹（シゲタカ）」

　睫毛を伏せた鵬飛（ユキト）は、腕にしがみつく僕の手を力ずくで解く。虚しく突き飛ばされた僕は、後ろに居た誉鷹（シゲタカ）に受け止められた。

　――翻る翼達！天守閣から黎明の空へ飛び去る鵬飛（ユキト）と鏡鶉（ミシュン）は、空気遠近で霞んでいく。僕が、決死に指先を伸ばしても！

「お願い……離してよ、誉鷹（シゲタカ）！」

「再会の時くらい、安堵させて下さい。鵼（ヌエ）が帰って来ないから、もう少しで誉鷹（おれ）が【陰ノ地】へ飛ばされる所だったんですよ。怖い女性ばかりなのに」

「羅鶴（ラカク）に、鷹子（ヨウコ）？災難な色男だね」

　捕らわれたまま、僕は小さく睨み返す。また悪い冗談を覚えましたね……と軽口を叩きながらも、誉鷹（シゲタカ）は伽羅（きゃら）色の鷹眼を金に閃めかせた。腰の太刀を何時でも抜刀出来る彼は、黎明の空へ飛翔しようとする僕を逃がす気は無いのだ！

✼攻〖陽（よう）ノ鵬（ほう）〗•┈☖7七鵬┈•【陰（いん）ノ右鶉（みぎうずら）】防✼

　金と朱の水平線から、螺旋の帆翔（ソアリング）で舞い上がる、翼ある双星は瞬く。高き天上は昏（くら）く、未だ青褐（あおかち）色を忘れない。

　美麗な顏（かんばせ）を顰めた鵬飛（ユキト）が両手を天上へ掲げれば、昏（くら）さを突き抜ける光柱で、銀閃の両手剣（ツヴァイハンダー）は顕現した！九尺の刃で空に拡散された鵬雲（ほううん）は、蒸着水晶（アクアオーラ）の翼と重なったように錯覚する。刃の無い根元（リカッソ）は握られた。

「一つだけ問おう。何故鏡鶉（おまえ）だけで、王（・）手（・）を打ちに来た？戦略的では無い」

　剣先を構えられても、鏡鶉（ミシュン）は冷静だった。糸光（しこう）の右翼を誇り、可憐な睫毛先にすら気魄（きはく）を巡らす。

「これは鏡鶉（わたし）個人の願い。鵬飛（あなた）を廃すれば、今の戦禍は終わるからです」

「真っ当すぎるな。【陰ノ地】から鵼（ヌエ）を帰す理由にはならない！本音を言え！」

　鵬飛（ユキト）は両手剣（ツヴァイハンダー）の強靭な銀閃で、金風をも切り払う！睨み返す鏡鶉（ミシュン）は右翼を盾の如く硬質化させ、銀閃を受け止めた！

「【陰ノ地】に居たら、あの子は傀儡（かいらい）になってしまう！鵬飛（あなた）はどうなんですか！『王の器』の証をもつ鵼（ヌエ）が脅威になる事を知っていたはず。何故、見守り続けたの？」

　鏡鶉（ミシュン）は、黄水晶（シトリン）の瞳に澄（・）ん（・）だ（・）光（・）を反射した！両手剣（ツヴァイハンダー）を跳ね除けた、硬質な右翼で屠る重厚な一撃！俊敏な右飛翔で躱した鵬飛（ユキト）は、澄（・）ん（・）だ（・）光（・）に彩雲（さいうん）の睡鳳眼（すいほうがん）を惑わせる。

「初めはただ、得体の知れぬ卵（・）の（・）鼓（・）動（・）が（・）恐（・）ろ（・）し（・）か（・）っ（・）た（・）。だが殻が弾け、衝動的に掴んだ鵼（ヌエ）の手が……温かい、と思った。孵化した煌めきと純粋な笑顔は、焦がれるような生命（いのち）の温かさを……鵬飛（わたし）に教えてくれた」

「翼の内で感じた卵（・）の（・）鼓（・）動（・）が（・）愛（・）し（・）か（・）っ（・）た（・）。一生懸命で、可愛くって。二度と会えないと思っていたのに……再会したあの子の温かさに、もっと一緒に居たいと思ってしまった。鵬飛（あなた）も同じなのですね。あの子を愛しているなら、鏡鶉（わたし）に貴方を廃させて下さい！望まぬ決闘で、鵼（ヌエ）か貴方が散る前に！」

　右翼を翻した鏡鶉（ミシュン）は、左（・）飛（・）翔（・）に大きな円弧を描き白鎌風（しらかまかぜ）を纏い始める。轟速の脅威に、鵬飛（ユキト）は眼光を研ぎ澄まさせた。

「鵬飛（わたし）は、まだ死ぬ訳にはいかない！北の果ての海で生まれた幼き『鯤（こん）』の時から、鵬美（トモミ）と私は共に生きると誓ったのだから！空将棋盤（からしょうぎばん）上で繰り返される戦禍を、終わらせる抜（・）け（・）道（・）に辿り着けば、鵼（ヌエ）が『王禽（おおとり）』になる可能性など無くなる！私と鵬美（トモミ）が王座に居る今戦で、共に戦禍を終わらせ、鵼（ヌエ）が笑みのまま飛べる世に変えてみせる！」

「不本意ですが、鵬飛（あなた）の戦意を削ぐ為にお伝えします。戦禍の抜（・）け（・）道（・）を追求した結果、鵬美（トモミ）様は『空』に消えたのです！」

　轟速で掠める、硬質な翼先！耐えた金属音を白銀に散らす！呆然と見開かれた鵬飛（ユキト）の瞳は、傍らを轟速で過ぎ行く少女の眼差しと交差した。

「……馬鹿な。この戦禍はいまだ止（や）んでいない。私を欺く気か！」

「嘘ではありません。『空』から鵼（ヌエ）という卵を創（・）造（・）した鵬美（トモミ）様は、やがて『空』へと消えたのです。『王の器』がある鵼（ヌエ）は、消えた鵬美（トモミ）様と鵬飛（あなた）の為なら、どんなモノだって犠牲にしてしまうでしょう。危ういんです。怨まれても、私は鵼（ヌエ）に生きていて欲しいと願ってしまったの」

　鏡鶉（ミシュン）は黄水晶（シトリン）の瞳を優しく細める。儚い微笑だった。

「真実を知った鵼（ヌエ）の『最善の選択』を尊重したいと思う反面、本当は王なんて成らなくていいって思う。鵬飛（あなた）と鵬美（トモミ）様より、私が守りたいのは鵼（ヌエ）なの。だから私は鵼（ヌエ）との『一緒』を空に賭けます！」　

「駄目だ、来（・）る（・）な（・）！私の生命（いのち）はやれない！私はまだ鵬美（トモミ）との再会を諦められないのだから！」

　咆哮した鵬飛（ユキト）に向かい来る、轟速の白鎌風！覚悟貫く鏡鶉（ミシュン）と銀閃の両手剣（ツヴァイハンダー）が切り結んだ刹那――――。

――――墜ちたのは、腥風（せいふう）絡む少女だった。強まる朱（あか）い水平線は、齎される供物に大口を開けるが如く。太（・）陽（・）は（・）何（・）故（・）、彼（・）女（・）を（・）喰（・）ら（・）お（・）う（・）と（・）す（・）る（・）の（・）？

「イヤ҉ダァ҈҉ぁ̸̴̸̶̶̴̸҈̸̶̷̵҈̶҉"̵҉҈̶̴҉̴̵̷̸҉̴̶̷̸！̸҈̷̴̸̴̸҈̶̷̴̷̵҈̶ア"！！鏡鶉（ミシュン）ッ！！」　

　打てや、心（しん）の天鼓（てんこ）を！激情に泣き叫ぶ僕の脊髄を、本能を、オゾましい太陽を、金碧朱（きんぺきしゅ）の天地（あめつち）を、黄金の雷（いかづち）が貫いた！眼窩と喉が痛い。朱（あか）滲む黎明を唸る暗雲が覆い、純粋なる『黑（くろ）』の帳が降りる。虎眼（まなこ）に染みる。

