2杯目 ずれた報告と納豆太巻き(2/3)
謝罪訪問を回避するべく戦っていた時から数時間後、私は丹波興業のオフィスにいた。
本日この場に来ている、勝田と私は当然別々に訪問して現地合流だ。
一緒に行くなんてまっぴらごめん。
受付が済み、顧客の案内を待っている間に勝田から、
「俺が報告するから余計なことは喋るなよ」
と、ありがたい指示をもらう。
私のテンションはこんなに低くなれるのか、と驚くくらいに下がった。
心がぐらぐらする。
いかん、心を揺らしちゃだめだ。
無を目指す。
心に水面を思い浮かべる。
波一つ立たない凪いだ水面。
客先で案内を待っている間、悟りをひらかんばかりに無に徹する。
勝田に返事もせず、お互いに無視したままだ。
すぐに、客先受付から会議室に案内された。
そこでは、いつもやりとりしている担当者さんが厳しい顔をして座っている。
普段穏和で話がわかるいい人なのだが、この様子だとあちらの社内でも色々言われてそうだ。
挨拶もそこそこに、勝田が持ってきた報告書ベースで報告が始まる。
事前に共有してくれなかった報告書を、この瞬間初めて目を通す。
……は?
なんだこれ。
ボリュームだけは分厚いが、内容が薄い。
想像以上にひどい報告書に眩暈がする。
『弊社管理しているシステムで、原因不明の停止が発生して現在調査中。
対策として、障害発生にもっと早く気づいて対応を迅速に行うように運用を徹底』
本当は、この腐れ野郎が、計画的な停止を顧客に共有し忘れただけなのに。
原因不明の停止?
私たち運用の対応が遅かったと?
まったく、受け入れ難い報告内容に愕然とする。
こんな報告を本気でするのかと思っている横で、ペラペラ、ヘラヘラと説明する勝田。
顧客前で内部バトルを起こさないように配慮する理性が残っている自分が恨めしい。
こいつを殴りたい。
頭の中で呪詛の言葉を並べながらも必死に耐える。
時間にして10分程度だろうか。
勝田が報告を終えるまで、手を出さずに耐え切ることができた。
えらい私。
なんとか呪いを外部に漏らさずに済んだが、ここからは顧客のターンだ。
「困るんですよねえ」
向かいに座っている担当者が深々とため息をつく。
本当に困ってるのがありありと伝わる。
そりゃそうだ。
担当者さんも上に報告しなきゃいけないのに、この内容じゃ大変だよ。
心の中で全力で共感していると、顧客に向かって勝田が回答する。
「はい、この度の障害は誠に申し訳ございませんでした。このようなシステム停止をまねいてしまいまして」
「原因はわからないんですか?」
「はい、調査は行っていますが原因がわかっていません。システムはこういうこともありまして」
「いや、システムが障害を起こすことがあるのはわかります。ただ、対策が急いで直しますっていうのが違うのではないかな、と」
「申し訳ございません、今回対応が遅れてしまったのが弊社の反省点として考えておりまして」
自分のやらかした内容を隠蔽するために作られた、あまりにもずれた報告。
お前ふざけんなよ? という怒りを押し殺してうつむく。
すると担当者さんが私の様子を見て、一つため息をついて穏やかに話し出した。
「まあ、今回はそんなに影響も大きくないですし。水戸さんのチームにはいつもお世話になってますからね」
思わぬ温かい調子で声をかけられてしまう。
みっともないと思いつつ、少し涙が出そうになるのを抑える。
思いもよらない展開に勝田がなんと言って良いのか迷った一瞬の隙をついて、食い気味でお礼を述べる。
「あ、ありがとうございます!」
「とりあえず、今日のところは報告ありがとうございます。原因調査と引き続き運用よろしくお願いしますね」
「はい!」
この担当者さんがいい人でよかった。
心の底から安堵すると同時に、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
そして私の葛藤を他所に、勝田が我が物顔で会議を締めた。
謝罪訪問を終えて、丹波興業のオフィスを出る。
当然のようにお互いに言葉を交わさずに現地解散だ。
このまま一緒にいたら私の手が血で汚れてしまう。
とりあえず顛末を共有しようと、オフィスに電話連絡すると友部がでた。
「お疲れっす」
「ほんと疲れたわ。ひどい報告だった」
「問題なく報告完了させたって勝田さんからチャット流れてましたよ」
「ごめん、これ以上その情報聞くとどこかに血の海が生まれそう。ちょっと黙ってくれる?」
「あー、なんというか。ご愁傷様っす。今日はこっちは大丈夫っすよ」
「ありがとう、直帰するわね」
「はい、お疲れっす」
これから先のことを考えてもやらなければならないことはありそうだが、今日はもう仕事する気にもなれない。
直帰の了承も得られたので、そそくさと帰路についたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます