1杯目 謝れない同僚と納豆ご飯(3/3)

 結局残業して20時過ぎにオフィスを退社。

電車に揺られて帰宅できたのは、21時過ぎだ。


「ただいまっと」


 誰がいる訳でもないが、なんとなく挨拶するのが習慣になってる。

自宅にいても電話がかかってきたら仕事できてしまうし、せめて挨拶でもしてオンオフをつけないと常に仕事している感じになってしまうのが嫌っていう理由。


 我ながら病んでるなあ、とは思うけど。

仕事帰る方向に頑張る気力もないのよね。


 とりあえず顔洗ってメイク落としてシャワーを浴びて、家着に着替えて完全にオフモード。

この後はソシャゲやって、推しの動画サーフィンして。

限られた深夜時間は忙しいのだ。

しかし、その前にやらなければならないことがある。


 食事である。

夜ご飯はきちんと食べる主義なのだ。


 そして私にとってのソウルフード。

それが納豆である。


 なぜ、納豆なのか?


 聞かれたこともあるが、知らん。

好きなんだからしょうがない。

正直、下手な高級料理よりも納豆ご飯の方が美味しいと言い切れる。


 冷凍庫をあけて白米をとりだすと、最強調理器具である電子レンジに放り込んで温める。

同時に電子ケトルでお湯を沸騰させておく。


 続いて、冷蔵庫を開ける。

中にはストックしてある納豆が鎮座している。

この納豆が私の生活を支えているのだ。

思わず一度拝んでおく。


 納豆パックを二パック取り出して開ける。

タレも辛子もついてないタイプの納豆だ。

もちろんタレでも美味しく食べれるのだが、基本的に私は使わない。


 納豆を深めの皿に移すと、そこに鰹節をたっぷりと入れる。

冷凍庫から保存してあった万能ネギの小口切りを出して、合わせてこちらもたっぷりと。

そこに醤油を回しがける。

醤油の量は適当、その日の気分次第だ。


 醤油をかけたら次は混ぜる。

混ぜる回数にも、しっかり混ぜる派とさっくり混ぜる派がいる。

かの北大路魯山人は100回混ぜるのが美味しいと言ったそうだが、混ぜまくってフワッフワに錬成された納豆ももちろん美味しい。


 だが、ふわふわさよりも豆豆しさを感じる、浅い混ぜでの納豆の方が私は好きなのだ。

回数にして20〜30回程度だろうか。

ここら辺は回数のこだわりというよりも、仕上がり状態をその日の気分によって合わせる。


 昼間の勝田の態度を思い出し、大きく大きく一練り一練り力を込めて納豆を混ぜる。


「お前のミスで迷惑したのに」


 ねりねりねりねり。


「謝りもしないで偉そうで」


 ねりねりねりねり。


「これだから使えない男は嫌なんだよ」


 ねりねりねりねりねりねりねりねり。


 呟きながら、勢い余って混ぜ過ぎたところで納豆が完成。

おもったよりもふわふわに仕上がってしまったが、これはこれで美味しいから大丈夫。


 納豆の完成を待っていたかのように、電子レンジとケトルがご飯とお湯が出来上がったことを告げてきた。


 レンジから出したほかほかご飯を大きめのお茶碗によそう。

そして、お椀にインスタントの味噌汁を準備してお湯を注ぐ。

合わせて湯呑みに粉のインスタント緑茶を入れてそちらにもお湯を注いだ。


 配膳完了して、手を合わせる。


「いただきます」


 とりあえず、錬成されたふわふわ目の納豆をご飯に全部乗せる。

そして、味噌汁に口をつけて軽くウォーミングアップをしたのちに納豆ご飯を口に運ぶ。


 うん、うん。


 いつもの、そして私の魂を支える味だ。

鰹節と醤油の味が納豆によく馴染む。

それを当然な顔をして白いご飯が支えている最強の組み合わせだ。


 納豆ご飯は決して私を裏切らない。

混ぜる際に少し入った邪念で仕上がりが変わっているが、それすらも柔らかい口当たりに還元されていい具合にアクセントになっている。


 一口、一口と納豆ご飯を口に運ぶ。

全て口の中が納豆の香りというか匂いで一杯になっていく。

時々、味噌汁を入れることで少しだけリセットされてまた新鮮な状態で納豆を味わい直す。


 美味しい。


 納豆ご飯などという美食、誰が考え出したのだろうか。

私では、そもそも納豆というものを作れる気がしないし、このステージに到達するまでにどれほどの試行錯誤が繰り返されたのか。

先人の知恵と勇気に感謝の念を抱く。


 大きめとはいえ、お茶碗一杯の納豆ご飯。

10分とかからずに食べ終わってしまった。

まだ程よく温かいままの緑茶を啜り、ふー、と一息つく。


「ごちそうさまでした」


 あー、今日も美味しかった。

色々嫌なこともあるけれど、納豆があるから私は生きていける。

最後の最後で頑張っていける。

また明日も仕事だと思うと憂鬱だけど、粘って粘って生きていくとしますかね。


 気持ちを新たに、深夜のソシャゲ巡回業務に向かうのだった。

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