2杯目 ずれた報告と納豆太巻き(3/3)

 現地解散後は何事もなく、ちょっと明るい時間に帰宅できた。


「ただいま!」


 いつも通り、誰もいない部屋に向かって帰宅の挨拶してオフモードに移行。

ちょっと声が大きくなったのは仕方ない。

やはり苛立ちは私の中に溜め込まれている。


 早急に、この疲れと怒りを昇華させる必要がある。

こんな時は、あれだ。

調理に取り掛かる。


 冷凍庫を開けて、中から冷凍しているご飯を取り出して、電子レンジで解凍を開始する。

それと同時に、ジップロックに乾燥剤と一緒に保存している、大判の海苔を取り出した。

コンロで火をつけて、海苔を軽く炙る。

少し香りが立って、パリッとしてくるのを確認して、まな板の上に海苔を広げた。


 そう、こんな時はかぶりつくのだ。

野生的に、本能のおもむくままに。

いつもの納豆ご飯みたいな上品な食べ方では満たされないそんな時にこそ。

私はこいつを登板させる。


 冷蔵庫を開き、中に鎮座する納豆を拝んでから一パック取り出す。

納豆の量が多すぎるとこの後が食べにくくなってしまうため一パックだ。

そして、深めの納豆用の皿に納豆を移して錬成を開始する。


 いつも通り、鰹節と万能ネギを入れて醤油を入れる。

今日はストレスが溜まっているので刺激を求めて辛子も入れる。

調味料を入れ終わったら、スプーンを使って混ぜ始める。


 ねりねりねりねり。


 体に残る怒りを込めて納豆を練り上げるが、この後の工程を考えると今日は練りすぎは良くない。

ある程度浅く納豆を混ぜたところでご飯も解凍、温めが完了した。


 まな板の上に広げられた海苔の半分くらいに、ほんの少し残して、温まった白米を広げる。

なるべく、均等に。

無心で米の平野を作る。


 その上に納豆を乗せる。

ひき割り納豆の方がやりやすいのだが、野生味、ワイルドさを残すためにも普通の納豆でいく。

豆の食べ応えは、食べた時の満足感をより一層ましてくれる。


 ……はずだ。


 納豆を乗せると、更に一手間。

塩昆布と天かすを少々追加だ。

昆布の旨味と、天かすの歯応えは一段階上の料理として押し上げる。


 乗せ終わった納豆達が脱走しないように、両端を残しておいた白米で封鎖。

いよいよ最終工程に入る。


 ご飯側の方から、巻いていく。

慎重に、そしてしっかりと。


 ぎゅ、ぎゅ。


 段々と納豆が黒い海苔に包まれていく。

真実が闇に包まれていくのを想像してしまい、一瞬怒りに囚われかける。


 ぎゅ、ぎゅ。


 ダメだ。

怒りを込めてはダメだ。

自分に言い聞かす。


 キツく巻きすぎると破裂してしまうが、緩すぎてもぼろぼろと崩れてしまう。

ここでの油断は今までの工程を台無しにしてしまうのだ。

引き続き、全神経を集中して、巻く。


 ぎゅ、ぎゅ。


 なんとか最後まで巻き終わって、納豆太巻きが完成した。


「食べよう」


 皿に移すのも面倒くさい。

私の怒りは収まっていないのだ。

配膳して形式を取り繕う余裕が、今の私にはない。


「いただきます」


 あーん、と大きく口を開けて頬張る。

ご飯の水気に負けて少しシナッとしてしまった海苔の食感と海の香りが一瞬漂う。

ただ、すぐにお宝の層に到達し、一瞬で口の中に納豆の香りが広がった。


「うん」


 大きくかじりすぎて口の中がいっぱいだが、これも幸せだ。

海苔や昆布、鰹節といった海と、それを遥かに凌駕する納豆。

加えて、時折訪れる天かすのサクッとした歯応えがいいハーモニーを生み出している。


「んぐ、うん」


 口の中に入れすぎて大変だ。

しかし、この食べ方でこそ得られる達成感がある。

本能を満たしてくれるのだ。


 なんとか一口目を飲みこむと、反対側から納豆がこぼれていないことを確認して二口目。

先ほどよりも納豆が少し少ない場所だった。


 しかし、この納豆の量のムラが良い。

海苔とご飯を強く感じて、海苔巻きとしてのポテンシャルを見せてくれる。

そして、少なかったとしても納豆の存在は確実にそこにある。

主張をやめない。


 ご飯多めのバランスだった二口目を食べ終えてもう一口。


「おっと」


 今度は納豆が多いらしく、こぼれそうになる。

しかし、逃がさない。

全部確実に食べ切るまでが納豆巻きだ。

納豆を作るときに使っていたスプーンを使って、脱走兵を捕獲して口の中へ入れる。


「うんうん」


 無心で納豆巻きを食べ進める。

こぼれないように、かぶりつく。

食べ進めると同時に、疲れと怒りが少しずつ消えていく。


 一口、一口と食べ進めていって最後の一欠片を残すのみとなる。

反対側は米で封鎖しているとはいえ、やはりこぼれやすいので慎重に。

こぼれかけている納豆はスプーンで塊の上に乗せて、心持ち大きい塊を一気に口の中に放り込む。

側から見たら、はしたないのかもしれないがそんなことは気にしない。

余さず、逃さず、食べるのみだ。


「んぐ、ぐ」


 少し大きく入れた様子でまた食べるのが大変だが、それもまた一興。

納豆、海苔、白米を中心としたコラボレーションが私の心を一気に押し上げていく。

沈み、怒りで闇堕ちしそうになる心を平常まで戻してくれる。

もぐもぐと食べていると、すぐになくなってしまった。


「ごちそうさまでした」


 私を支えてくれる納豆に感謝の意を込めて合掌する。

今日もなんとか無事に過ごすことができた。

また明日も頑張っていけるか、と思おうとしたが頭と胃袋が異をとなえた。


「……ちょっと足りない」


 呟いて、再び冷凍庫からご飯を解凍。

海苔を炙って、納豆を同じように作って、塩昆布と天かすを準備。


 怒りとストレスを撃ち抜く納豆巻きを再装填。

存分にお腹と心を満たすことにしたのだった。

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粘り粘りて 花里 悠太 @hanasato-yuta

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