　黄金の虎翼を広げた僕は、無意識に誉鷹（シゲタカ）を振り払う！頭が割れそうだ。突き飛ばされた誉鷹（シゲタカ）は、異（・）様（・）な（・）泣（・）き（・）声（・）で雷轟（らいごう）に化した禽（トリ）に放心する。疾風迅雷（しっぷうじんらい）！落雷から還り、大地に降りれば……墜ちた少女はまだ息をしていた。慈愛に満ちた微笑を僕に返す。

「孵化した貴方に出会う事が出来たなら、ずっと伝えようと思ってたの。……生まれてきてくれて、ありがとう。大好きだよ、鵼（ヌエ）」

「まだ間に合う、『裏切って』よ！鏡鶉（ミシュン）！」　

　微笑が解けゆく鏡鶉（ミシュン）は、首を緩く振る。右翼と脇腹の深い切創（キリキズ）から血溜まりが広がり……土を染める度に、黄水晶（シトリン）の瞳が曇っていく。僕の手の甲に降り始めた雨粒が、ポタリと降ちた。再会した時の鏡鶉（ミシュン）の涙とは違い、綺麗じゃない雫。

「私に鵼（ヌエ）は殺せないよ。死ぬのは怖いけど……大切な人の生命（いのち）が手の内から零れていく方が怖い、かな……」　

　ああ……そうか。瞼を閉ざした鏡鶉（ミシュン）は、僕が『大切な人』の為に、【陰（いん）ノ王禽（おおとり）】の座を選ぶ事が分かっていたんだ。だから、こんな無謀に打って出た。僕を死なせない為に。

✼勝〖陽（よう）ノ鵬（ほう）〗•┈☖7七鵬┈•【陰（いん）ノ右鶉（みぎうずら）】負✼

•┈敗北者:【陰（いん）ノ右鶉（みぎうずら）】二者択一後、『死』┈•

　決壊した僕が泣き叫ぶ度に黎明は歪み、空は黑（くろ）い暗雲に呑まれていく。叩く雷雨は全てを濡らす。

「私が憎いか、鵼（ヌエ）」

　しゃがみ込んだ僕が見上げれば、舞い降りた鵬飛（ユキト）の蒼白い頬と濃藍の髪に雨が伝う。雷（いかづち）に虎翼は輝くのに、鵬飛（ユキト）を憎（・）悪（・）で（・）き（・）な（・）い（・）自（・）分（・）を改めて悟る。顏（かんばせ）を強張らせた鵬飛（ユキト）は悲痛を押し殺していた。落雷が明るみにした、彩雲（さいうん）の睡鳳眼（すいほうがん）に怯えが映れば、僕の心臓は鋼糸（ワイヤー）で縛られたように痛んだ。やっぱり、『大好き』をやめられない。

「そ（・）う（・）だ（・）ね（・）。戦禍の悲劇という理由で、赦（ゆる）してあげられない。鏡鶉（ミシュン）の願いは叶えられないよ。鵬美（トモミ）と空を手にいれるのは、【陰（いん）ノ王禽（おおとり）】に成る僕だ。次に鵬飛（ユキト）と会う時は、どちらかが死ぬ時だね」

　嘘ばっかり。羽ばたきの気配に振り向けば、白銀の長髪を濡らし、幽霊のように佇む弓鶴（ユヅル）が居た。

「兄を含めた弓鶴（わたし）達、『袖黒鶴（ソデグロヅル）の一族』にはある怪鳥の言い伝えがございました。その名は『鵺（ヌエ）』。青白磁の卵から孵化し、猿の顔、狸の胴体、虎の手足と翼を持ち、尾は蛇。虎鶫（トラツグミ）にも似た異様な鳴（・）き（・）声（・）で黒煙を生じさせ、空を喰らう。卵を見つけ、この世に孵化した場合は鵬（ほう）の元で『見定めるように』と」