2杯目 ずれた報告と納豆太巻き(1/3)

次の日。

朝の始業時間である9時ちょうどに出社。

5分前行動とか言われても知らない。

出社してるだけ偉いと褒めてほしいくらいだ。


リモートワークが普通になっていて、そもそもオフィスにあまり人がいない。

なんのために出社しているのかもわからないが、出社しろというので逆らうのも面倒くさいから出社してる。

席について、軽くストレッチとかしながら乗らない気持ちを無理やり仕事に向けようとすると友部が出社してきた。


「おはよーざーす」

「おはよう」


 実際、こいつみたいに10分くらいの遅れは遅刻ともみなしてないやつもいる。

そもそも、こいつに遅刻の概念なんかあるのか?

まあ、こう見えても会議の時間や予定があるときは時間守る。

きちんと仕事してくれるなら気にしない。


 人の話はいい。

兎にも角にも自分の仕事だ。

PCを立ち上げてメールやチャットに目を通す。


 ……早速嫌なものを見つけてしまった。

見て見ぬ振りをするか迷って、後回しにするために気づかなかったふりをする。


「げ。水戸さん、丹波興業に今日謝罪訪問するってチャット流れてるっすね」

「ああああああ、知らない、私は気づいていない」

「課長が水戸さん行くって返してますよ?」

「ふっざけんな、おっと、知らない、私は気づいてない」


 耳を塞いでロックバンド並みにヘッドバンキングする私に同情を込めた視線を送ってくる友部。


「ご愁傷様っす」

「お腹痛いから代わって」

「俺もお腹痛くなったっす」

「逃げんな」

「その言葉、そのまま返すっすよ」


 IT運用やっているエンジニアとして、避けては通れないのが顧客への謝罪だ。

システムは止まる。

体調を崩さない人がいないのと同じで、システムだって不具合は起こる。

ところが、体調なら理解をしてくれる人でもシステムだと理解してくれないことが多い。


 自分が顧客の立場ならわからんでもないけど、私は謝るのが嫌いなのだ。

特に、自分が悪いならまだしも、自分が悪くないことについてなら尚更だ。

後ろ向きと言われようが、出世に響くと言われようが知ったことか。


 課長出社したら文句言ってやる。

そう決意する。


「あ、課長が体調不良で今日お休みって連絡きたっすよ」

「ああああ! 逃げられた!」


 これが上に立つもののやることか。

面倒くさいことから逃げることにステータスを全振りしている課長の実力を再認識させられる。


 ……待てよ、私も同じことをすれば良いんじゃないかな?

名案。

幸いここにはもう1人ちょうど良いのがいるではないか。


「水戸さん、悪い顔してるところ悪いんすけど」

「おっと、表情が」

「俺、今日作業しなきゃいけないから無理っすよ」

「あ、ん?」

「いや、俺も無理っすよ」


 よっぽど酷い表情をしていたのか、同情を通り越して憐憫の視線を送ってくる友部。

確かに、こいつの予定を見ても無理だ。

いや、でも作業予定を変更すればいけるんじゃないかな。


「謝罪訪問行きたくないから作業予定変更させるとか、しないっすよね」

「え、いやー、そんなわけないじゃない」

「よかったっす、信じてました。無事を祈るっす」

「ああ、うん」


 まあ、行くしかないか。

諦めて既に登録済みのスケジューラを確認する。

客先訪問することになっているのは、勝田と私の名前だけ。


 うっわ、行きたくねぇ。


「水戸さん、顔、顔! 鬼みたいっすよ!」

「ああん?」

「怖えー」

「くっ……はぁ」


 やはり表情は隠せなかったらしい。

なんと言われようと本当に行きたくないが、これをブッチできないくらいに社会人としての理性がある。

そして、こいつと遊んでても何も解決しないのは事実だ。


 がっくりとうなだれつつ、客先に出る準備を始めた。

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